※パチ←破←屁前提


※首領パッチは出ません












その手を握ったのは、同情から…というのが一番大きい。あんな風に縋られては、無下に扱うことなんて出来やしない。それが好意を寄せていた相手だったなら尚のこと。あの手を取ったこと、後悔はしていない。望んだ成り行きではなかったけれど、こうなれたことに多少の満足感がある。おかしいかもしれないけど、俺は嬉しかった。こうなれたことを、心の底では喜んでいた。見ているだけで満足だった相手が、一時にしろ自分を見てくれる──これを喜ばずして、何を喜べというのだろう。…人の不幸を喜ぶことが、愚かだと分かっているけれど。








それでも、この想いは、隠しきれなかった。























深夜一時過ぎ。俺は喉の渇きを覚えて目を覚ました。辺りはすっかり暗くなっていて、窓から差し込む月明かりでぼんやりと部屋が浮き彫りになっていた。それでも明瞭とは言い難かったが、電気を付けるわけにもいかない。俺は床に落とされていた服を拾い、とりあえず下だけ穿いてベッドを抜け出した。いつも以上に強い腰の鈍痛は、歯を食いしばって堪えた。





備え付けのキッチンでコップに水を入れ、半分程飲んで渇きを潤した。すっかり目が冴えてしまい、もう一度寝直すのは難しく思った。どうしようかと考えながら、さっきまで自分が寝ていたベッドに目を向けた。シングルベッドの上で、破天荒がこちらに背を向けている。動く気配が無いので、恐らく熟睡しているのだろう。眠れているのなら良い、と俺は一人頷いた。







ベッドを視界から追い出し、自分の手首を見た。そこには痕がくっきりと残っていた。いつも以上に強い力で掴まれたためだ。今日はいつも以上に切迫していたから、痕が残らないように配慮する余裕も無かったのだろう。すっかり熱の引いた今でも、じんじんとした痛みがある。俺はその痕をそっと撫でた。どれだけ切迫した状況であっても、最低限の愛撫を施してくれたことには、感謝すべきだろうか…。










──俺と破天荒は恋人同士ではない。少なくとも破天荒は俺に好意を持っていない。俺は…ずっと破天荒が好きだったけれど。でもまだそれを伝えていなかったし、伝える気もさらさら無かった。









だって、破天荒は首領パッチばかり見ているから。









命の恩人と、ただ一緒に旅をしているだけの子供。この差はあまりに大きくて、俺の入る余地なんてありはしなかった。だから俺は告白を諦め、ただ見ているだけだった。破天荒が首領パッチと仲良くしている光景を眺めては、チクチクと心臓を針に刺されているような感覚に陥ったものだった。





それでも、破天荒が楽しそうに笑って、幸せそうだったから…これでいいんだって自分に言い聞かせてきた。でも、事態は思わぬ展開を遂げていくことになった。








一ヶ月と少し前だったか…その日は野宿で、俺は深夜まで一人で修行をしていた。みんなの眠りの妨げにならないよう、離れた場所でひたすら修行に励んでいた。野宿の時はいつもこうで、ボーボボさんに程々にするように言われていたけど、俺はその忠告を聞き入れなかった。





だから、あれは俺の自業自得な面も多少はあったのだろう。俺が素直にボーボボさんの忠告を受け入れ、早々に引き上げていたのなら、こんな関係に縺れ込むことなんて無かったかもしれないから。





「……破天荒?」





修行の途中、物音に気付いて俺は動きを止めた。草を掻き分けるような音だ。敵襲か、とも考えたけれど、それにしては動きが緩慢だった。だから特に気負いせず待っていると、そこから現れたのは破天荒だった。俺の呼び声に破天荒は俺を見たけれど、別段驚いた様子は無かった。俺がここで修行しているのをちゃんと理解していたんだろう。






