「リョウジ君」
バイトから帰ると、ユイに呼び止められる。何となく困惑した様子だ。
「あの、出過ぎた事を言うけど、アルバイトなんてしなくても良いのよ」
叔父はこの先、社会復帰できるか分からない。会社が休職扱いにしてくれているから給料の何割かは出る。
しかし、それもずっとではない。
「いや、やっぱ金はかかるんで…」
この手の話題は慎重になる。ユイにまで迷惑をかけたくはない。
「あの人はリョウジ君の為にお金は充分貯金しているの」
「叔父の将来の事も考えると…」
その金は受け取れない。叔父の生活費に回すべきだ。そう言おうとしたが、ユイは目で制す。
「それも充分なのよ。あなたの叔父さんはとても立派な人」
叔父を褒められるのは勿論嬉しい。しかし、話がズレている気がした。
「お金には全く困っていないの。それは私も同じなのよ。リョウジ君が続けたいなら任せるけれど、お小遣いにしてね」
叔父は毎月小遣いはくれる。高校生らしい金額だ。いらないと言うのも悪い気がして、受け取ってはいた。
金には困っていない。それをユイは伝えたいのだろう。不思議には思う。給料は減り、ユイも働いていない。それなのに、彼女も叔父も生活していく分は問題がないらしい。ユイの言い方からすると、将来的な事も含めて。
加持は追求するのはやめておく。
「楽しいし、成績には響かないんで。下がったら辞めるかも」
当たり障りのない返答をしておく。ユイは納得はしていないようだが、無理はしないでね…そう言って、台所に入って行く。
「何か飲む?ご飯は出るのよね」
「いや、大丈夫。叔父は?」
「もう休んでるの。リハビリで疲れたみたいで」
(気を遣ってるって感じでもないよな)
風呂に入りながら、ユイとの会話を思い出す。湯船に浸かっていると眠くなってくる。
(考えても仕方ないか)
何もかも、秘密だらけだ。学校も、ユイも叔父でさえも。
(大人になったら話してくれるよな…)
まだ未成年だから、言ってくれないだけ。そう考えておく。成人したら叔父なら話してくれる…彼の性格なら、きっと。
風呂から上がり、さっぱりして寝転ぶ。ミサトを何処へ連れて行こうか…こういう事を考えるのは楽しい。
家の事、学校と新東京の関係、そして修学旅行。色々あるが、全部先の話だ。
(今はアイツの事だけを考えるか)
本音を言うと、抱きたい。男だから当然だ。滅茶苦茶にしてしまいたい…自分の思うがままに。それを理性で押さえている。拒まれるのは分かっているし、それに今の関係も悪くない。
(自分がこんな風に思うとはな…)
「"おかしいわ…なんっにも、会話がないのよ"」
電話の向こうで、リツコはいきり立っていた。収穫がないからだ。
「"盗聴器がバレて外されたのかな"」
「"それはないわ。誰かが出入りする音は入ってくるのよ"」
そこは大丈夫らしい。ミサトは少し安心した。安心して良いモノなのかは置いておく。
「"毎日掃除をしてるような音しか入んないのよっ、もうっ"」
校長自ら掃除をするとは考えにくい。担当の教師か用務員がしている筈だ。リツコはそう文句を言い続けた。
「"職務怠慢だわ。校長が出勤している様子がないのよ"」
いくら夏休みだからと言っても、それはおかしい。
(一度も出勤しない…?)
