「お帰りなさい。リョウジ君、話は聞いたわよね?」

帰宅すると、ユイが出迎えてくれる。彼女もそのつもりみたいだ。

「葛城から一通り聞いてはいるけど、できたら叔父には…」

小声で言うと、ユイは頷く。これもまた、彼女も加持と同意見のようだ。

「あの人に心配させたくないのは私も同じよ」

家では話にくい。幸い明日は土曜だ。病院もないし、学校も休み。一刻も早く話をしたいのはヤマヤマだが、明日の方が良い。ユイと外で待ち合わせる約束をした。



「素敵なお店ね」

リツコの家の近所のいつもの店。ここは落ち着く。店主とバイトらしき女性が一人だけ。昼時を外せば、空いていて話をするには丁度良い。

「赤木に教えて貰ったんで」
「確かに彼女が好みそうね」

ユイはいつも通りの笑顔で店内を見渡す。歳は聞いた事がないけれど、こういう場所に居ると、可愛らしい若い奥さんという感じだ。

「三人で良く来るの?」
「まあ、たまに…」

ユイの前に紅茶、加持の前にコーヒーが置かれる。ウエイトレスに軽く会釈をしてからユイは口を付けた。

「車ね。何に使うのかは聞かないけれど…」

ミサトが言っていた通り、車の事は決定事項みたいな言い方をユイはする。

「少し私から話すわ…リョウジ君が興味ありそうな事」

注文を済ませると、ユイは早速本題に入る。加持としてはありがたい。妙な前降りをされるより、ズバッと切り出してくれた方が、自分もそうできる。

「私がミサトちゃんに肩入れしているのが不思議?」

ずっと気になっていた事を、あっさりと言われ、加持は少々驚く。

「隠そうとしても態度に出ちゃうのね。リョウジ君は勘が良いし」

(…そうか?)

自分では分からないが、そう思われているのは悪い気はしない。しかし、ユイは加持に何か悟って欲しいと、態度で示しているように思う。

隠そうと思えば、ユイならできる筈だ。

「葛城を知っている…昔から。そんなトコですかね」
「記憶がないんでしょ?ミサトちゃん」

この話はユイは知らないと思う。少なくとも、加持は言った覚えはない。ミサトが話したかもしれないが。

「病院で会ったのが初対面じゃない。それなのにアイツはユイさんを覚えていなかった…だから気付いたって事?」

ユイは考え、言葉を慎重に選んでいる。迂闊な事は言えない…そんな様子だ。

「ちょっと違うかな。私はミサトちゃんを知っているけれど、彼女は分からないと思うの」
「どういう意味ですか?」

記憶とは関係ないらしい。

「最初に会った頃は、まだ彼女は小さかったし、私も若かったの。覚えていない筈よ」
「アイツが子供の時…」
「道場で一緒だったの。まだ三歳かそこらだったわ」

十年以上も前の話。ミサトは当然、再会してもユイに気付かないだろう。ユイも三歳の女の子が、高校生になって現れても分からないと思う。

「私は仕事の関係で、別の道場へ移ったし一緒に習っていたのは一年位ね」

それなら、お互い分からなくて当然だ。この時点だと、ユイとミサトは他人みたいなものだ。きっと次から本題に入る…加持は神経を集中させた。

「次に会った時は、お父さんと一緒だったわ」

(どういう事だ?)

いきなりユイの口から、ミサトの父親という言葉が出てきて、加持は反応に困る。

思った以上に、深い話になりそうだ。加持は一言一句、聞き逃さないように構えた。
同じ道場に通っていた…これは納得できる。しかし、それだけではミサトが記憶を失っている事にユイは気付かない。本人もそう思っている。