だからこそ…破天荒はここに来たんだと、俺は後から知った。






のろのろと近付いてくる破天荒に合わせ、俺も破天荒に近付く。どうしたんだ、とか、そんな感じの言葉を掛けたように思う。だが、破天荒はそれに応えなかった。ある程度距離を詰めたところで、俺は気付いた。破天荒の顔に、表情が全く無かったのだ。いつもの破天荒とは、明らかに違う…俺の知らない破天荒が、そこに居た。



それが少し恐ろしくて、俺は歩みを止めてしまった。でも、もう俺達は十分に距離を詰めていた。だから、破天荒が俺を押し倒すのは簡単だった。俺は抵抗する暇も無く、草原に背をぶつけた。その痛みなんかよりも、驚きの方が強かった。





「なんだよ、いきなりっ」
「…………」
「は、破天荒…?」
「…悪い」





言われたのが先か、唇が重なったのが先か…認識したのは言葉が先だったように思う。何に謝られたのかは分からない。俺は初めての、そして想い人からの突然のキスに、一瞬で頭が真っ白になって、何も考えられなくなっていたから。






性急なキスだった。強引に割り込んできた舌にあっという間に捕まって、俺は息継ぎも出来ない程に翻弄された。手首を掴まれていたから、押し返すことも出来ない。酸欠に喘ぎながら必死に破天荒の舌を追い掛けた。初めての体験で勝手が分からなかったけど、拒むことも出来ないなら、自分なりに努力した。不思議と拒絶の言葉は出てこなかった。




数分はそうしていただろう。満足したのかなんなのか、俺はようやく破天荒から解放された。正常な呼吸が許され、失った酸素を補うように何度も深呼吸を繰り返した。破天荒はそれに構うことなく、今度は首筋に顔を近付けてきた。首輪に沿うように唇が這い、そして強く吸われた。チリっとした痛みが走り、あぁ痕をつけられたんだなって思った。それでも俺は拒絶しなかった。





破天荒はそれを何度か繰り返した。そしてようやく顔を離したかと思ったら、服の裾から手を入れて、俺の身体をまさぐり始めた。さすがにこれには驚いて、俺はそこでようやく拒否反応を見せた。





「や、やだっ、破天荒…!」
「悪い…けど、頼む…」





拒まないでくれ──そう呟いて、破天荒はずっと俺の手首を拘束していた手を、俺の手の平に重ねてきた。しっとりと汗ばんだ、俺よりも大きい手が小刻みに震えていることに、俺はこの時ようやく気付いた。改めて表情を窺ってみると、そこには、泣きそうに顔を歪めた破天荒がいた。それもまた、俺の知らない破天荒だった。






その表情を見て、胸の奥がズキズキと痛んだ。きっと、何かあったのだろう。この男の精神がここまでブレて、俺なんかに縋ってしまう程に…ツライ出来事があったんだろう。それがなんであったのか、俺には分からなかった。…でも、こんな表情で、こんなことを言われてしまったら…もう俺は、断れなかった。









重ねられた手の平に指を絡ませるようにして、強く握った。それが俺の答えだった。何も言わなくても、破天荒にはそれで伝わったようだった。泣き笑いのような表情を浮かべて、小さな声で「ありがとう」と呟いた。俺は何も言わず目を閉じて、そのまま、破天荒から与えられる熱に全神経を集中させた。









──その日が、俺が初めて破天荒に抱かれた日だった。









破天荒は、いつもどれだけ首領パッチに冷たくあしらわれても平気そうな顔をして、何度だって首領パッチのハジケに加わって、泣いたり笑ったり怒ったりして…俺には到底真似出来ないような、不屈の精神を持っている男だって、俺は信じて疑わなかった。






だけど、そうじゃなかった。破天荒だって人の子だ。俺と同じく、心のどこかに脆い部分だって持っていた。俺がそれを知らなかっただけ。破天荒を見ているようで、ちゃんと見れていなかった証拠だ。俺は結局、破天荒の表面だけを見て、好意を向けていただけだ。上辺だけの愛。なんて軽い響きなのだろう。






