フューシャは輝く
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お風呂から出てきた人間は、さっきよりも更に綺麗になった。
当たり前だけどね。
心なしか顔色も良くなったように見える。暖かさのせいでちょっぴり火照った頬が可愛らしい。
シナモン色の髪を乾かして、三つ編みを緩く編んでからリボンで括る。
アルフィスが買ってそのままだったスリープワンピースは少しぶかぶかだけれど仕方がない。
人間に合ったサイズの服はそれしかないし、何せ、あのぐるぐる巻きの中には何も着ていなかったからね。
「うん、ばっちり」
「なんだか、申し訳ないです…。
本当に貰ってしまっていいんでしょうか?」
「どうせアルフィスも着ないだろうし、大丈夫さ。
さあ、リビングに行こうか」
シャワールームのドアが開いた先には、待ってましたと言わんばかりの顔をしたアルフィスがスタンバイしていた。
「やっぱりとても似合ってるわ!!可愛い!!
まるで天使ね!」
「そ、そんな…天使だなんて…。
私には、勿体ない言葉です」
きゃあきゃあと興奮しているアルフィスに向けて、わざとらしく咳払いをすると、彼女はやっと目的を思い出して深刻そうな顔をした。
「あ、ごめんなさい。ついはしゃいじゃって…まあとにかく、座って座って。貴女とお話したいことがあるの。今ホットミルク持って来るわね」
「…し、失礼します」
おずおずと座った人間の前に、アルフィスが湯気が漂っているマグカップを持ってきた。
ミルクの中にはハチミツが入ってるの。なんて話しているのを見て、少しでも話しやすい相手なのだろうとほっとした。
だが、そうではなかった。
互いのお揃いじゃないマグカップの中のホットミルクが揺れるのを見つめて、一向に話を切り出そうとしないアルフィス。
手を組んではもじもじと指を動かして、何か言おうと口を開けてもすぐ閉じて。
きっと、僕が言うとついつい気が早まって責めるような言い方になってしまうだろうからと彼女に任せたのに。
いっそ、僕が…と思ったその時、人間がポツリと呟いた。
「あの…きっと今貴方達は、何故私が地下世界に来たのかを知りたいんですよね…?」
「えっ、あ…そ、そうね…」
「当たり前ですよね…人間は、本来ここに来るべき存在ではないし、何より、この地下世界はバリアを破る為に人間のソウルを必要としている。
そんなところにわざわざ落ちるような人間は、好奇心か死にたがりのどちらか…」
つらつらと述べられたその言葉に、驚きしかなかった。
彼女は地上に住んでいたはず。
それなのに。
「待って、どうして此処に落ちてくる前からその話を知っているんだい?
君は、以前此処に来たことがあるとか?」
僕のその問いかけに、彼女は少し悩んでから答えた。
「いいえ。来たことは一度もありません。ですが、この地下世界の話は知っているのです。…私の故郷の村は、この話を神聖なものとして語り継いでいます」
「地下世界の話が、神聖?」
「私のいた村の者達は、人間のくせにモンスターと同じモノであろうとし続ける愚かな民族です。
彼らはモンスターを神と同等の存在として扱い、信仰し、自分達もその一部に入り込みたいという欲望を全員が持っています。
そうすれば、不思議な力を持った存在になれる、魔法によって作られ、いつまでも命が尽きない身体を手に入れられる、なんて、いい大人が夢見ているのです。
そんなことは叶わない。絶対に、叶わないのに…」
「そ、そうね…いくら私達モンスターを崇めても、その輪の中に入れるのかと問われれば答えはNOよ。
ありえないことだもの」
アルフィスがそう言うと、人間は大きくうなずいた。
それにしても、ちゃんちゃら可笑しい話だ。愚かな人間もいるんだな。
自分が思ったからなりたいものになれるだなんて、そんなことはほんの一握りの可能性もない。
天と地がひっくり返るようなきっかけでもなければ、今の自分から変わることはできない。実現には、自分の力だけでは足りなくて、誰かの助けがないと無理だろう。それは、僕が一番知っていることだ。
「けれど、私達人間には個性という物があります。髪の色が濃い者や薄い者、肌の色が黒い者白い者、体が拒否する物など…。
それに焦点を合わせて、あの人達はある儀式を今も繰り返しています。
村から選ばれた者は、儀式を終えた後にこの地下世界へ通じている川に身を投げるんです。
私も、そのうちの一人なので身を投げました。
その川から生き延びて帰ってきた者は不思議な力を宿している…なんて有り得ない話ですが」
今の私、至って普通ですものね。
なんて言った彼女は、力無く笑った。