「ねぇボーボボ」





明日、ビュティはヘッポコ丸と共に旅に出る。全ての戦いが終わって、ビュティはヘッポコ丸と共にまだ行ったことのない地へ赴く旅に出ることを選んだ。ボーボボもそれを反対しなかった。昔に比べ、ヘッポコ丸は本当に強くなった。お世辞などではなく、本心からそう思っている。ビュティと共に行かせても、なんの不安も抱かない程度には。



今日はその最後の夜だ。ボーボボはビュティを連れ立って宿を抜け出し、満天の星空の下、二人で並んで歩いていた。こうして二人で過ごすのも今日が最後だから、色々と名残惜しくなったのだ。今更腹を割って話すようなことなんて何も無いのに。






他愛ない話をしながら、二人は少しずつ宿を離れていった。すっかり宿の明かりが見えなくなり、光源が星と月しかなくなった頃、ビュティがおもむろに足を止めて、ボーボボを呼び止めた。数歩先に行っていたボーボボはその呼び掛けに足を止め、振り向いた。振り向いた先のビュティは、笑顔だった。





「私がずっとボーボボを好きだったって、知ってた?」





ボーボボが何度も身を呈してまで守り通してきた笑顔のままで、ビュティはそう言った。それは紛れも無く告白だったが、その割にはとても軽い言葉だった。そして、その告白は過去系を意味している。軽々しさの理由は、そこにあるのかもしれない。





ボーボボは、サングラスの奥の瞳を細め、ビュティを見据えた。彼女が言わんとしている事が、彼には朧げに読み取れた。その予見が外れていて欲しいと考えながら、ボーボボは答えを返した。




「あぁ、知っていた」





ビュティに倣い、ボーボボも軽めを意識しながらそう返した。返した言葉は、紛れもない本心だった。ビュティが自分に淡い恋心を寄せていることを、ボーボボは一年前から知っていた。何度か、告白まがいの言葉を貰ったこともあった。それでもボーボボは、それをまともに受け答えたことは無かった。意図的に、話を逸らしてばかりだった。ビュティが本気で言ってこないのを良いことに、はぐらかしてばかりいた。







ビュティの想いに応えるつもりは、ボーボボには無かった。ビュティもそれを分かっていたのだろう。だから真剣な告白はせず、仄めかすに留めていたのだろう。叶わぬ恋だと、分かっていたのだろう。





「やっぱり」
「怒るか?」
「怒らないよ。分かってるもん、理由くらい」





一年見ない間にすっかり大人びたビュティの笑顔は、月光も相俟ってとても美しく、儚く映った。ボーボボは、これからこの笑顔を護るのがもう自分の役割では無くなる事実に、今更ながらもの寂しく思った。





「ボーボボは、自分を好きになったって幸せにしてあげられないって…そう思ったんでしょ?」
「バレてたのか…ビュティには隠し事なんか出来ないな」
「私だってなんでも分かるわけじゃないよ。でも、恋の隠し事なんて、女の子の前じゃ無意味なんだよ」





ペロッと舌を出して、ビュティはクスクス笑う。肩を竦めながら、ボーボボも釣られて少し笑う。流れる穏やかな空気。お互いの秘密をひけらかした後とは思えない、その空気。





「ねぇボーボボ」





ひとしきり笑って、ビュティは少し真面目な表情を作った。生憎ながら、さっきまで流れていた穏やかな空気が、一瞬にして夜に絡め取られていった。ボーボボも笑顔を消して、真摯にビュティに向き合った。








予見が現実になる予感を抱きながら──






「もし今、一緒にどこか遠くへ行こうって言ったら、連れて行ってくれる?」





果たして、その言葉はボーボボが予見していたものとあまり相違が無かった。過去系であれ想いを吐露してきた時点で、何か良からぬことを考えていると予想していたが…あまりに現実味の無い言葉が出て来たので、ボーボボは思わず吐き出しそうになった溜め息を堪えるのに必死になってしまった。








