(やっと落ち着いたな)

叔父が家に戻ってから一週間が経つ。彼は住み慣れた家に戻れ、本当に嬉しそうだ。加持も、また叔父と暮らせる日々が戻り、安心した。いつでも側にいる事ができ、顔を見れる。離れている時は、心配もしてしまうし、寂しかった。

加持が考えていたより、叔父は車椅子を巧く載りこなしている。それに、少しは立つ事もできるようになっている。表情も豊かだ。以前よりは。

(ユイさんのおかげだな)

自分より、ユイの力の方が強いと加持は思う。二人はやはり、何か特別な関係で結ばれているような気がする。恋心とは違う…同志のようだと感じた。

「リョウジ君」

夜に自分の部屋にいると、ユイに声をかけられ、加持は下に行こうとした。

「そっちに行っても良いかしら?」
「?…どうぞ」

(珍しいな…つーか、初めてか)

今までユイは二階に来た事はない。年頃の男子の部屋に入るのも、申し訳ない…そんなトコだろう。やはり遠慮がちにユイは扉を開けた。

「ごめんなさいね、あの人に聞かせるのも…」
「全然構わないですよ。どうぞ」

立ち上がり、椅子を譲ろうとすると、ユイは両手を振って扉の前で止まる。

「長くないから、ここで」

彼女の言う通りにする事にした。加持は頷くと、椅子に座り直す。

「詳しくは話せないんだけれど…」
「聞きませんよ。余計な事は」

ユイは深呼吸をすると、話し始めた。

「あの人…加持さんには、その、なんて言ったら良いか…」

かなり言葉を選んでいる。元から話すのは苦手みたいだし、甥である加持に対しては気を遣う人だ。

「大丈夫ですよ。何があったとしても昔の話だし。それに口は固いんで」

なんでもない…そんな口調と態度で加持は平然としていた。ユイは安堵して話し出す。

「簡単に言うとね、加持さんは…私にとって命の恩人みたいな人なの」

(…確かにあり得るな)

何が二人の間で起きたのか、全く見当がつかないが、ユイの必要以上の献身的な叔父への介護からすると、相当の事があったのだろう。ただ、それには触れたくないようだ。加持は黙って話を聞くしかない。

「その前から、ずっと加持さんを想っていたのは…その、事実で…」

顔を真っ赤にしながら、ユイは話し続ける。この手の話を自分にするのは勇気がいるよな、と加持は思う。

「結婚とか、そんな高望みはしてませんから…でも、このままここに居ても良いでしょうか?図々しいのは分かってます!」

叫ぶようにユイは言った。加持としては、そうなるんじゃないか、と考えていた事だ。別段、驚く事ではない。

「叔父も喜びますし。俺がお願いしたいと思っていたくらいですよ」

そう言うと、ユイはホッと胸を撫で下ろす。

「叔父の事、宜しくお願いします。俺も何でもするんで」
「い、いいのよ…リョウジ君は学生さんだし…勉強や他の事もありますから…」

ユイの希望を聞いた方が良い。そうしないと、彼女は気を遣うだろう…自分がお節介を焼いている、邪魔な人…そんな風に思い込んでしまいそうだ。彼女の性格だと。加持は学校を辞めてもかまわないとは考えている。叔父が最優先だ。ただ、それを彼は望んでいない。高校を辞めたら、それこそ叔父は傷付き、自分を責めるだろう。

「リョウジ君は今まで通りの生活を送って下さい…あの人もそう思っています」

微笑みながらそう言うと、ユイは部屋を後にしようとして振り向いた。

「お友達…葛城さんも、もっと来てもらってね」

いきなりミサトの名を出され、加持は戸惑う。彼女もユイと話をするのを楽しみにしているし、叔父が帰ってきたなら、更に喜んで来るはずだ。しかし、念を押されているような感じがした。今ミサトの話を出すのは少々不自然だと思った。

