欲しい物がある、と破天荒は言った。それを聞いた時、ヘッポコ丸は不思議そうに眉をつり上げた。ヘッポコ丸の記憶が正しければ、これまで破天荒が欲しい物をねだってきたことなんて、ただの一度も無かったからだ。元々破天荒は物欲に乏しく、何かに夢中になることも稀だった。これまで夢中になった対象と言えば、破天荒がおやびんと慕っているオレンジ球体と、ヘッポコ丸くらいだ。





だからこそ、その言葉はやけに珍妙だった。確かに、何か欲しい物は無いかと問うたのはヘッポコ丸だ。もうすぐ破天荒の誕生日だったから聞いたのである。先にも述べたが、破天荒は物欲に乏しい。だからヘッポコ丸は何をプレゼントすれば喜んでもらえるのか、分からなかったのだ。下手な物をプレゼントして喜んでもらえないのは嫌だったから、ならば予め欲しい物を聞いておこうと考えたのだ。ロクな答えが返ってくるとは思っていなかったけれど。






予想に反し、その答えは欲しい物があると言うものだった。不思議に思いながらそれはなんだと聞くと、破天荒はポケットから一通の封筒を取り出した。そしてそれをヘッポコ丸に差し出してきた。受け取れ、ということなのだろう。ヘッポコ丸はなんなんだと思いながらも大人しく封筒を受け取った。表にも裏にも、その封筒は何も書かれていなかった。





ヘッポコ丸は中身を聞いた。だが破天荒はその中にあるのが俺の欲しい物だとしか言わなかった。封筒の上から触った感じでは、何か紙が入っているようだ。勿論開けてみないことには、何が書いてあるか確認は出来ないけれど。



破天荒は言った。その中身は夜寝る前、誰もいない時に一人で見て欲しいと。そしてそこに書いてあることは誰にも、そして自分にも何も言うなと。それは即ち、誰かに明かすことは勿論NGであり、そこに書いてあることについての質問も一切受け付けないという意味だ。ヘッポコ丸は、一体どんな無理難題が書いてあるのだろうと不安に駆られたが、破天荒は変なことは書いてないから、と言って笑った。







そして、こうも言った。──それはお前にしか用意できない物だ。













そして破天荒の誕生日当日。ヘッポコ丸は夜に開かれる破天荒の誕生日パーティーの準備をしながらも、心は上の空であった。それは当然のことながら、あの日破天荒に渡された一通の封筒のせいだ。…いや、正しくは、その中身のせいか。






中身は、言われた通り一人で確認した。そしてその内容に驚き、これはどういうことかと破天荒を問い質したくなった。しかし、既に質問は受け付けないと言われてしまっている。その約束を反故にしたところで、納得出来る説明をしてもらえるとは到底思えなかった。けれど確かにそれは、ヘッポコ丸にしか用意出来ない代物であった。






誰かに相談したい衝動に駆られたが、それも破天荒に釘を刺されていたし、何より誰がまともに話を聞いてくれるというのだろう。いや、誰に話しても親身に聞いてくれたとは思う。それでも、最後にどうするかを決めるのは自分なのだ。ならば、誰に話したところで変わることなんて無いに等しい。ならば、変に打ち明ける真似はしない方がいいと思い至った。









ヘッポコ丸は誰もいないのを確認してから、封筒の中身を取り出した。何度も何度も見たせいで、それには少し皺がよってしまっている。これをもうすぐ、破天荒に渡さなければならない…そう考えただけで顔が熱くなった。







プレゼントは求められた通りの物をとっくに用意出来ている。後はそれを、いつどのタイミングで渡すかだった。普通に考えて、パーティーが終わってからだろう。問題は、ちゃんと二人っきりになれるかどうかだ。流石にこれは、みんなの前では渡せない。そんなこと、出来るはずがなかった。





「なんでこんなの、ねだるんだか…」





ねだるような物じゃないじゃないか──
















幸い、パーティーの後、二人で抜け出すことに成功した。ボーボボ達がヘッポコ丸の片付けを免除してくれ、その間そこら辺を散歩してくるといいと勧められたのだ。二人はその言葉に素直に従った。ヘッポコ丸としては、願ってもいない申し出だった。ボーボボに感謝しつつ、二人は外に出た。





昼間は降り続いていた雨が止み、今は綺麗な月と一緒に満天の星が暗い空いっぱいに散りばめられている。月明かりを頼りに、二人は宛もなく歩いた。歩きながら、ヘッポコ丸はポケットに入れた封筒にそっと触れた。いつこれを渡そう、いつ催促されるだろうかとソワソワしながら。破天荒から見れば、落ち着きが無さすぎて妙に滑稽だった。吹き出しそうになる衝動を堪えて、破天荒は立ち止まった。