その脆い部分を、あの夜破天荒は俺の前に曝け出した。曝け出す相手に俺を選んだのに、特に理由は無いのだろう。脆く瓦解した心の隙間を埋められるのなら、誰だって、どんな行為でも良かったのだろう。誰かを求めてさまよった結果、俺を見付けただけ。偶然選ばれたのが俺で、あの行為だった。それ以上の理由なんて存在しなかった。








あの夜から一週間に一度か二度、破天荒に抱かれるようになった。破天荒の心が負荷に耐えられず、脆くなってしまった時…破天荒は俺に縋り、俺を抱いた。まるで脆くなった部分を俺で補おうとしているかのように。俺がしてやれることなんてほとんど無く、ただ大人しくされるがままになるだけなんだけど…俺を抱いた後の破天荒は、満ち足りたような、安心しきった顔で眠る。それを見ると、俺も安心する。





今日も、破天荒が壊れずに済んだ…って。








破天荒の心が何をキッカケとして脆くなり、瓦解し始めるのか…その法則は未だ謎のまま。あの夜から、首領パッチと破天荒の行動・言動を出来る限り綿密に観察しているけれど、キッカケの糸口も掴めていない。そもそも奴等の行動・言動は大半が意味不明なので、ちょっとやそっと頑張ったぐらいじゃ解読なんて出来やしない。下手すれば何にでも傷付きそうだし、その逆も否定出来ない。




首領パッチがハジケの一環で破天荒を揶揄する場面は多々見受けられる。その中で結構キツイ言い方をしているものだってある。だが破天荒もそれがハジケの一環であることは重々承知している筈だし、最終的には「おやびん最高だ!」と叫んで感涙している。並大抵のことでは、破天荒を傷付けることは叶わないだろうというのが俺の感想である。







その破天荒が、どうしてこんなにも簡単に、崩れるのだろう──抱かれた後、いつもその疑問が頭を駆け巡る。本人に聞いたところで、破天荒は何も答えてくれない。分かるのは、原因は全て首領パッチにあるんだろうということだけ。それ以外のことは、なんにも分からない。俺は破天荒が縋ってきた時にそれを受け止める…ただそれだけの存在でしかない。







中身を飲み干したコップを流しに置いて、俺はベッドに戻った。寝返りを打った破天荒は仰向けの状態で、顔だけをこっちに向けて眠っていた。その唇が小さく動き、音もなく『おやびん』と紡いだ。それを見て、俺はとてつもなく惨めな気持ちになった。










脆くなった部分を補った今、破天荒が求めているのは俺じゃなく、首領パッチだ。…違う。いつだって破天荒が求めているのは首領パッチで、俺じゃない。俺はただの代替品。コイツの唯一になんて、到底なれない。どれだけ身体を重ねても、破天荒の中に俺はいない。最初の頃に感じていた嬉々とした思いも、すっかり萎れてしまった。





「破天荒…」





その声に、応えはない。そもそも、俺を抱いている間だって、破天荒が俺の名を呼んだことは一度として無い。頑なに呼ぼうとしない。呼ばまいと思っているのか…どうなのか。俺は何度も何度も、破天荒を呼んでいるのに。





いつも聞こえないフリで…見ないフリで…閉じた瞼の奥で、破天荒は首領パッチの幻影を追っているのだろうか。俺を抱きながら、首領パッチばかりを想っているのだろうか。







込み上げてきた涙を懸命に押し込めて、破天荒の唇に自分の唇を押し付けた。いつか、俺の名をその腕に抱き締めながら呼んでくれることを──切に願いながら。















名前を呼んで
(ねぇ、早く気付いて)
(目の前にいるのは、俺なんだよ)





弱い破天荒。略してよわてんこー(笑)。へっくんが情緒不安定なのはよく見るので、破天荒が情緒不安定なのもありじゃね? と思い書いてみた。もっと弱さを出したかったけど、こういうのは雰囲気で楽しむもんだなと思って割愛。



破天荒がへっくんを求める時には必ずキッカケがあります。それは首領パッチのとある言葉。さてさて、どんな言葉なのでしょう? 皆さんで推理してみて下さい(ノ)'ω`(ヾ)




栞葉 朱那

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