「ミサト、疲れていない?」
「ぜんっぜん、平気」
走りはじめて二時間余り。そろそろ疲れてくる頃だが、ミサトは至って元気そうだ。運転は好きだし、特に、覚えたてのうちは苦にならないモノだ。
「少し休憩するか」
「平気だってば」
「案外、疲れてたりするモンだぜ?」
加持の意見にリツコも賛成する。気を張っていると疲労を感じなくなる。
「呑気にはしていられないけれど、休憩も大切だわ」
長距離を運転する時は、二時間おきに休憩を取りましょう…運転教本に載っていた事をミサトは思い出す。
「じゃ、次のサービスエリアに寄るね」
「帰りは電車とタクシーを乗り継いで行くから。少々面倒だけど」
新東京付近から松代まで同じタクシーで移動するのは怪しまれる。その方が良いだろう。加持もミサトもコーヒーを啜りながら頷く。
「明日、学校休む訳にはいかないし」
三人一緒に休むのは、さすがにおかしく思われる。今更と言えば今更だが、旅行前に問題を起こしたくはない。
「思ったより早く着きそうだね」
松代から新東京。公共の交通機関だと乗り換えが多いが、車だと渋滞もないし、楽なドライブではある。
「高速はね。ゴテンバからミサト一人だし…後は追うけれど」
「追う?」
加持もミサトも聞いていなかった。タクシーを送り込んで、ミサトはそれに乗って帰る。ゴテンバで二人は待っている…その予定だった。
「心配でしょう。やっぱりタクシーで追うわ」
「大丈夫なの?」
「妨害される可能性は限りなく低いわ」
リツコに任せっきりだったので、加持もミサトも深く考えていなかった。
「私は一人でも大丈夫だよ」
「万が一見付かったら、あなたはどういった行動にでるつもり?」
「多少は武力行使も…勿論、怪我はさせないよ。あくまでも防衛手段って事で」
「ダメよ」
リツコの形相が恐ろしくなり、ミサトは黙る。
「ミサト。今、何をしに行くの?」
「車を置きに…だよね」
「何の為に?」
「ええと、修学旅行で使うから」
「その通り」
同意され、ミサトは安堵する。自分が勘違いでもしていたのか…と、思い始めていた。忘れっぽいのは自覚している。
「武力行使とやらをしたら、どうなると思う?」
ミサトは考えてみた。見付かったら逃げれば良い…普段はそうだ。しかし、手荒な真似をしたとしたら、反撃してしまうだろう。そうすると…
「…警備が厳しくなるかも」
「正解」
車を"見付からないように"置きに行く。これが正しい目的だ。下手な事をして騒ぎになったら、もとも子もない。
(確かに赤木の言う通りだな)
二人の会話を聞いていた加持も、ミサト一人で行かせるのは心配になる。後先考えずに突き進むタイプだ。
良い面ではあるが、結果的に裏目に出る事もしばしばあった。
「もう一度、作戦変更するわ。加持君、あなたミサトの隣に乗りなさい」
「構わないが…」
無茶をしないように見張り役になる…そんな風に加持は考えた。
「タクシーの運転手さんに、変に思われない?」
あんな場所に行く人間は少ないと思う。それを追うように頼む。妙な目で見られそうだ。
「考えはあるわ」
リツコは何か思い付いたようだ。自信満々な表情で腕組みをしている。こういう時のリツコは、奇抜な事をしようとしている…過去の経験上。加持は嫌な予感がした。
「あなた達、しっかりやりなさいよ」
ミサトは自信なさそうに渋々頷いた。加持は心底うんざりした顔をしている。
(赤木は言い出したら聞かないからな)
そんな事は重々承知していた。それに、アホらしいアイディアではあるが、利には叶っている…気はした。
「はっきり返事しなさいっ」
「は、はいっ!」
リツコに一喝され、ミサトは大きな声で返事をした。
「加持君、分かったかしら?」
「はいはい、よーく、分かりましたよ」
「"はい"は一回!」
「…はい」
(ナントカと天才は紙一重…誰が言ったのか知らんが、名言だな)
