夜のカナリア

□不明の現在地
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人の声がする。ふわふわと温かな…でも、どこか冷たいような不思議な感覚。
死んだらこんなところに行くんだ、なんて思いながら目を開けると、きらびやかな装飾が視界一面に広がっていた。

「(え…ここ、天国?)」

がばりと起き上がったそこは、キングサイズのベッドの上。
あり得ない出来事にいきなり起き上がったのも相まって、ぐわりと眩暈がした。そのまま逆らうことなくぽすりとまたベッドに伏した。

「(天国に来た上に気付いたらベッドの上…?どうなってるの、一体)」

あちこちを見渡していたその時、体にあり得ないほどの痛みが走った。

「っ…!!!」

呼吸が乱れる。動けない。どういうことなの。ここはどこなの。なんなの。すっかりパニック状態になってしまった。不規則な息が漏れる。恐怖心でいっぱいになり体を丸めた。
息を吸わなきゃ。吐かなきゃ。苦しい。苦しい。喉が強張って息ができない。出来ているのにできない。苦しさから生理的な涙が頬を伝う。

「やあ、お嬢さん。目は覚めたかな…」

「(誰?誰なの?今は来ないでお願い…)」

やや重そうな扉を開けて部屋に入ってきたその男性は、私の情けない姿を見るなり顔に焦りを滲ませた。私の不規則な呼吸を過呼吸だと分かったのか、持ってきた水桶に浸されていた布を袋状にして私の口にそれを当てた。

「いつからこんな……。ゆっくり息をするんだ。落ち着いて、大丈夫」

「(……あ、少し楽になったかも)」

息苦しさが徐々に薄れて、呼吸が落ち着いてきた。体の震えも止まっていて、目の前の人に感謝の気持ちを伝えようと頭を下げた。

「いいんだよ。可愛らしいお嬢さんが一人で苦しむのは見ていられないからね」

「(本当にありがとうございます)」

もう一度頭を下げると、その人は少し照れくさそうに笑った。
さらさらとした菖蒲色の長い髪に蜂蜜色の瞳を持った男性。顔も大変整って女性に人気そうだ。

「それにしても、驚いたよ」

「(…何にでしょう)」

「何に?と言いたそうな顔をしているね。君、いきなり空から落ちて来たんだよ。覚えていないかもしれないが、我が国の魔導士が張った結界に思いきり当たって海に落っこちていったんだ。そして、たまたま海上警備をしていた隊士達が君を引き上げてここに連れてきたのさ」

ちら、と自分の姿を見ると、制服から白のワンピースに着替えていて、体のあちこちに包帯が巻かれていた。

「…君は、ひどい怪我を負って落ちて来ていた。腕と足、それに肋骨も折れていたよ。身体中の至るところに傷もあったから、手当てをさせてもらったよ」

「(そうだった。私、車に跳ねられて骨折したんだ。そこまで折れてたなんて…車の威力はすごいなぁ)」

どうりで痛いはずだ。
あまり動くこともできないし、これからどうしたらいいのか。
…あれ、私は死んだのではないのか。
じゃあ、ここはどこなんだ。

「あのときはずぶ濡れだったけど、今こうしてみると本当に可愛いお嬢さんだ。コルクカラーの柔らかな髪にミントの瞳。素敵なお嬢さん、ようこそこの国…痛だだだだだだだだ!!」

「アンタ…またそうやって…。まだ年端も行かない少女になにしようとしてんです!」

いきなり現れた男性が、その人のこめかみに拳を押し当てた。しかもぐりぐりと。
痛そうだな…と顔をしかめると、菖蒲色の人は大丈夫だと笑ってくれた。

「まあ、おふざけはこれくらいにして…。貴女、なんで空から落ちて来たんですか?」

「(確かに、なんで私空から落ちて…?
だってあの時に車に跳ねられたのに…)」

あれは地面での出来事。なのに私が現れたのは空。どういうことなのだろうか。それに、私は声が出ない。どうやって答えようかと考えていると、私に向けられた視線が鋭いものになった気がした。

「答えられない…ですか?」

「(違う。私は、声が出ないから…)」

何か書くものを、とジェスチャーで伝えると、ようやく私が話せないことに気付いたのか、紙とペンを渡してくれた。

とりあえず、ここまでの経緯を簡潔に記して手渡すと、文字を見るなり更に顔が険しくなった。

「(…字、汚かったかな)」

「貴女、どこから来たんですか。この文字は…どこの国のものなんです」

「(読めない?どうして…ここは日本ではないの?)」

じゃあ、日本でないのなら、何故日本語が通じているの。いよいよ本格的に分からなくなったその時、ベッドの下から小さな男の子が「やあ」と出てきた。

「アラジン。いつからそこにいたんだ?」

「アリババくん達でかくれんぼしてたら、小さな道を見つけてね。進んでみたらここに出られたのさ」

いきなり登場したその子は私のことを見るなり大きく目を見開いた。

「…お姉さん。なんで死んでいるのに生きているんだい?」

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