「それじゃ…本当にありがとう」
「こちらこそ、これからも宜しくお願いします」

違和感を感じながらも、加持は深入りしない…その暗黙の了解を守る事にした。


「そうなんだ。良かったね。素敵な人だし」

ユイと一緒に住む事になったと、電車の中でミサトに話す。他に聞いた事は言わないでおいた。

「叔父さんも葛城に会いたがってるし、近いうちに来いよ」

ユイもだが、叔父も前からミサトの事を気にかけている…必要以上に。自分の友人だからだ…加持はそう思うようにする。

「ありがと。退院のお祝い、何が良いかな?」
「顔見せてくれりゃ良いって。それだけで充分だ」
「私がしたいの。叔父さん何をあげたら喜ぶかな?」

加持も分からない。年代の差がある人への贈り物は難しい。

「じゃあさ、一緒に選ぶか…」

自分からも何か贈りたいと、加持も考える。

「ホント?じゃあ今度行こうか」
「次の土曜で良い?」

その日はユイが叔父を何処かへ連れて出かけると言っていた。家の中にずっといるのも退屈だろうと。リハビリ以外にも、なるべく外へ行きたいと、ユイは張り切っている。叔父にとっても良い事だと加持も賛成だ。こういう時は車を運転できる大人は頼りになる。

「オッケー。宜しくね」

(コイツと約束してたな…)

今回のはそれとは別にしておく。その方が良い。そうすればまた誘える。

「今日は道場行くんだっけ?」

ミサトの荷物が多い日は稽古へ行く日だ。週に二度だが、特に決まった曜日に通う訳ではない。

「うん。なるべく人が集まりそうな日に来て欲しいって、先生に言われてるから」

幼稚園児から中学生までいる。行事等があると休む人が多いから、それを考慮しているとミサトは言う。

「今度、俺も行きたいな」
「ホント?先生も大歓迎するよ」
「もうちょい、落ち着いたらぜひ」
「うん」



学校へ着くと、リツコがミサトに駆け寄る。最近、時間を割いて新東京の建物の構造を調べている。ミサトの話を聞いて。ナオコの持ち物も少々、拝借しているらしいが。

「こんな感じかしら?」

入口から一つ一つのドアの距離と数、ミサトの知る限りの部屋の場所と中の様子…設置されている物等、細々と書かれている。見た事もないのに、ここまで再現するとは、やはりリツコは本気で忍び込む計画を練っているらしい。

「すご…凄すぎ!大体こんな感じだよ。私の話だけで良くまあ、ここまで…」

リツコは妖しい笑みを浮かべると、用紙を大切そうにしまった。

「あなたの話だけではね…ちょっと母のパソコンをね」
「え?そんなコトしてんの…」
「たいした情報は得れないわ。最初のパスだけは簡単に分かったのよ」

(恐るべし…リツコ)

「良く分かったな。そんな単純なモンか?」

黙って話を聞いていた加持も感心してリツコに聞いた。

「昔飼っていた猫の名前と母の誕生日から推測したのよ」
「…そ、そうか」

(誕生日、か…)

加持に聞くのを忘れていた。叔父にもだが、彼にも何かお礼をしたい…ずっとそうミサトは思っていた。

(後で聞いてみよ)

「なんつーか、さすが赤木としか言い様がないな…でもさ、形跡は残ると思うぜ?どんなに気を付けても」

「そんなの百も承知よ。指紋も残さないようにしてるし、完全に元の状態にはしておくわ。まあ、バレるでしょうけど。そんなに隠したいなら放置しておかないでしょう。構わないのよ、バレたって」

「…全て計算してるのか。いや、さすが赤木だな」

加持がそう言うと、満足気にリツコは席に戻って行った。

「(赤木ダケは敵に回したくねえな)」
「(…全く同意)」

席に着いてからも、リツコはノートを広げてなにやら楽しそうにメモを取っている。勉強以外で、何かに夢中になっている彼女は可愛らしく見えた。行っている内容はともかく。

(ウーン…協力すべきよね)

自分では頼りにならないが、実際にあそこへ行った事があるのはミサトだけだ。友人が(この際、内容は置いておいておく)頑張っている姿を見ると、そうせずにはいられないと、ミサトは思った。