苛々していたので、リツコは気付かなかった。自分の言葉にハッとさせられる。
「"そう言えば、入学式以来、姿を見ていないわね…"」
「"え?そなの…私は会った事もないよ"」
「"編入した時に挨拶はなかったの?"」
リツコの考えている事が、ミサトにも伝わる。良く思い出してみたが、職員室で担当の教師を紹介されただけだ。
その後、リツコが教室まで連れて行ってくれた。ミサトは覚えている限りの事を話した。
「"校長の顔なんて、滅多に見ないのが普通と言えばそうだけれど"」
リツコも気に止めていなかった。今までは。自分の教科担当くらいしか興味はない。学生はそんなものだ。
「"編入生に会わないのはおかしな話ね。ミサトはある意味特別だし"」
「"そうなのかな?良く分かんないけど"」
ここでミサトに愚痴を言っていても何も進まない。もう少し様子を見てみる…リツコはそう言って電話を置いた。
(夏期講習に申込みしておいて良かったわ。もう一度、教師に探りを入れてみましょう)
「葛城先輩、お願いします」
毎日のように稽古ができる。家にいても暇だし、打ち込めるものがあるのは楽しい。ここも命令で来ているのではあるが、そんな事は関係なく思える。
「退かない。体重をかけて前に出る。脇を開けないで、当たる直前に拳を返すの」
小学校高学年だと、体格に差が出てくる。男の子は、まだ小柄な子が多い。
「そうっ。休まないで攻め続ける。突いたら下段…太ももを蹴る。基本を忘れないでね」
必死に頑張っている子供は可愛い。武道は目に見えて上達する物ではない。結果は出なくても、真面目に通っている子ばかりだ。相手になるミサトも真剣だ。
「ガードっ、打ったらすぐ構え直す!」
顔面に寸止めの蹴りを入れる。
「試合なら蹴られてるよ。常に意識しないと」
「はいっ」
不器用ながらも、いつも真面目な眼鏡の男の子。痩せているし、背も高い方ではないが、本当に好きなのが伝わってくる。
(頑張っている人を見ると、自分も元気をもらえるな)
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました。また明日ね」
嬉しそうな男の子の姿。やはり、ここが好きだ。しみじみとミサトは思う。
何日かして、リツコから連絡が入る。夏期講習に入る前に、気晴らしに食事でも行かないかと。ミサトは二つ返事で承諾する。
「お待たせー」
道場の外でリツコと待ち合わせをしていた。真っ白いシャツワンピースにネイビーのスキニーパンツ。赤系のパンプスを履いたリツコは、とても大人びて見えた。
「リツコ綺麗…どしたの?おしゃれしちゃって」
「なんかね…気分が上がらないのよ」
なかなか思うようにコトが進まず、煮詰まっているみたいだ。
「ホント、似合ってるし、綺麗だよ」
良く見ると、目立たない程度に化粧もしている。こういう風に気分転換するのを見ると、リツコも普通の女の子だな、とミサトは思った。
「ねえ、たまには松代まで行かない?」
「良いよ。あそこまで出ればいろんなお店あるしね」
「いらっしゃ…って、おまえら…」
結局、加持のバイト先で食事を取る事にした。ミサトも来た事がないし、リツコも行きたがった。居酒屋だけれど、殆んどファミレスと化している。話通り、本当に親子連れが多かった。
「二人がこんな店来るとは…酒は出さないぞ」
現在、未成年の飲酒にはそれほど厳しくはない。というより黙認されていた。けれど、好ましい事ではない。
「飲まないよ。こういうトコって沢山食べ物があるから好き」
案内された席に座ると、ミサトは意気揚々とメニューを開く。
「加持君のお友達?」
「ええ、まあ…学校の」
一人だけスーツの男性が加持に声をかける。名札の所に店長と書いてあるから、そうなんだろう。
「こんばんは」
リツコとミサトが会釈をすると、男性はにっこりする。
「加持君のお友達ならサービスしないとね。ゆっくりしてって」
「(加持君もこうして見ると真面目に働いてるわね)」
リツコが感心したようにミサトに耳打ちする。確かに学校や家で見る加持とは違って見えた。
「凄い荷物だな…」
紙袋がリツコの周りを囲んでいる。
「ストレス発散よ」
「…進展ナシか」
リツコは無言で携帯を差し出した。カタンとか、ゴーゴーとか、訳の分からない文字がひたすら並んでいた。
ドアを開ける音や掃除の音だろう。確かにこんな文字ばかり見せられたら、苛々して鬱憤を晴らしたくもなる。
「あー、もうっ。見るのやめましょう」