次の話。再会した時、父親と一緒だった。つまり、ユイはミサトの父親を知っている。これは重要だ。

「お父さんと仕事で一緒になったの。これは彼女が十四歳の時ね」
「葛城の父さんと同じ職場にいたって事ですか?」

ユイは静かに首を横に振った。

「同じ会社にいた訳ではないわ。ある任務で同行したのよ。ごめんなさい、これは詳しくは言えないの」

加持は一旦、頭の中で整理してみる。父親と知り合いで、三年前にユイは会っている。十四歳のミサトと。そこまでは分かった。

「葛城は仕事関連の人の娘ってダケですよね」

直接的に関係はなさそうに思える。今の話だけだと。

「お父さんだけではないの。彼女も…ミサトちゃんも同行したていたよ」


十四歳…中学生の女の子が、何故父親の仕事に同行したのは分からない。大事なのは、ユイがミサトの父親と関わりがあった事。加持もそちらの方に興味がある。

「なんかややこしいけど、葛城もユイさんを知っている筈なのに、初めて会ったような態度だった…それで記憶がないって、分かったって事?」

ユイはやはり、言葉を選んでいるようだ。話が話だけに仕方がない。

「記憶の事は初めて会う前から聞いていたの。誰からかは…言えないの、これも」

察して欲しい…そんな表情のユイ。なんとなく繋がってきた。加持は、この話は後回しにする事にした。

「ミサトちゃんは、記憶があったとしても私の事を覚えていないと思うわ」

どういった任務なのかは全く分からないが、それ程顔を会わせていなかった。親しくはなかったのか。そう加持は考えていた。

「内気なおとなしい子でね。お父さんの背中にいつも隠れるようにしていたわ」

ユイが話かけても、恥ずかしがって上手く喋れない…そんな感じだったらしく、親しくはなれなかったと、ユイが説明した。今のミサトからは想像できない。

「それじゃ、なんで葛城を…」

特別視するのか。そこが分からない。今の話だけだと。

「彼女のお父さんに私は助けられたの」

前にも聞いた事のあるセリフだ。加持はすぐに思い出した。

――叔父さんは命の恩人なの

ミサトの父親も加持の叔父も、ユイを何かから救った。そういう事だろう。

人生で二度も、命に関わる程の大事故に見舞われる可能性は少ない。叔父もその場にいた…そう解釈する方が自然だ。

「…分かったみたいね」
「以前、叔父に助けられたって話ですか…」
「あなたの、リョウジ君の叔父さんも、ミサトちゃんのお父さんに助けて貰った…それで…」

ユイは申し訳なさそうな表情で俯く。次の言葉を出すのに戸惑っていた。

「…葛城の父さんはそれで亡くなったんですね」

繋がった。叔父とユイ、ミサトの父親は何かの任務で同行していた。その最中、事故か何かがおきた…恐らくミサトの傷も、その時の物だろう。

「私も暫くは動ける状態ではなくて…大した怪我はなかったけれど。その後、みんなを必死に捜したわ」

申し訳なさそうにユイは話し続ける。

「あなたの叔父さんが、家に戻ってリョウジ君と元気に暮らしているって分かって、本当に嬉しかったの」

高校に入る前後の事だと思う。叔父はその頃、体に全く問題はなかった。一番軽症で済んだらしい。

(…だから俺を引き取ったのか)

加持の予測に過ぎないが、元の仕事を辞め(或いは会社がなくなった)新しい職に就き、自分の事をどこかで知る。

罪滅ぼしと言ったら失礼だが、亡くなった人々の分まで、しっかり生きる…そんな考えだろう、多分。叔父らしいな、と加持は思う。

「ミサトちゃんが、生きている…大怪我を負ったけれど、生きててくれた。それを聞いた時は安心したけれど…」

複雑な表情をユイはする。保護された場所の事を考えている。この勘は当たっていると、加持は確信していた。

「第三新東京。葛城はそこの建物に居た…それが引っ掛かってる、ユイさんは。合ってる?」
「…やっぱり賢いわね。リョウジ君」

多分ユイも、あの建物を知っている。内部に詳しくはなくても、胡散臭い。それくらいは、一般人が立ち入れない警備と、国家もそれを黙認している。その事から誰でも想像はつく。