そこは綺麗な湖の畔だった。昼間、ボーボボと首領パッチと天の助がここで泳ぎ回っていて騒がしかったが、今は当然ながら誰もいない。水面に月や星々が映り込み、キラキラと輝いている様はとても美しいものだった。その美しさに、ヘッポコ丸は言葉も無く見入ってしまった。しかし、その時間は短いものだった。





「用意出来たのか?」





その一言で、ヘッポコ丸はハッと我に返った。破天荒を見上げると、視線は湖に向けられたままだった。けれど、その表情は真剣そのもので、茶化す気は全く無いのだと悟るのは容易だった。




ヘッポコ丸は何も言わず、封筒を差し出した。その手が小刻みに震えていることに、破天荒はすぐに気付いた。そして、白い頬に赤みが差していることも。なんでもない風を装っているが、ヘッポコ丸にとってこの封筒を差し出すことは、とても恥ずかしいことで、とても勇気が必要なことなのだった。






中身が中身だけに、当たり前なのだけれど。





「…本当にいいのか?」





封筒を受け取った破天荒はヘッポコ丸にそう言った。ヘッポコ丸はその言葉に、小さく頷いた。





「いっぱい、考えた。それで、俺が自分で答えを出したんだ。…だから、いい」





後悔なんて、絶対しない──ヘッポコ丸はそう言い切った。真紅の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちてきていた。破天荒もつられて泣きそうになったが、なんとか涙を抑え込み、封筒を開けて中身を取り出した。












封筒の中身…それは、婚姻届だった。ヘッポコ丸に渡したのは、婚姻届だった。破天荒の名前とサインの入った、婚姻届。そして、手紙も一緒に添えられていた。そこにはたった一言『お前のこれからの人生が欲しい』と書かれていた。破天荒が欲したのは、ヘッポコ丸の人生そのものだったのだ。確かにこれは、ヘッポコ丸にしか用意出来ない。









破天荒の手の中の婚姻届には、ヘッポコ丸の名前とサインがしっかり記入されていた。…つまりヘッポコ丸は、破天荒に自分の人生を差し出すと決めたのだ。──共に歩んでいくと、決めたのだ。





「ありがとう」





破天荒はヘッポコ丸を抱き締めた。強くも、優しい抱擁だった。破天荒の腕の中で、ヘッポコ丸は泣いた。自分の人生が欲しいと言ってくれたことの喜びと、これから共に歩んで行けることの喜びで、ヘッポコ丸は涙が止まらなかった。破天荒も共に泣いた。内心、不安だった。こんな真似をしたところで、ヘッポコ丸がその人生すら自分に捧げてくれるとは、あまり思えなかったからだ。







ヘッポコ丸のことを、破天荒は誰よりも愛している。叶うならこのまま死ぬまで、ヘッポコ丸と共に生きていきたかった。けれど、ただそう告げただけでは弱いと考えたのだ。だから、婚姻届を用意した。男同士の婚姻届が今の世間ではなんの効力も成さないと知っていながら。…それでも、目に見える証を欲した。










ヘッポコ丸が欲しいと…本気で思ったから。





「俺を欲しがってくれて、ありがとう…」
「絶対離してやんねぇからな。後悔すんなよ?」
「しないってば。…お前こそ、後悔すんなよ?」
「するかよバーカ」





返品なんざお断りだ──そう言って破天荒はヘッポコ丸の唇を塞いだ。ヘッポコ丸は目を閉じてそれを受け入れ、破天荒の首に手を回した。二人は思う存分、互いを求めた。これからお互いの人生がお互いの物だと決まったのに、二人はなかなか離れなかった。




浮き足立っているのかな?──月と星々は、黙って二人を見守っていた。














桔梗
(別れる時は離婚届がいるな)
(一生出番無いけどね)



破天荒永遠の二十四歳おめでとうございます!! 今年はちゃんと書き上げられました記念小説! とうとう結婚かおめでとう破屁(^p^)


桔梗の花言葉は『変わらぬ愛』『運命』です。花の名前でタイトルつけたいなーと思いぽちぽち検索してて見付けて即決定しました。夏の花だしピッタリ! 本編に桔梗なんて欠片も出ないけど(笑)。



思ったんだけど、破天荒はずっとポケットに婚姻届忍ばせてたんだろうか…いつ渡そうか模索してたんだろうか…それか誕生日に渡してその場で書かせる算段だったのかな…書き終わってから疑問に思った(笑)。まぁいいか。とにかく破天荒誕生日おめでとう!! へっくんと幸せにな!!




栞葉 朱那

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