おはなし 1
□溢れるありがとう。
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少しだけ不安を抱いてゆっくりといい玄関へ向かうとまたもや呼び鈴がなる。
ピーンポーン
チェーンをかけたままドアを開けると、そこには……
「え、えりち!? ち、ちょっと待ってな。すぐ開けるから」
慌ててチェーンを外して再びドアを開けるとすぐに部屋にあげた。
六月といえど深夜はまだ肌寒い。
だというのにえりちはなんという薄着。
「ごめんなさい、こんな時間に」
「全然いいよ。でも、どうしたん? 」
尋ねるとえりちはすくっと立ち上がりウチの背後に回ると「大変でしょ」とクスッと笑い、耳元でたまには私にやらせて? と呟いた。
「じ、じゃぁ。おねがいしよっかな」
一体この子は何しにきたん?
一つの疑問が胸に残る。
それだけで背後にいるえりちが少しだけ怖く思えた。
それでも髪を撫でる手はいつもどおり優しい。
「はい、おしまい」
えりちの声ではっと現実に引き戻される。
あぁ、寝てたな。
はは、と苦笑いすると背後からギュッと抱きしめられる。
「えりち? 」
「ありがとう」
一言だけ彼女が呟いた。
ウチの頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。
『私たち八人を見つけてくれてありがとう』
『私を見つけてくれてありがとう』
『いつもそばにいてくれてありがとう』
『出会ってくれてありがとう』
『いっぱいいっぱい、幸せをありがとう』
彼女が呟く度にウチを抱きしめるこの細い腕に力が入る。
その度に胸が痛くなる。
えりちがありがとうっていうたびに、
それはこっちのセリフや。
と言い返したくなるから。
最後にふっと彼女がウチから離れて目の前にやってくるとにこりと微笑む。
いつもの無邪気な笑顔じゃなくて、時折見せる綺麗な表情。やっぱり何度見てもドキッとする。
すると彼女の顔がゆっくりと近づいてきた。
へ?
頭が真っ白になる。
でも動揺してるのを見られるのはなんや悔しくて平然を装うと必死になっていると、チュッと額に彼女の唇が触れた。
「生まれてきてくれて、ありがとう。希」