それだけではないと思う。

「'葛城が'、あそこと関わりを持っている。それをユイさんは良く思ってない…そんなトコ?」
「全くその通り。訳は…」
「言えない、ですね」

愉快な話題ではないのに、加持もユイもおかしくなり顔を見合わせて笑う。

重たい雰囲気は苦手だ。辛い話であっても、叔父にとっても、ユイにとっても過去の事。二人には振り返って欲しくはない。

『大切にしろ』

叔父の言葉の意味が、ようやく分かった。ユイがミサトに対し、特別視するのも。

「や、なんかスッキリした」

加持は背を伸ばしてから、とっくに冷めてしまったコーヒーを一気に飲んだ。

「前向きなのね。リョウジ君は」
「そうでもないですけど。俺は恵まれてるし」

言わなくても伝わるだろう。叔父もユイもミサトもいる。加持からすれば、充分だ。ただ、ミサトには酷な話だ。

「ミサトちゃんに話すのは早いわよね」

当然、加持も同じ意見だ。父親の犠牲の上、自分は助かった。この事実は彼女には重い。

「時期じゃないと思いますね」
「言わないわ。叔父さんもそう考えているのよ」

それはそうだろう。叔父もユイと同じ位、知っている筈だ。

「徹底的にフォローはさせてもらうけれどね」

ユイも安心したように笑った。

「あなたも赤木さんも付いていてくれるから大丈夫よね。でも、大人にしかできない事もあるから」

何でも協力する。ユイの目はそう言っている。

「ただ、気を付けて…くれぐれも」
「それは、まあ、約束します。一応」

多少の無理も無茶もするし、してきた。ユイも承知の上だと思う。

なんとかしなくてはならない。あの男が必要としているミサトの持つ'何か'…ユイの話から推測すると、事故が関係ある。間違いなさそうだ。

叔父もユイも居合わせていたのに、あの男はミサトだけに執着している。

何が起こっても、絶対に守らなくてはならない。叔父との約束だからではなく、加持がそうしたいから、そうする。

(…守るからな。どこにも行くなよ)



「へ?借りちゃうの」

あっさり加持が言うと、ミサトは拍子抜けしたようだ。

「貸してくれるならありがたいだろ?特に問題なさそうだしな」

朝の電車の中。加持は壁に寄り掛かり腕組みをして、外を眺めている。どこか吹っ切れたような感じ…ミサトにはそう見えた。

「ふぅん…加持は反対するかと思った」

釈然としない様子でミサトは、加持の横顔をじっと眺めていた。

「せっかく言ってくれてるしさ。葛城も慣れてる車なら運転しやすいだろ」
「そうだけど…」

加持も賛成しているし、持ち主であるユイが提案してくれた事だ。断る理由はない気もする。

「迷惑かけちゃうかもだけど、そうしよっか。リツコも良いと思ってるし」
「大体、ユイさんも言い出したら聞かないぜ?俺の周りの女性はみんなそうだな」

窓に向けていた視線をミサトに移し、加持は意地悪く笑う。

「なにそれ…私はそんな頑固じゃないけども」

ミサトは加持を軽く睨む。加持は顔を近付けると、そっと手のひらを頬に充てた。

「…葛城」
「何よ?」

(内気なコか)

ユイが言っていた言葉を思い出す。それが本来のミサトなのか。それとも、大人に囲まれていたから緊張していただけ…そうだったのかもしれない。

(どっちでも構わないさ。俺は)

「何かついてる?」

あまりにもジロジロ見られるので、ミサトは不思議に思い、加持に問う。

「いや、ちょっとな」

手を離すと、加持は再び窓の方を向く。ミサトに隠しているのは心が痛む。しかし、言ってしまったら、彼女がどうなってしまうか予想がつかない。

黙っている方が良いのは分かりつつ、いざ本人を前にすると、苦しい。本当に辛いのはミサトだ。

(…自分が代われるなら代わりたいよ)