「叔父さんの趣味って?」
「畑」
「他には?」
「分からん」

退院祝いを選ぶのは、二人にはやはり難しい。ある程度目星をつけてから、買いに行くべきだった。行き当たりばったりウロウロしていたが、これといった物が見付からない。

「夫婦茶碗とか。ユイさんにもお世話になったし、これからも宜しくって感じで」
「渋いな…夫婦じゃいが。まあ、食器は良いかもな」
「リツコに聞いてみよっかな」

ミサトはラインを送ってみた。リツコからすぐに返事がくる。

'割れ物はあまり適していないかもしれないわね'

「…そうか」
「何が良いか聞いてみよ」

'拘らなくても良いんじゃないかしら?何でも喜んでくれるわよ'

「それが難しいんだけど…」

歩き疲れたので、近くにあったベンチに座り、ミサトはもたれ掛かった。

「本は良く読んでるな」

腰を降ろしながら加持は思い出したように言った。

「本かあ。どんな?」
「分からん」
「さっきからそればっか」
「すまん。本当に分からねぇ」

有名な日本文学は大抵読み尽くしてしまっている。ノンフィクションも好んで読んでいたが、セカンドインパクトの考察…その手の本ばかり棚に並んでいた。ミサトには聞かせたくない話だ。大体、興味のある本は自分で買うものだろう。

高校生男児に、叔父への贈り物を選ぶ事は難題だ。というより無理がある。

「お花とケーキは持っていく予定だけど…ウーン…」

ミサトは頭を抱える。相手に喜んでもらうのが前提だ。それに加え、利便性のあるものを選びたい。

「そういや、時計が壊れかかってたな」
「時計って、掛け時計?」
「ああ。何度電池代えても遅れるんだよ」

物凄く奇抜なデザインでなければ無難なプレゼントになる。無難過ぎる気もするが、これから未来を刻んでいく…そういう意味を込めたら、素敵だと思った。

「良いかもっ。探してみよっか」



少し古めかしい感じの、時計専門店を見付け、そこを覗いてみる。アンティークっぽい銅の色と、細い針。細部に拘りが感じられる、四角い時計。部屋の雰囲気にぴったりだとミサトは思った。

「これ素敵…これにしようよ」
「おまえ、決めるの早いな」

女性の買い物は長い。世間一般で言われている事。ミサトはそれに当てはまらないらしい。これだ…と思ったら、他は考えない。と言うより、それしか見えなくなるタイプだ。

「確かに良いな」

加持には正直、良く分からないが、その時計は部屋に合っているとは思う。

「じゃ、決まり」



決まってホッとすると、お腹が減る。二人はまたラーメン屋に来ていた。

「気に入るとハマるタイプだよな」
「美味しいし。良いじゃない」

(コイツの生活費って、どうなってんだ?)

時計は結局、ミサトが払うと言ってきかなかったので、加持は言う通りにした。結構な値段だったから申し訳なく思う。けれど、譲らないと言ったら譲らない…そんな感じだから、ありがたく受け入れる事にする。

「葛城、聞いて良いか分からんが…」
「分からんばっか。なんだか知らないけど、どうぞ」
「おまえ、生活費って保護者からもらってるのか?」

ミサトは口に入っている餃子を飲み込みながら、加持の問いに答える。

「遺産がどうとかだけど、二十歳にならないと受け取れないって。ナントカ金があるから、それが毎月出るんだって」
「ナントカ金?」
「ショウレイキンだかなんだか」

(…奨励金?)

推測するに、ミサトの本当の両親…或いはどちらが余程の実績を残した。そんな所だ。

(そういうのって、一回きりだと思うが)

毎月支払われる奨励金なんて、聞いた事がない。

「働くようになれば、返せるしね」
「返済する必要はない金だと思うが…」
「分からないけど、"あの人"から借りてるなら返したいし」

たぶん違う。今の保護者から出ている金ではない。ミサトの言葉から考えたら、彼女の親のもらうはずだった金だ。

ミサトは分かっていないようだ。加持はその事に触れたくはない。この話は掘り下げない事にした。


「加持って意外に甘い物好きだよね」

この店のデザートは、一つでも食後のお腹には充分過ぎる程甘く量もある。加持は三個買って席に着く。

「嫌いじゃないな。普段あまり食わないが。葛城こそ、いつもコーヒーはナシナシだよな?」

ホイップダブルにキャラメル。その上に蜂蜜をドカドカかけているミサトを見て加持は不思議に思う。

「そうなんだけど、ここだと入れたくなるんだよね。入れなきゃ損みたいな…」
「貧乏性だな…でも分かるわ」

ガラス越しに外が見える席に並んで座る。土曜日の夕方だから、これから遊びに行く人間と、遊び終わって帰宅する人間が行き交う。結構賑やかだ。

「半分食う?」
「良いの?ちょうだい」

沢山チョコレートチップが入った、大きなクッキーをミサトは嬉しそうに口に入れた。

(そうだ、加持の誕生日…)