携帯をしまい、リツコは唐揚げを頬張る。ミサトも稽古の後だし、買い物に付き合い、散々歩いたのでお腹は空いていた。あっという間に料理の皿は空になる。
「加持君何時までかしら?」
「十時。高校生だから」
「じゃあ、終わるまで待ってるわ。時間は大丈夫?」
「俺はかまわないが…」
加持はミサトを見ると、ミサトも頷いた。三人揃って話す機会はあまりない。リツコも一人で抱え込んで疲れている。任せきりだったのを申し訳なく思い、話を聞く事にした。
「なんか、凄く安かったけど良いの?」
「店長は女の子に甘いからな。美女二人なら特に」
今の時間、外を彷徨くのも目立つし、三人共疲れていた。必然的にミサトの家に行く事になる。
「悪かったわね。無理を言って」
リツコがすまなそうにコーヒーを淹れながら言う。
「いや、俺こそ赤木に頼りっぱなしですまなかった」
加持が片手を顔の前にあげて謝ると、リツコは首を横に振る。
「私が言い出した事だから。何もかも順調に行く筈はないのよね」
コーヒーを二人の前に置いて、リツコも一口すする。少し冷静さを取り戻したみたいだ。
「そうだよ。失敗したワケじゃないし。まだ夏休み始まったばかりだし」
「そうそう。果報は寝て待て…だ」
すぐに結果や成果を求めてはいけない。武道と同じだ。それに、失敗に慣れているミサトは呑気に考えていた。
試験で目に見える結果を出し続け、大概の事は努力した分、返ってきた。天才肌で努力家でもあるリツコが、焦るのは仕方がない。
「もっと肩の力抜けよ、な?」
「頭脳労働は遠慮するケド、肉体労働なら任せて」
二人がそう言うと、リツコは思い出したように口を開く。
「そうだわ…誰も来ないというのもおかしな話よね」
会話がない事にとらわれ過ぎていて、肝心な事を話すのを忘れていた。
「私は良く分かんないんだけども…」
「全く人気がないってのは怪しいかもな」
リツコの中で答えは出ていた。単に愚痴を言いたかっただけ…二人には悪いとは思いつつ、一人で溜め込んでいるのに疲れていた。
(こんな風に聞いてくれる人間がいるのは喜ばしい事だわ)
夏期講習で教師に探りを入れる…これは自分で行う。その後、二人に結果を報告する。リツコはそう決めていた。
「加持君は夏期講習に参加するの?」
ミサトの家からの帰り道、電車の中でリツコに聞かれ、加持は申込んでいないと答えた。
「進学志望よね?」
「一応な」
「あなたなら心配ないとは思うけれど、推薦狙うなら出た方が有利よ」
「国立志望だからな。普通に入試受けるだけ」
滑り止めも受けないと加持は言う。
(…叔父さんに対しての気遣いね)
最初の印象は悪かった。進学校の中でも、トップクラスのこの高校に、加持は相応しいタイプではない。度々付き合っている彼女が教室に来ていた…周りの視線も気にしていない。
今思うと、周囲にとらわれず、ちゃんと自分を持っている…加持は。それが羨ましかったのかもしれない。
リツコも一人でいるのは好む。しかし、それは誰かと仲良くなる事によって、様々な悩み事や厄介な事態を引き起こす事にも成りうる。
実は情が深い人間で、自分が信じている人から嫌われるのを恐れていた。赤の他人にどう思われようがかまわない。ただ、信頼している人を失うのは恐怖だった。
母親にそうされたから、気付き始めていた。
「送るぜ。赤木の家、駅から結構あるだろ?」
「大丈夫よ。人通りもあるし。加持君の降りる駅が先でしょう」
ポケットから、防犯ベルと小さいナイフをこっそり覗かせ、加持に見せた。
「用意周到だな…しかし、武器は取られたらオシマイだ。使うなよ…」
急な呼び出しにも、喜んで応じてくれるミサトと、遠回りしてまで送ってくれようとする加持。二人を失いたくない…リツコはそう考え始めていた。
「なあ、加持」
バイトに行くと、すぐに何人か加持の元に集まる。全員男だ。
「昨日来た二人、どっちが彼女?」
答えから言うと、両方違う。
「やたら美人な方?髪の長い方?」
「さぁな。想像に任せるわ」
勿体ぶった言い方だ。しかし、説明するのも面倒だ。
「当ててみせようか。髪の長い方だろ?」
(…結構分かりやすいのか、俺)
そんなに態度に出るモンか…人に言われると、加持は多少驚く。
「あの美人…紹介してくれないかな」
(そういうコトか)
自分の願望で、そうだと良いと彼は思っただけ。そう取れる。
彼は、確か加持の一つ上。真面目で良いヤツだ。しかも、かなり見た目も良い。しかし、リツコを攻略する事はできるのか?