ある意味、逃げだ。大事な人が辛い思いをするより自分が辛い目に遭う方がラク。叔父が事故に遭った時もそう思った。

そうすると、自分を大切に思ってくれている人が悲しい思いをする。

自分にできる事なら何でもやる。できる限り側にいて、支える…傲った言い方だが。そうすれば、良い。何度も考えた事を改めて考える。

「さっきからヘンだよ。何かあった?」

やはり、態度に出てしまう。加持もそこまで上手く感情を隠せる程、大人ではない。

「べっつに。最近、二人になれないから淋しいだけだ」

扉が開くと同時に、加持はミサトの肩に手を回した。

「…殴るわよ」
「やれば?みんな見てるぜ?」
「見てるからイヤなんじゃない」
「二人きりなら良いんだ」

ミサトの反応は分かっていた。肘で腹を突かれ、加持はそこに力を入れた。

「なるほど。葛城に言われた通りだな。痛みが軽減される」

一瞬、悔しそうに顔を歪ませたが、ミサトは素早く太ももに蹴りを入れた。避け損ねた加持は痛みに耐える羽目になる。

「攻撃をかわした後が大切って言い忘れたね。かわされたら、相手はムキになるから。気を付けて」
「…覚えとくわ」

ミサトはスタスタと先を歩いて行く。

(…誤魔化せたな。痛かったが)

単純なのはありがたい。太ももを押さえながら、加持はミサトを追いかけた。



「そうね。正直に言うと助かるわ」

体育前、更衣室でリツコに報告すると、やはりリツコは安堵したみたいだ。

「でも、良いのかしら…高校生に車を貸すなんて」

リツコの思う事が、ミサトも良く分かる。良識的な大人なら、皆そんな事はしない。ユイも一見すると、至極まともな人物だ。

「あれ、言ってなかったっけ?リツコと加持と何かやろうとしてるって、分かってるみたいで…」
「…それくらいの考えには辿り着くわね。私達の一連の行動から」
「一応、信じてくれてるみたい。私達の事をね」

ミサトは、賢く冷静なリツコと、大事な人の甥である加持を信用していると考えていた。

ユイは自分を信じると言ってくれたけれど、それは言葉のアヤだと思う。二人が付いているなら、突拍子のない事はしない。少なくとも、常識の範囲内で動く…ミサトはそう考えていた。

そこはユイの考えとは違っていた。加持しか知らない事だ。


「今日はサッカーだったよね。楽しみ」

男子生徒と一緒に行う体育。人数も少ないし、真剣にやる訳でもないけれど、退屈な授業の息抜きにはなる。

「ええ」

(…目立つわね)

何度見ても、酷い傷だ。手当てが遅れた…そう考えられる。今の医学なら、こんなに傷は残らない筈だ。すぐに処置をすれば。

(それが不可能な状況だったのね)

「どうかした?」
「…いいえ。行きましょう」

本人は気にしている様子はない。記憶がないからなのか、本当に気にならないのか分からない。それがリツコからすると、切ない。

(…それにしても、加持君なら断ると思っていたわ)

ユイに説得されて、渋々了解した…そんな感じだろう。リツコはそう思う事にする。腑に落ちない部分はあるが。

(結果的に悪くはないわね)