「あの車、追って」
タクシーに滑り込むように乗り込んだ女。運転手はチラリとその客を見る…文句なしの美女だ。
「お姉さん、厄介事は勘弁だよ」
いくら綺麗な女性でも、面倒な事に巻き込まれるのは好まない。運転手はそんな表情だ。
女は優雅に微笑むと、数枚の札を運転手に握らせた。たちまち彼の顔は緩む。
「頼んだわよ」
「お任せ下さい…あ、動きますよ」
「見失わないようにして頂戴」
運転手は何度も首を縦に振りながら車を発車させた。
「ちょ…葛城、あんまスピード出すな」
助手席の加持が、冷や汗をかきながらミサトに言った。日が落ちて、すっかり暗くなっている。街灯も少なく視界が悪い。
「ごめん、追われると逃げたくなるっていうか」
大体、尾けてくるのはリツコの乗ったタクシーだ。巻く訳にはいなかない。ミサトはエンジンブレーキを利かせながら、徐々に速度を落とした。
「赤木に追われたらコワイのは分かるな」
そう言って加持は納得したように頷いている。
「リツコに言っとくね」
「…そりゃ勘弁してくれ」
時折バックミラーを確認しながら、ミサトは運転に集中する。車の数が減っていく。そろそろ箱根に入る所だ。リツコの乗っているタクシーは一定の距離を保ちつつ、尾けて来ていた。
(…上手くいってるな)
「お姉さん、あっちの方はマズイですよ」
「あら、どうして?」
素知らぬフリをしてリツコは聞いてみる。好奇心をくすぐられた…そんな風に。
「いや、途中から警戒区域になるって話で…何故かは自分も知りませんね」
箱根に足を踏み入れるのは、乗り気ではないようだ。リツコは札を運転手のポケットに滑り込ませた。感触で分かったらしく、彼は正面を向いて運転を続けた。
「宜しくね」
「しかし、バレないように尾けるのは難しいですよ」
「構わないわ。最終的には取っ捕まえる予定なの」
この美女が何を考えているのか、運転手も興味が沸いてきた。尾行している車には、男と女…そう思われる二人が乗っている。たまに照らされるライトに映し出されていた。
いつの時代も、男と女の揉め事は第三者から見ると面白いモノだ。
(こんな女を袖にするなんてな。どんな野郎だ)
「もうちょいだな」
加持が携帯で場所を確認し、リツコにラインを送った。
「うん…どっか脇道があったら教えてくれる?」
「オッケー」
連携するのは大切だ。加持は目を凝らして、車が侵入できそうな場所を探した。
(…いよいよね)
加持からのラインを見ると、リツコはナビを開いて頭に入れた。なかなか良いタイミング。やはり、ミサト一人にしなくて良かった。やり取りができる方が安心だ。
「お客さん、曲がって行きますよ」
「もう少し近くまで寄って」
車が曲がって行った、五十メートル程手前でリツコは運転手に停まるように指示をした。
「ここで良いわ。少し待っていてね」
「了解です」
逃げられる事はないだろうが、念の為、リツコは身を乗り出して、わざとらしくハンドルの横にある運転手の氏名と写真に目を走らせた。
「ここまで来れば大丈夫かな」
車一台がギリギリ通れる細い道。擦らないように気を遣ったので、外の空気を吸って深呼吸をした。
「良いと思うぜ。さてと…さっさとやりますか」
車をシートで覆い、辺りに散乱している木の枝を車の上に被せ始める。懐中電灯の灯りだけだと結構手こずった。
「おっと。場所を入れとかないとな」
加持は携帯を取り出すと、ナビに目印を付ける。それを終えると、再び木の枝を集め始めた。
「加持君、ミサト。お疲れ様」
「リツコっ」
背後からリツコが現れた。友人の顔を見るとミサトはホッとして駆け寄る。
「取り合えず大丈夫そうね。場所はインプットした?」
「したよ。一応、赤木も入れといて」
「分かったわ…って、あなた達、そんな呑気にやっていたらいつまで経っても終わらないわよ」