(その前に、赤木を落とせる男がいるのか…)
「赤木はちょっと難しいかもな…今はそういうの興味なさそうだし」
「赤木さんって言うのか…正に歩く理想…美しくて儚げで」
(…真実を知らない方が良いと思うが)
意気揚々と、修学旅行先でスパイ紛いの事をする計画を練っていたり、盗聴器を改造して仕掛けたりするのに夢中とは、とても言えない。
「…また来るように言っとくわ。後は任せる」
当たり障りのない返事をしたが、彼は目を輝かせて、頼むよ…と言いながら加持の肩を叩いた。
(まあ、そのうち呼ぶか…)
数日後、加持はミサトと共に道場へ来た。前々からやってみたかった。夏休みは良い機会だ。
「緊張するモンだな…つーか、いきなり来ちゃったけど良いのか?」
「いきなり来て断られるような道場は選ばない方が良いよ」
(なるほど。そういうモンか)
指導員の器量だ。普段からしっかりとした稽古をしているという、誰に見られてもかまわないという、自信があるのだろう。
道場というのは、独特の雰囲気がある。初めて来た人間は、それに圧倒される。
「子供が多いから、大丈夫大丈夫。厳しいけど。体験の人には無理言わないって」
先生に挨拶をして、ミサトは加持を紹介する。想像していたよりも小柄で穏やかな感じだと加持は思った。しかし、柔らかさの中にも威厳がある。この人は凄い…経験のない加持でも、それは分かった。
「こんにちは。武道とはどういうものか一度見てみるだけでも良い経験になりますよ」
「宜しくお願いします」
「それじゃ、着替えたらいらっしゃい。葛城さんに案内してもらって下さい」
胴着に着替えたミサトは、いつもの彼女とは違って見えた。気が引き締まるのか、顔付きまで変わる。
「へえ…」
「さ、早く行かなきゃ」
おどおどしていた転校生。授業中だろうが電車の中だろうが、眠むたきゃ寝る。食事をしている時の無防備で嬉しそうな顔。成績も良くはなく、普通の女の子。
加持の前を堂々と走るミサトからは、そんな事を微塵も感じさせられない。
(…別人みたいだな)
「見よう見真似でかまいません。まず、やってみましょう」
先生を前に、道場生が何列かに別れて立つ。加持は一番後で全体を見る。誰も言葉を発しない。集中しなくてはならない…そんな空気だ。
「準備運動始めます」
決められた立ち方、正座の仕方、基本の動作…何種類もある突きや蹴り。一時間程しただけで、かなり息が上がる。思っていたより、ずっとキツい。
「葛城さん、加持君見てあげて」
その後、キックミットを蹴らせてもらう。これはストレス発散できそうだ…そんな余裕は今はないが。
「軸足を動かさないのが肝心だよ。蹴り足は膝を上げて、開いた勢いで蹴るの」
ミサトが手本を見せる。バシンっ、と気持ちの良い音が響く。
「蹴った後、体がぶれないように。すぐに構え直して」
見るのとやるのでは全然異なる。加持も運動神経には、そこそこ自信はあるが、ミサトのようにできる筈もなく、歯痒い。
「難しいな…」
「まず、膝を上げてみて…そう。そこから一番伸ばした瞬間にあてるのを意識してね」
言われた通りにしているつもりでも、やはり上手くはいかない。
「とりあえず十回数えるから、合わせて蹴ってみてね」
たったの十回でも足が痛くなってくる。武道を舐めていたな…加持は歯を食い縛りながら必死になっていた。
「(足が痺れてきたんだが)」
「(我慢して)」
小さい子供達が組手をしているのを見学する。みな一生懸命だ。
(可愛いな)
少し歳上の子供達が、それを受けながら指導している姿は微笑ましい。しかし、運動力は相当のモノだな、と加持は思った。
「男性だから、やってみたいでしょう。加持君」