ビュティの青いサファイアのような瞳に、嘘は無い。本気で言っているのだと、容易に読み取れた。…だからと言って、ボーボボが返す言葉は変わらないのだが。





「駄目だ」





間髪入れずぶつけたのは、ハッキリとした拒絶。ビュティの瞳が傷付き、ゆらりと揺れたのを確認してなお、ボーボボは言葉を紡ぐことをやめなかった。





「今のお前にはヘッポコ丸がいるじゃないか。恋人を捨てて、今はもう好きじゃない男と夜逃げする趣味が、ビュティにはあるのか?」
「…そういうわけじゃ、無いけど……」
「そうだろう? そういうのは、冗談でも言うもんじゃない。ヘッポコ丸が聞いた時、どんな気持ちになるか…ちゃんと考えてやれ」





ビュティが冗談で言ったのではないと百も承知なクセに、ボーボボは嗜めるようにそう言って、この話を早く終わらせようと軌道を作成する。ビュティがどんな想いでそんなことを言ったのか、ビュティの一挙一動で容易く読み取れるボーボボ。分かってしまったからこそ、それを正してやるのが使命だと、ボーボボは自分に言い聞かせた。











そう…ビュティは、ヘッポコ丸の告白を受け入れて恋人同士になった今でも、ボーボボへの想いを断ち切れないでいるのだ。ヘッポコ丸といても、どうしてもボーボボに目を向けてしまう。ボーボボを意識してしまう。そんなこと許されない、ヘッポコ丸の想いを踏み躙る最低な行為だと分かっていても、ビュティはなかなかボーボボへの想いを忘れられなかった。









皮肉なことに、ヘッポコ丸がビュティへの想いを高めれば高める程、ビュティはボーボボへの想いを募らせた。叶わぬ恋だと、理解していたのに…ヘッポコ丸の想いに触発されて、ビュティが押し殺していた想いが、表に出てきてしまったのだ。それが今夜、爆発してしまったのである。これが最後のチャンスだと、思ったのかもしれない。










貴方と一緒に、どこか遠くへ──ボーボボへの想いを募らせた、ビュティの望み。これを受け入れることなど、ボーボボは出来ない。今受け入れてしまったら、何の為にはぐらかして諦めさせたのか分からなくなってしまう。それに、その結果として捨てられることになるヘッポコ丸が、あまりに可哀想だ。







だからボーボボは、ビュティの想いを完膚無きまでに叩き潰さねばならない。──自分の想いを、殺してまで。





「勘違いするなビュティ。お前がオレに向けている想いは恋じゃない。ただの信頼であって、仲間意識であって、友愛でしかない。お前はまだ幼いから、恋愛と友愛の区別がつかないのかもしれない。だが、今お前が一番好きなのは誰だ? ヘッポコ丸じゃないのか?」
「………」
「混同させるな。オレへの想いとヘッポコ丸への想いは違うものだ。そんな風に扱うのは、ヘッポコ丸に対して失礼だろ?」





次から次へと言葉を畳み掛け、ビュティに反論の隙を与えない。ここで少しでも隙を見せてしまえば、その瞬間、ボーボボの負けは確定してしまう。──封印した想いを、暴かれてしまう。







そうなってしまう前に、決定打を打たなければならない。ビュティに明るい未来を齎すための、決定打を。





「オレを好きでいてくれた時期も、確かにあっただろう。でももうそれは過去の話だ。そうだろう? ビュティ」





敢えてビュティに答えを促す。ビュティ自身が認めたことを再度認めさせることで、より印象づけようとしているのだ。…あまりに浅はかな意図だと言えるが、しかし、ビュティにはそれでも十分だったようだ。





「…うん、そうだよ。今私が好きなのは、ボーボボじゃない…へっくんだよ」





揺れる瞳から、今にも雫が零れてきそうだった。それでも気丈に笑ってみせるビュティは、なんて強い女の子なのだろう。こんなにも、自分の気持ちを否定され続けて…どうしてそれでもなお、笑顔でいられるのだろう。






