傘屋
□冗談止めてよ王子様
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「やあ名前ちゃん」
後ろからそう声をかけられて、無意識に顔をしかめてしまう。
「…何。誰ですか」
「やだなぁ。忘れちゃった?僕だよ、トド松」
ぱちーん、とウインクを決めて私に抱きつく彼にうんざりして溜め息を吐いた。
実は、こうなってしまったのには訳がある。
たまたま、たまたまだ。ガラの悪いお方々に絡まれてるコイツ…こほん。この人を助けてあげたのだ。それからどうやら気に入られてしまったようで毎度のようにベタベタ引っ付いてくる。
おいお前、偶然装ってるけどバッチリ私の後付けてきてただろ。綺麗にセットした髪に植え込みの葉が付いているの丸見えだよ。
「ストーカーもほどほどにして下さい」
「やだなぁ、名前ちゃん。僕はそんな下世話な男じゃないよ〜知ってるくせに!!」
いや、知らないよ。あんたがどんな人間だか知らないよ私は。
それより離れてくれ。抱きつかれたままだと動けないし何より周りの視線が痛いんだよ。
「あらまあ。じゃあ、そんな紳士のトド松さんはこんな昼間から何をしているんでしょう?今日で連続六日目。お仕事は無いんですか?」
出勤しているとき、または退勤しているとき。今のようにお出かけしているときも絶対にいる。仕事があるのなら、こんな何日も連続でパーカー姿でいる訳がないのだから。
「い、今は自分を見つめ直してるっていうか〜でも、バイトはしてるんだよ!」
「トド松さん、もう成人ですよね。自分探し期間はもう終わりですよ」
「そんなことないよ!!あ、ほらほらあそこソフトクリーム売ってるよ!!わあー僕食べたいなぁーイチゴとバニラミックスのやつ!!」
必死だ。話題を逸らすのに目を泳がせて必死な様子は少し面白い。
おそらくお金も持っていないだろうから、今回は奢ってあげよう。あれ、でもここから金ヅルにされても困るなぁ…。
ーーーーーー
「どーぞ」
「わあ、ありがとう!!」
ベンチに座っている彼に渡すと、ぱっと明るい笑みを見せた。あ、ちゃんとお礼は言えるんだな。と感心している私を他所に嬉しそうにソフトクリームを頬張っている。本当に食べたかったのか…。なら、奢ったのもまあ悪くはないな。
「いい年した男性がソフトクリーム食べてるのって…」
「えー。いいじゃん別に」
「いや、可愛いなぁって思ったんですよ。
…あ、ここ、付いてますよ」
口の横に付いたピンク色のそれをティッシュで拭いてあげると、トド松さんの頬が赤くなった。
そこから一言も話さなくなってしまったが、食べ終わってからようやく話し始めた。
「……あ、あのさ…」
「…?はい」
「もし、僕以外の人でも、こうやって一緒に歩いたりソフトクリーム食べたりとか…するの?」
何を言い出すんだ。いきなり。
「んー…友達ならそうですけど、男性とかならしませんよ。多分」
「…!そ、そっか…」
…正直、トド松さんは何を考えているのか分からない時がある。
今みたいな質問は、何も初めてではない。
たまに聞かれるのだ。それが、まるでトド松さんの事を私がどう思っているのか探るように思えて。
「じゃあ…トド松さんは、私以外の人でもこういうことしますか?」
「はぁ?!し、しないよ!!」
「本当ですか〜?分かりませんよ?」
真っ赤になって否定する彼の顔を見たとき。
ちょっと、悪戯が成功した気分になって笑ってしまった。
「も、もー!!名前ちゃあん!!」
「うわっ…、は、はははっ!ひーっくすぐった!!」
この野郎。私がくすぐりに弱いの分かってたのか。脇腹やらをくすぐられては、私はもう笑うことしかできない。ヒイヒイ笑いながら、止めさせようと彼の手を掴んだその時。ぴた、とくすぐりが止んで目の前には少し真剣な彼の顔。
「…?トド松さん?」
「…えっと、その、あのね名前ちゃん」
「ん…?」
あの、その、と急に照れだした彼。
今日は本当にどうしたんだろうか。
「〜っ!!名前ちゃん!!」
「っは、はい!」
「呼び捨て!!」
…はい?
「僕のこと、呼び捨てで呼んで!!あと、敬語もいらないから!!」
「え…はい…じゃない、うん。トド松」
え、そんなことを言うのに真っ赤になってたの?
「ほら、距離感あると寂しいからさ〜!!」
「あ、なるほど」
本当は、違うことを言おうとしていたんだろう。何となく察して話を合わせることにした。
「あ、それとね」
「んー?」
「僕、名前ちゃん以外の女の子ととか絶対出掛けたりとかしないから。それだけは信じてね」
少し低い声でそう言った彼に、少し心臓が締め付けられた。
…なんだろうか。これは。
頬が赤くなったまま私は「うん」と返しておいた。