リツコはトランクから何かを取り出すと、加持とミサトの前に掲げた。
「ぎゃーっ!リツコ、お、落ち着いて…」
大きなチェーンソー。刃先が闇夜に光り、リツコの顔をうっすら照らしている。彼女が持っていると、妙な恐ろしさを醸し出す。
「…何を考えているのよ。加持君、これで細目の木を切って。車の上に乗るようにね」
加持も同じ事を思っているようだ。恐々とした様子でリツコを見つめている。暗い、草木が茂る山の中。本当に首でも刈られそうだ。
「ボケッとしてないで。さっさとやりなさいよ」
「りょ、了解…」
チェーンソーを受け取ると、加持は言われた通りにする。あっという間に数本の木が倒れる。それが車の上に重ねられていく。
「ユイさん…ごめんなさい」
「…俺から言っとくわ」
ミサトは思わず両手を合わせて呟いた。それほど重量はないし、シートでワンクッション置いてある…が、どこまで役割を果たしてくれるか定かではない。ヘコむまではいかなくても、多少のダメージはあるだろう。
車の耐性については、全く理解のないリツコを責める気にはなれない。
「こんなトコかしらね」
なんとか隠れたような感じだ。見付かる可能性は低いが、昼間の風景は分からない。念には念を入れておくに越したことはない。
「さ、行きましょう。良い?上手くやりなさいよ」
加持とミサトは渋々頷いた。こればかりはやはり自信がない。ある意味、一番厄介かもしれない。しかし、リツコに意見をする勇気はなかった。
「さっさと歩きなさい」
「イテテ…赤木、もう少しお手柔らかに頼むよ」
「つべこべ言わないのっ」
リツコに耳を引っ張られながら、加持は歩いていた。その後ろから恐る恐るミサトは俯き着いていった。
「さぁ、話は車で聞きましょうか」
三人を好奇の目で見ている運転手に、わざと聞こえるように大声でリツコは言う。
運転手は無言でドアを開けた。加持を真ん中に、三人並んで後部座席に座る。
「何回目かしらねー。あなたの浮気」
(…どういう設定だよ)
「しかも今回はよりによって私の親友に手を出すなんて…!」
どうにもこうにも、そういう設定だ。加持も仕方なしにリツコの芝居に乗る。
「俺にはおまえだけだって。何度も言ったろ?」
「こーんな、人気のない山奥で何をしようとしていたのかしらね」
車を置きに来た…馬鹿正直に、そう言いかけた加持とミサトは慌てて口を閉ざす。
「相談があるから、加…じゃなくて、リョウ君に聞いて貰ってたダケなのよ」
ミサトなりに精一杯、リツコに合わせるべく努力をした。
「ただの相談で、何故こんな辺鄙な所まで来るのかしら?」
(…話が続かない)
ノリノリで演技をしているリツコに着いていけずにいた。ミサトは目配せをして加持に助けを求めた。
「ホントに何でもないって。君の友人に手を出すなんてあり得ないだろ?」
「…それじゃ証拠を見せてよ」
「証拠?」
今度は加持が着いていけない。リツコの出方を待つ事にする。
「携帯見せなさい」
(なるほど)
便利なツールではあるが、色恋沙汰において、時に厄介な道具に変貌する。加持は言われた通りに携帯を差し出した。
「どうぞ」
暫くリツコは携帯を弄っていた。
「…何、このメール」
'ミサミサ、明日は超楽しみだよ'
'リッコにバレないかなぁ'
'その名前は聞きたくないな。アイツがなかなか別れてくれなくて。俺が好きなのはミサミサだけだよ'
加持はあんぐりと口を開けた。演技ではない。良くまあ、こんな恥ずかしい文章を咄嗟に考え、読み上げられるモンだ…呆れるような、感心するような感じ。
「違うって。それは…」
「確固たる証拠があるのにね。まーだ、言い訳するつもり?」
半ば自棄になり、加持はヤサ男になりきる。浮気を繰り返し、彼女の親友にも手を出す酷い男。それをリツコは求めているらしい。
「ミサに何度も誘われて仕方なく会ったダケだって」
(…なんなの)