「え?はい…」
それはそうだ。自信はないが、せっかくだしやりたい。
「葛城さん、受けてあげて」
「はい、先生」
防具を着けているから安全ではある。挨拶をしてからミサトと向き合う。
「避けないから。三回突いてから下段…太ももあたりを蹴るのが基本ね」
(それじゃあ思いきり行かせてもらうか)
「脇を絞って。あたる瞬間に拳を返すようにしてみて」
結構、思いきり突いているのにミサトは平然と指示をする。
「蹴りもどんどん出して。そう、そんな感じ…良いよ」
(…全然良くないんだが)
加持は、一分間動いただけで、膝を着きたくなるくらい疲れた。
先生とミサトの組手は圧巻だった。ミサトの動きは速く、手数も出ている。大人の男性だから、手加減はされている。避けられず腹を突かれても、足を蹴られても動きを止める事なく立ち向かう。
絶対に退かない…強い意思がミサトから伝わってくる。敵う事のない相手でも、ミサトはいざとなったら立ち向かっていく…これからも。加持はそう思った。
「疲れたわ…いや、でも…楽しいな。全くできなかったが」
「最初からできる人なんていないよ」
ミサトは水を加持に渡す。加持は礼を言うと、一気に飲んだ。
「そりゃそうかもしれないが、やっぱ葛城凄いな」
「…まだまだ全然だよ。私は弱い」
充分強いと思うが、自分で自分に満足したらその時点でお仕舞いだ。更に上を目指すのは武道だけではない。人生にも当てはまる。
「でも、凄いな。葛城は」
「はは…ずっとやってたみたいだからね。それは何となく覚えてる」
帰宅ラッシュ後の電車は空いている。加持とミサトは座っていた。正直、加持は立っている気力がなかった。
「不思議だな」
「なにが?」
「同じ人間でも、場所によって別の人に見えるんだな」
独り言のように、加持は言いながら何度も頷いている。考え事をしているような、空想に耽っているような感じだ。話しかけて良いものなのか…ミサトは黙って前を向いていた。そうしているうちに、加持が降りる駅に着いた。
「葛城、滅茶苦茶格好良かったぜ」
「長くやってるからだけだって」
道場でのミサトから、完全に普段のミサトに戻っている。
惚れ直した…と言いたいが、止めておく。ミサトの素直じゃない性格は分かっている。
「ところで、いつにする?来週中には行かない?」
そうだった。加持と約束をしていた…具体的に日を決める事になると、なんだか緊張してくる。
「俺は…月曜と木曜なら大丈夫」
携帯を見ながら、加持は予定を確認している。
「…木曜かな」
なるべく先の方が、心の準備ができる。
「じゃ、俺が行先決めて良いんだよな」
「うん」
行った事がない場所へ行きたい…そう話したのをミサトは思い出した。
「それじゃ、決定。今日はありがとな。楽しかった」
「うん…お疲れ」
気を付けろよ…と言いながら加持は電車を降りていく。動き出して、見えなくなるまで、いつも見送ってくれる。
そういった気遣いは嬉しい。多分、心を許した人間には、そうするのだろう。自分が特別という訳ではないとミサトは思う。
(でも、二人でどっかへ行くのは私だけなのかな…)
叔父やユイは別として。というより、異性では自分だけだと思う…今は。
加持を信じていない訳ではない。だけど、人の気持は変わっていく。ミサトが彼の想いに応えずにいたら、離れてしまうかもしれない。
それは怖い。でも、想いを告げる勇気もない。
(ダメだなぁ…私)
経験が全くないミサトには、どうする事もできずにいた。
(来週だよね)
それまでに自分の中の何かが、変われるのか。それとも、加持と一緒に過ごしたら、何かが変わるのか…ミサトは分からずにいた。