そう答えさせるように仕向けたのはボーボボだったのに、そんなビュティの笑顔を見てしまうと、どうしようもない罪悪感に押し潰されそうな気分だった。そう言ってくれたことにホッと胸を撫で下ろす反面、胸の奥がジクジクと痛んだ。その痛みに、ボーボボは気付かないフリをした。





「あはは、ごめんねボーボボ! さっきのは全部冗談なんだ。明日でお別れになっちゃうから…最後にちょっと、困らせてみたかったの」
「ビュティ…」
「いっつも私が振り回されてたんだもん。最後ぐらい良いでしょ? でも、即答は無いんじゃないの? 少しくらい考えてほしかったなー」





冗談めかしながらそう言って、ビュティは踵を返した。背を向けられ、ボーボボからビュティの表情は見えなくなってしまった。





「私、そろそろ眠くなっちゃったから先に戻るね。最後まで付き合ってくれてありがとう、ボーボボ」
「いや…礼には及ばないさ」
「明日、出掛ける前にまた挨拶するから。じゃあ…おやすみ!」





背を向けたままそう言い放ち、ビュティは走って行ってしまった。その姿が見えなくなるまで、ボーボボは一度もビュティから目を逸らさなかった。完全に姿が見えなくなって、ようやくボーボボの挙動は回復した。その場に座り込み、ガシガシとアフロを掻いた。形が乱れてしまうことなんて、考えている余裕も無かった。






もう少し違う言い方も、もしかしたら出来たかもしれない。だが、あの状況ではあまり思考が働かず、結果、あんな物言いになってしまった。ボーボボはそれを少なからず後悔していた。結果的に、自分から身を引いてくれたのは有り難かったし、そうなるように誘導したのだが…やはり、出来るならいつも通りハジケを交えてしまった方が良かったように思える。真面目なトークは、やはり性に合わない。









今頃、ビュティは泣いているだろう。そしてヘッポコ丸が慰めてやっているに違いない。最後までボーボボの前では涙を見せなかったビュティ。それが単なる強がりだったとしても、ボーボボとしては嬉しかった。もし自分の前で泣かれてしまったら…その涙に絆されて、良からぬ事を口走っていた可能性が非常に高い。








──彼女を、ここから連れ去っていたかもしれない。





「幸せになるべきなんだ、ビュティは…」





彼女の幸せに、自分は大きな壁になる──ボーボボはそう考えている。彼はあまりにも長い期間、戦いの中に身を置きすぎた。もうここから抜け出すことは出来ない。これからも余計なことに首を突っ込んで、この身を危険に晒すだろう。厭う事もなく、それが当然の事であるかのように。







そんな自分の側にいては、共に危険に晒されてしまう。それでは駄目だ。もう彼女を危険な目に遭わせたくなど無い。まだヘッポコ丸と共に気楽な旅を続けていた方が、よっぽど良い。ヘッポコ丸を好きだと言うのなら、その方が良い。自分よりもよっぽど、明るい未来が待っている。





「そのためなら、オレは喜んで、過去の人間になるさ」





泣いて、泣いて、泣いて…流した涙の数だけ、幸せになってくれ──ボーボボは、初めてビュティと出会った日を思い出しながら、切実にそう願った。


















Stardust
(好きだからこそ、君を見守ろう)
(いつまでも、君を想っているよ)






某フォロワーさんの生誕記念に捧げたボビュ! 初ボビュだよ!? なんでこんなシリアスなんアホか\(^o^)/


いや、その人が『ボーボボはヘポビュの幸せを願って一歩引いたところで見守ってるポジションだと思う』みたいなことを言ってたような気がしてだからこんなことに(うろ覚えにも程がある)。ごめんなさい許して下さい_|\○_ 愛はたっぷり詰めましたから!


ボビュ書き慣れなさすぎて誰これ状態だよもう(/ω\)イヤン←




栞葉 朱那

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