ミサトも芝居という事を忘れ、頭にくる。加持の言葉に反撃を始めた。
「リツ…じゃなくてリッコと別れるって約束したじゃん。嘘なの?」
ミサトが加持に詰め寄ると、加持は迫力に驚き、後ずさった。女二人に挟まれているので、必然的にリツコに凭れる体勢になる。
「やっぱリッコが好きなの?私と結婚するって約束したじゃないっ」
「なんですって!」
今度はリツコの気迫に押され、ミサトの方に寄りかかる。正に板挟み…本当にそんな気分になってきた。
「意外にお喋りだな。そんな女だとは思わなかったよ」
疲れたように加持は言う。途端にミサトの肘鉄を喰らった。
「しかも暴力的か。俺はやっぱりリッコしか…」
言い終わらないうちに、リツコから平手打ちを喰らう。結構な音がした。加持は頬を押さえて痛みに耐えていた。
(マジで痛いんだが…二人共やり過ぎ…)
「お客さん、こんな時に何ですが何処まで行けば…」
面白そうに見ていた運転手も、女性二人に責められている加持を見ると、同じ男性として多少の同情をした。
「ゴテンバ駅に戻って頂戴」
茶番劇に夢中になっていた。ふと気付くと行き交う車の台数が増えて、灯りもポツポツ見えている。駅に近付いていた。
「だから、ミサとは遊びだって。もう浮気は二度としないよ。だから…」
痛いし、喋り過ぎて加持も疲れ果てていた。完全に自棄になり、リツコの目を見て優しく微笑む。
「あら?私の親友を悪者にするってワケね」
「…リッコ?」
「浮気はするわ、女のせいにするわ…あんたって本当に最低ね」
リツコは運転手の肩を叩くと、車を停めるように促す。スピードを落としながら、タクシーは路肩に停車した。
「ミサ」
「うん」
ドアが開いた瞬間、二人は加持を外へ押し出した。ぽかんとリツコを見ている加持は完全に無視だ。
「行って」
「い、いいんですかね?」
「良いからっ、早く行って!あんな男、顔も見たくないわ」
(…オンナは怖いな)
'加持君お疲れ様。今何処かしら?'
「何処かしら…じゃねえっ」
車から投げ出され、置き去りにされた加持は、仕方なしに歩いていた。大した距離はないものの、疲労と痛みで足が進まない。
「"もしもし赤木?そっちこそ今何処だよ"」
「"駅前のドトールにいるわ。早く来なさいよ"」
(俺って、一体…)
自分は暗い夜道に放り出されたというのに、リツコとミサトは優雅にコーヒーブレイク中。頭にくる気力もない。
(…赤木の案だからな)
ある程度の覚悟はしていたが、想像を超えていた。リツコには、いつもエライ目に遭わされる。加持の事を嫌っているのではない。それは分かるが、若い男には興味がないからか冷遇される。
(ま、いっか)
疑われず車を置きに行けた。作戦成功だ。呑気にしていたらリツコの機嫌を損ね、面倒な事になりそうだ。多少の犠牲は仕方がない…自分に言い聞かせるようにして、加持は走り始めた。
「お疲れ様。大変だったでしょう」
「…加持」
意外な事に、珍しくリツコの口から労いの言葉が出てきた。ホットドッグとカフェオレまで差し出され、加持は驚く。
毒でも入ってんの?…と、言いかけて止めておいた。不必要な揉め事は起こしたくない。
「サンキュー」
礼を言って二人の前に座り、カフェオレを飲むと一息ついた。こういう気遣いは嬉しいものだ。全く男とは単純にできている。
「次の電車までゆっくりしましょうね」
一仕事を終わらせ、リツコは機嫌が良い。その一方、ミサトは何だか落ち着かない様子だ。
「どうかしたか?物事に犠牲は必要だ(いつも俺が犠牲者だが)気にしてないからな」
人に優しくされると、自分も自然にそうなる。これまた単純な話だが。良くみると、ミサトの顔色が悪い。加持は本気で心配になり始めた。
「葛城?」
コーヒーを両手で握りしめ、ミサトは無言のままだ。
「気分でも悪いのか?」
「…車…車が」
(車?)