「稽古だよな。今日」
「そだよ」

ミサトは右手を引いてから、拳を思いきり前に突き出す。動きたくて堪らない…そんな感じだ。

『道場で一緒だったの』

三つかそこらから、ミサトは武道をしていた。

「ホントに好きなんだな…」

ミサトは何か考えているみたいだ。

「他にも、習い事はしていた…って言うより、やらされていたんだ。確か」

うっすらとした子供の頃の記憶。少しだけ覚えていた。

「イヤでイヤで無理矢理行ってたんだ…道場以外は」

ユイの話からすると、ミサトはわりと裕福な家庭で育ったみたいだ。父親は、かなりの任務に就いていたし、経済力はあったと思う。

「結局続いたのは一つだけだったかも」

良くある話だ。色々習い事をされて、成果を出せと親は求める。子供には荷が重い。

「一つでも続いてるんだから立派じゃん」

本当にそう思って加持は言った。どれもこれもできる人間なんて、そうは居ない。自分でやりたいと思って始めても、挫折する方が多い。

「そう言ってくれると嬉しいな」

本当に嬉しそうにミサトは笑う。もしかすると、親からは聞けなかった言葉なのか…加持はそう考えていた。

「あ、後でユイさんと約束してるんだった。寄るね」
「車の事か」
「そ。また練習の話もね。じゃ、後でねー」

元気良く手を振って、走り出すミサト。片手をあげて応えながら、暫く加持はその背中を見ていた。

(…父さんか)

ユイの話と、ミサトがあの男から聞いてきた話から考えると、世間一般では地位のある人間だった。ただ、父親としての役割はあまり果たせていなかった…そんな所だろう。

(最期に仲間と…娘は救ったんだよな)

