傘屋
□摘まんだ星にキスを
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「あぁあもう!!深夜様!」
「ん〜?あ、おはよ、名前ちゃん」
「おはようございます…じゃないんです!!
またソファで寝て!風邪引いちゃいますよ!」
朝から私達のうるさいやり取りを見て(実際うるさいのは私一人だけど)、周りの人達が笑っていた。
寝転んだ体制のまま、ふにゃっと笑う深夜様…か、かっこいい。じゃなくて!!とにかく起きてほしい一心で彼の腕を掴んで起き上がらせようと引っ張った。
「眠たくって力が出ないよ〜。
ほらほら、名前ちゃん頑張れ頑張れ〜」
「う、んぎ、ふぐぐぐぐっ!!」
いくら引っ張っても、深夜様の体はびくともしなかった。私、力が無いのかなぁ。そんなんじゃ、いつか来るもしもの時に役に立てないんじゃないかな。
私には、あれやこれやと考え過ぎてしまう所がある。
もしこうなったらどうしよう。ああなったらどうしよう。頭も口も、出てくるのはいつも心配事ばかりで、そんな自分が嫌だった。
今だってそう。もし、深夜様が怪我をして歩けなくなった時。運べる人が私しかいなかったらどうするのか。今みたいに貧弱な私ではとてもじゃないけど運べない。強くならなきゃ。あ、でも、筋トレして体をおかしくしてしまったらどうしよう。
ああ、もう。どうしよう。とか、どうするのか。とかいい加減考えたくない。
でも、この心配性っぷりは中々治らなそうだ。
「名前ちゃん?」
優しい声で名前を呼ばれて、はっとした。
そうだ。私はこのだらだらしてばかりのしょうもない上司を起こさなければいけなかった。
けれど、やっぱり私は力不足だ。
きっと、敵に襲われた時に私は誰かを守ることもできなさそうだ…。役立たずだ。
ずん、と気持ちが沈むと共に、目からぽろぽろと涙が溢れ出した。
深夜様の腕を掴んだまま、俯いて泣き出す私はさぞ滑稽だろう。でも、頭の中がぐちゃぐちゃになって涙も止まらない。
ごめんなさい。勝手に泣いちゃってごめんなさい。きっと嫌われてしまった。皆さんにも、深夜様にも。急に泣き出すこんな小娘、誰も好き好んで近くになんて寄りたくないだろうに。
「あ、皆。俺の机に置いてある書類、全部今日が締切だから。よろしく〜」
「えっ!!今日ですか!!」
「うん。日にち勘違いしてて、今日のだったって今気付いた。ごめんね〜」
わあわあと、喚きながら部下の方々が一斉に散った。
「……嘘つき」
「ん?何が?」
「深夜様のお仕事、誰が毎回把握してると思ってるんですか」
「ふふ、誰だろ。この心配性な泣き虫ちゃんかな〜?」
ぎゅ、と柔らかく抱きしめてくれる背中に、おずおずと手を伸ばした。
嘘つき。私、知ってるんですよ。
あの大量の書類は今日じゃなくて一週間後が締切なことを。それなのに。
「きっと、今頃皆さん怒ってますよ」
「怒らないよ。皆俺のこと分かってるし」
「私は、分からないです」
「分からないようにしてるもの」
ず、と鼻を啜って深夜様の顔を見つめると、ほわほわの笑顔で「なあに?」なんて言った。
「なら、わ、私…深夜様のこと、もっと知りたいです。趣味とか好きな食べ物とか、…その」
「好きな人のこととか?」
「えっ!!何で分かって…あ、いや、その!」
恥ずかしくって、顔が一気に熱くなる。
もう、最悪だ。穴があったら入りたいほど。
「んーと、俺の好きな人はね〜…いつもちょろちょろ忙しなく動いてて心配性な、このおチビちゃんだよ。ね、名前ちゃんは?」
「わ、私の好きな人は…その…」
顔が熱い。目を合わせられない。
名前と反対に思える容姿は、まるで真夜中に輝く星のように眩しくて、冬の寒空に煌めく彗星のように美しい。
全てが白い中で目立つ、その天色の瞳に吸い込まれてしまいそう。
「し、深夜様です、よ…」
「ふふ、知ってた」
「なっ…!!それなら、そうとなんで」
「名前ちゃんの口から、聞きたかったからさ」
先ほどとは違う。優しさの中に混じる、獲物を狙うような眼差しに射抜かれた。
「…っな、んだかその目、狼みたいです」
「そう?じゃあ、食べちゃおうかな。この心配性の赤ずきんちゃんを」
する、と頬に手を当てて顔を近付けてくる深夜様の頬を、ぱちんと両手で挟んだ。
「まずは、嘘吐いて困らせた部下の人達に謝罪です!!」
「えー…でも、皆なんとなく気付いてるよ」
「じゃないと、ちゅーしません!!」
ちぇ、と残念そうに、でもどこか嬉しそうな深夜様を見て、つい笑ってしまった。
不意に名前を呼ばれて顔を向けると、おでこにキスを落とされた。
「今は、これで我慢するよ」
可愛らしくウインクをして去っていった深夜様の背中を、私はただ見つめることしか出来なかった。