思い出して、ミサトが加持に聞こうとすると、真正面に何処かで会ったような女の人が目に入る。その人もこちらに気付いて、少し驚いたように立ち止まった。

加持の昔付き合っていた人だ。制服しか見たことがなかったし、髪型も前と全然違っていたので、一瞬分からなかった。彼女は迷ったみたいだったが、店の中に入ってくる。

「リョウちゃんよね?」
「…ああ。どうも」

かなり素っ気ない態度を加持はとる。ミサトに気を遣っているのもあるだろう。

「最初分かんなかったー。随分背が伸びたし、男っぽくなっちゃったねぇ」

(席外した方が良いのかな…)

聞く訳にいかないし、動きようがなくミサトは遠慮がちに彼女を見ていた。やはり綺麗だ。前よりずっと。そんな様子に気付き、彼女はミサトに話しかける。

「転校生ちゃんだ。一度会ったよね」
「こんにちは…」

それくらいしか、言う事がない。ミサトは軽く会釈をして、どうしたら良いものか困る。

彼女は加持の肩に手を置くと、真正面から顔を覗く。

「ホント、変わったわ。ねぇねぇ、付き合ってんの?転校生ちゃんと」
「関係ないだろ。まあ片想いってトコ」
「片想い?なにソレ」

可笑しくてたまらない…そんな風に彼女は笑う。

「リョウちゃんじゃ不満?」

ミサトの方を見て、無遠慮な質問を投げかけてくる彼女。腹立たしくは思わない。彼女の知っている加持と、自分の知っている加持は違う。しかし、それはそれで自分が今ここに居るのが邪魔みたいに感じた。

不満と聞かれたのも、茶化しているだけだ。ミサトは黙っていた。全くの他人であるミサトに話をしても仕方がないと、彼女も思ったらしく、再び加持に視線を移す。

「今ね、マジメに働いてんのよ。パパのコネだけど」
「そうか。良かったな」
「またいつでも連絡して」

(…悪いヤツじゃないんだが、空気読めねえのは相変わらずだ)

やんわりと肩に乗った手を払いのけ、加持は作り笑いをする。

「良く三年まで上がれたな…もう時効だから良いだろ?どんな事情があんの?学校に」

偶然のチャンスだ。ミサトの前で長話はしたくはないが、良い機会だ。話を切り替え、振ってみた。しかし、彼女の返答に加持だけでなく、ミサトも困惑する。一番妙な顔をしたのは彼女だった。

「上がるってなんのハナシ?」

加持とミサトは視線を交わした。彼女は知らないみたいだ。咄嗟にウソをついたり誤魔化したりしているようには見えない。大体、そんな事ができるタイプではない。

「分かんなきゃ良いんだ。それじゃ」

加持は立ち上がり、彼女に手を振る。帰ってくれという態度。さすがに彼女も察して肩をすくめる。

「元気でな」

椅子に座り直すと、彼女に背中を向ける加持。ミサトは何も言えず黙っていた。

「オジャマしたわね。リョウちゃんはこう見えて良いコよ。前向きに考えてあげてねー」

(…前の三年は普通に進級していたのか)

今の一つ上はどうだろう?校舎が離れているから交流がない。部活等の縦の繋がりがないのは、この為…余計な事を耳に入れさせない…そんな所か。

(それとも、俺達ダケ?)