「傷が…ユイさんに、なんて…」
すっかり忘れていたが、車を隠す為に色々やらかした。ミサトはそれを案じているらしい。一息入れたら急に思い出した…そんなところだろう。
「気にするな。ユイさんなら覚悟はしてただろ?」
「でも、綺麗に乗ってたのに…」
ド素人の初心者に貸すと決めたからには予測がつく事だ。しかも、人に言えないような事に使用をするのはユイも承知の上。
ミサトは考え過ぎだと加持は思う。しかし、これは免許を所持し、一度は購入しようとした立場でないと分からない話だ。
「さっきも言ったが、ユイさんには俺から話しとくって。今は喜んどけ」
ミサトの手を軽く握り、加持が笑う。作戦を成功させた事。それを考えると確かに喜ぶべきだ。ミサトも徐々に元気が出てきたらしく、目の前にある食べ物に手を付け始めた。
「一先ず考えないようにするよ…」
やってしまったものは取り返しがつかない。後悔している場合ではないのは、ミサトも分かっている。
「そろそろ時間ね」
リツコが立ち上がると加持もミサトも頷いた。
電車は貸し切りだった。二車両しかないのにガラガラだ。本当に人口が半分になったのを改めて感じる。
リツコは熱心に教科書を読んでいる。こんな時に勉強の事まで考えられるのは、世の中広しと言っても彼女位のモンだろう。
ミサトは半分横になって寝ていた。時折"車…車が…"という寝言が聞こえてくる。やはり頭から離れないらしい。こういうところは生真面だ。
「赤木、女優にでもなれば?」
迫真の演技力を思いだし、加持は問いかけてみる。
「バカバカしい。ああいう職業は、生まれながらの運が必要よ」
悪運の強さなら十分持っていそうだと加持は思うが、リツコには言わないでおいた。
「それに、私の頭脳を活かさないのは勿体無いでしょう」
こんなセリフを、何の躊躇いもなく言えるのもリツコ位だ。少くとも加持の知る限りは。リツコだから言えるセリフでもあるが。
「赤木は何を目指してる?」
東大を出てから…という意味だ。リツコは教科書から目を離さずに答えた。
「ノーベル賞」
「…へ?」
「これは半分冗談よ。そうね…やりたい事がありすぎて選ぶのが難しいわ」
半分は本気らしい。しかし、可能性はある…リツコなら。大多数の人間は、消去法で職業を選ばざるを得ない。
やりたい事が多すぎて悩む。加持は羨ましいとすら思えない。レベルの高過ぎる話で。大抵の物になら、リツコはなれると思う。
贅沢な話だが、それは天舞の才だけではなれない。努力という、一番大切な事。それを惜しまず行っているから言える。
「あなたこそ、何になるつもり?」
「俺はまあ、そこそこの仕事に就けりゃ十分だ」
(…大学は叔父さまが願っているのよね)
逆にリツコは加持が羨ましかった。自由奔放、好き勝手に生きているようで、やるべき事はしっかりとやる。
進学にも興味がなさそうだ。叔父のため…それが理由。
(この人…加持君は自由なように見えて違うのよね)
上っ面だけだとそう見えるが、今の家庭に気を遣い、リツコやミサトの意見や行動を支持し、従う。加持が垣間見せる一面。
(…好き勝手な訳ではないわ)
本当は大学にも拘らないし、行きたくはない。人が望むからそうするだけだ。
(辛いのは加持君も同じね)
「勉強の邪魔して悪かったな」
気付くとリツコは教科書から目を離し、加持を見ていた。
「俺も休むわ。赤木も無理するなよ?」
そう言うと加持は、腕を組んで目を閉じた。電車の揺れでたちまち睡魔がやってくる。
「…無理しているのはあなたでしょう」
加持に向かって言うと、リツコは再び教科書に目を移した。頭には入る筈もないのは分かりつつ。
(それにしても、寝ている時まで騒がしい娘だこと)
もう一人の連れであるミサトをチラッと見る。
寝言はともかく、いびきも大きくなっていく。最初は遠慮がちに横になっていたのに、足をぶら下げ、口を開けて仰向けに寝ていた。
リツコはやれやれ…と思いながら、運転に支障がないように選んだ、ローヒールのブーツを脱がせてやる。
(頑張ってくれたわね。ゆっくり休みなさい)
いよいよ後一週間。準備は整った。頼りなさそうで、頼りになる仲間。加持とミサト、そして自分を信じて先に進む。リツコは必ずできると思っていた。