その事実だけを、上手く伝える方法を考えてみたが、加持には思い付かなかった。



「ユイさん帰ってないの?叔父さんも」
「医者から話があるってさ。待つんだよな、そういうのって。葛城電話取れなかっただろ?」

携帯を見ると、ユイから着信があった。稽古中は電源を切っていたから気付かなかったらしい。

「そっか。悪かったな…」
「とりあえずメシだけでも食ってけば?」

ミサトの分も用意されている。せっかくだし、加持の言葉に甘える事にした。



「あー、なんか燃えてきたよ」

食器を洗いながら、ミサトはスポンジを強く握りしめた。拭いていた加持の顔まで水しぶきが飛んでくる。

「相変わらず馬鹿力だな…盛り上がるのは結構だが、無理すんなよ」
「下がるより良いじゃない」

機嫌良く片付けをしている。慣れない手付きだ。家では滅多にしないと思われる。この女の子…ミサトの父親に叔父は命を救われた。それを考えると、不思議な縁を感じる。

仕組まれてた出会いかもしれないが、人の心までは操作できない。加持がミサトに好意を寄せたのは、自分自身の気持だ。それは誰かに命令された訳じゃない。

「葛城」

手を拭きながらミサトは振り返る。そのまま手を取って、加持は自分に引き寄せた。

「部屋おいで」

何か言いたそうにしているミサトの唇を有無を言わさず加持は塞いだ。



久しぶりのキスだ。部屋に入ると、多少強引に加持はミサトに口付け、自分の胸の中に押し込めた。そのままベッドの上に倒れ込む。

「こ、これ以上は、しないよね?」

こういう時のミサトは弱気だ。嫌がっていないのは分かるが、積極的にはならない。最後まではしたくない…それも伝わってくる。

「まあ、約束しちゃったからな」

加持もやはり躊躇する。記憶のないミサトとそうするのは、罪悪感みたいなモノを感じる。

一旦体を起こすと、つられてミサトも同じように体を起こした。迎え会わせに座る形になる。

「葛城からキスしてくれない?」

ちょとした意地悪…というか、ミサトがどう出るのか知りたい。賭けみたいなモノだ。

「…どうして?」
「さあな。して欲しいから…それだけ」

冗談なのか、本気なのか、イマイチ分からない。加持の表情からは何も読み取れない。いつもと同じ顔…意地悪な笑みを浮かべているだけだ。

「イヤなのか?」

少し…かなり寂しそうに加持は言う。多分、演技だろうけれど、何となく悪い気がしてミサトはぎこちなく唇を重ねた。

加持は素早くミサト両手を握り、ベッドに押し付け、ゆっくり体重をかけていく。

「素直じゃん」
「いつもそうでしょ」
「…自覚ないのか。ま、嬉しいけどな」
「加持がしろって言ったじゃない」

深くなっていくキスと、加持の体の重さでミサトの言葉は遮られる。脚に膝をかけて身動きが取れないようにされて、ミサトは思わず体を離そうとした。

「ダメだ。離さない」

左手で肩を押さえ、右手を頬に充てながら再び唇を重ねていく。ミサトが抵抗しないのを確認すると、首筋から耳朶に唇を移していく。

「イヤだよ、加持…くすぐったい」
「本当にイヤなら、殴るか蹴るかするだろ?葛城なら」

何も言えない。こんな時、ミサトはどうすれば良いのか分からない。加持の言う事はあっている。

「…怖いの」
「何が?」
「溺れちゃいそうだから」

抱かれたいと思う。加持は望んでいなくても。それ自体に恐さはない。その後を思うと、自分が加持の事しか見えなくなりそう…前々から感じていた事。それを今、強く感じる。

熱くなっていく自分の体に、自分自身で抵抗を感じ、ミサトは恐ろしくなる。

「…嬉しいコト言ってくれるな」

後先考えていても仕方がない。いつ、何が起こるか分からない。それが人生だ。だったら、別に良いのではないか…記憶がないからとか、言い訳だ。

「溺れてみるか」
「だから、それが怖いんだって」
「おまえはそんなにバカじゃないって。切り替えできるだろ…」

正直な話、そんな事は分かる訳ない。これも言い訳だ。とりあえず勢いに任せてみよう…加持はそう思った。胸に顔を埋めと、ミサトは小さく震える。

薄いシャツ一枚越しに、互いの体温が伝わる。下から捲り上げると何回か見た傷跡が露になり、加持はそこにゆっくりと唇と舌を充てていく。

「あの、電気消して欲しいんだけど」
「俺は見たい。全部な」
「それはちょっと…ちょっとじゃなくて絶っ対、イヤ」

さすがに初めて男の前で体を晒すのに、明るいのは抵抗があるだろう。加持は電気を消しに立ち上がる。

それと同時に外からエンジン音が聴こえてきて、二人は顔を見合わせた。

「…なんつう間の悪さ」

ミサトは慌てて服装を直す。ここに来たのはユイと約束してたからだ。それを思い出す。

「大事な話が…」
「…切り替えできるじゃん」

加持が少々、不機嫌に言うと、ミサトはベッドから降りて髪を結び直す。妙に色気がある仕草と表情だ。

「良かったかも」
「良くねぇよ。断じて」

不貞腐れて外を見ている加持に近寄り、ミサトは両肩に手を回す。

「本当に溺れちゃうと思うから」

そう言うミサトの体の熱さに加持は驚く。自分を求めているのが分かる。

「葛城、今度…」

迷うのは止めた。なるようになる…何事も良い方向へ考える。流されるのも、溺れるのも悪くない。加持はミサトの腰を抱きしめながら視線を合わせた。

「うん…あ、あれ?なにこれ」

下半身に硬いモノがあたる。ミサトはその正体を確かめるべく、右手で握ってみた。

「…積極的だな」

嬉しそうにミサトの髪を撫でながら、加持は背中から手を入れて、直に肌を擦り始める。

「…ねえ。コレってアレだよね?」
「コレもアレも何も、下半身で硬くなるモンはソレだけだ」

ミサトの動きが止まる。何か考えているらしく、この状況にあるまじき、渋い表情に変わっていく。

「うわっ、危ねっ…」

いきなりミサトが座ったので、加持はバランスを崩して倒れそうになる。ミサトは両手でソレを握り直し、益々渋い顔をした。

「…やっぱやだ」
「へ?なんで…」
「こ、こんなのを、体にその、い、入れるとか無理…」

急激に熱が冷めていく、ミサトの体。顔色は真っ青だ。

「ミサトちゃーん、ごめんなさいね。待たせちゃって」

階下から聞こえてくるユイの声にミサトはホッとした様子で答える。

「いいえー、お邪魔してますっ。今行きます」

バタバタと階段を降りていくミサトを黙って見送るしか成す術がない。

(…なんでこうなるんだ)

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