知る由もない。上の学年の人間からも聞いてはみたいが、知り合いもいないし、居たとしても話してくれる筈もない。

(まあ、良いか…)

ふと前を見ると、皿が空になっていた。ドーナツもパウンドケーキも見当たらない。ミサトを見ると、明かに不愉快といった態度で口をモグモグさせている。全てミサトが食べたらしい。

「アイスラテ。トール。買って来て」

有無を言わさないという口調で、ミサトは加持に千円札を渡す。

「…妬いてんの?」

そうだとしたらちょっと…いや、かなり嬉しい。しかし、ミサトにギロっと睨まれ加持は慌てて買いに行く。

「金いいよ。俺が…」
「加持になんか奢ってもらわない」

ここはミサトの言う通りにしておいた。

(…怒ってるよな)



駅に着いてもミサトは無言だ。気まずいのとは違う。ただ、どうしたら良いモノか加持は分からない。下手な事を言うと激怒しそうだ。

ミサトも何故、自分がモヤモヤしているのか分からなかった。加持の前の彼女と会っただけ。それだけの事なのに、苛々する。

(ふん。デレッとしちゃって)

そんな風にした訳ではないが、ミサトにはそう見えた。

「電車来るぜ」
「いちいち言われなくても見れば分かるし」
「突っ掛かるなあ」
「楽しそうだったね」
「楽しそう?どこがだよ」

当たり障りのない、社交辞令の見本みたいな会話だ。学校の話を聞いたのはミサトにも関係がある事だ。それは聞けて加持は良かったと思う。

「ただの知り合いと偶然会ったダケじゃん。なんで葛城が不機嫌になるんだよ」

("ただの"知り合いじゃないじゃない)

ベタベタしていたし。大体、前に付き合ってた人だ。

(ん?加持が付き合ってた人とベタベタしようが何しようが、関係ないよね?)

それなのに、今までに感じた事のない気持になる。悲しい…ちょっと違う。虚し…くはない。表現し難い気分。加持が遠く感じた。彼女と話しているのを見ると、胸が痛んだ。見ていたくない…そんな感情が芽生えてきた。

「やっぱ妬いてるじゃん」

言ってから加持は後悔した。ミサトの表情が険しくなっていく。思った事をつい、口にしただけだが、バカにしたようにミサトは受け取るだろう…今の流れだと。

「ごめん、ごめん。いや、ホント…一応言っとくが、俺が葛城に言った事、忘れてないよな?」

謝る必要はないが、反射的に加持はそうした。何故ミサトが怒っているのか不明だが、嫉妬してくれていると考えて良い気がした。しかし、それを言うと、ムキになって否定されるのが目に見えている。

「…忘れてないけど」
「なら良いよ」
「けど、信じられないよ…やっぱ」
「またそれか。何度も言ってるじゃん」

加持も少々、苛々してくる。何故自分を信じてくれないのか。どっからどう見ても、自分のミサトに対する想いは分かり易すぎる程、分かると思っている。

ただ、前の彼女を加持が考えている以上にミサトは気にしている事に加持は気付かない。特に、二人が話しているのを目の前で見てしまった。これは女の子からすれば、かなりのダメージを受けるモノだ。

「こっち向けよ」

そっぽを向いたままのミサトの腕を掴もうとすると、ミサトは立ち上がって振り払う。

「触んないで」

電車がやってくるが、加持は身動きが取れずにいた。

「"転校生ちゃん"とか"リョウちゃんじゃ不満"とか、失礼だと思うんだけど」

進級の話に気をとられていたので、加持はその事を忘れていた。確かにミサトの言う通りだ。彼女の見下した物言いにミサトは腹を立てている。当然だ…それは申し訳なく思った。

「ごめんな。ああいう言い方するヤツなんだよ。気分悪いよな…」

付き合っていたから当たり前だけれど、彼女の性格を良く分かっている…そんな加持の言い方に、ミサトは気分が悪くなる。

「なんで加持が謝んの?」
「いや、なんでって言われても…」

知り合いの無礼を詫びただけだが、これは逆効果だったらしい。電車が到着したが、加持は立ち上がる気がしない。

「もういいもんねっ。加持なんか…」

ミサトは背中を向けているから、はっきりとは分からないが、声が震えていた。泣くのを堪えている…それに気付いて、加持は腰を上げた。

「加持なんか…知らない!」

閉まりかけた電車にミサトは、さっさと乗り込んだ。加持は動けずに、暫く去り行く電車を茫然と見ていた。

(…まずかった)

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