傘屋
□タッグブルーは気付かない
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事件だ。
事件発生だ。
宴もそろそろ中盤なんだろうという頃に、私は目の前の酔っ払いに捕まっている。
物理的にではないけれど、向かい合わせに座る椅子から立ち上がることを許されなかった。
「だから、俺は本気で好きなんだって!」
「お、おお…開口一番にそれとは…勢いあるねぇ。あは、あははは…」
だからと言われても、私はそのことに関して一言も聞いてないぞ。
酔っ払いには話の順序というものは無いらしかった。
「なのに、全然気付いてくれないし…。そもそもあの子はそういうことに疎いから、多分一生振り向いてくれない…」
「ネガティブだねぇ〜。そんなの、勢いよく言っちゃったらいいと思うんだけど」
テーブルに突っ伏した頭を優しく撫でてやる。
彼がこんなに酔っ払うなんて珍しい。
それほど吹っ切れたいことなんだろう。
私は自分の薄紫色の髪を弄って、彼の話を聞くことにした。
「というか、ついに本命が出来たんだね。
おめでとう!」
「おう、ありがとう。
でもなぁ…気付いてくれんのかな」
「大丈夫だって!アピールすれば、イチコロだよ!!」
彼が作った食事をツマミに、酒をちびちび飲む。
少しずつ感じる楽しさと微睡みが心地良い。
「サンジ君ほどのプロポーションと話術があれば、きっと恋に落ちるよその子も」
「今まで、散々アピールしてるのに…足りないかな」
「そうだね〜。じゃあ、もうガツンと言ってみるとか?」
なーんて、と笑って細めていた目を開くと、やけに真剣な顔をした彼。
いや、ここに君の好きな人なんていないだろ。
いるのか。ナミ?ロビン?あ、もしかして男性陣の誰かなのかも。
だが落ち着け。このままだと、君は私に告白することになってしまうぞ。
とりあえず話を切り出そうとしたと同時に、彼はまたテーブルに突っ伏した。
おでこ、赤くなってないといいけどね。
「あ、なんなら私がその子を呼び出して、二人きりにしてあげよっか!
そしたら言いたいことも言えるでしょ?」
「そっか…それもいいかもな」
「じゃあ、その子の見た目とか特徴教えてよ!私、人探しは得意だし。ね?」
メモは無いから、自分の手の甲に書き記すことにした。お風呂に入る前に別の紙に書き写せば問題ないし。
元新聞会社の社員をなめるなよ。
愛用のペンを持ち、さあ来い。と身構えていると、サンジ君はぽつぽつと話し始めた。
「背は少し低くて…目はぱっちりしてて…」
「ふんふん」
「淡い紫色の、こう、長くて緩やかなカールがふわふわしてて…」
「へえ。お揃いだ」
「いつもニコニコ笑ってて、優しくて、こんな酔っ払いの話を一字一句残さないように、小さな手の甲に書き記してこっちを見て話している子」
「ほほお、そんな子が好き…な、んだ…ね………?ん、んん?」
なんだ。なんなんだその言い方は。
それだと、まるで、まるで。
「私の、こと……みたいだ」
「へへ。…当たり」
一気に顔が熱くなる。
湯気が出るんじゃないかってぐらい。
手の甲に書いてあることは、ほとんど私に当てはまっていて。自分で自分のことを聞き出してた、なんてあまりにも恥ずかしすぎる。
「うわぁ……本当に?」
「本当。ずっと、好きです」
「あ、ありがとうございます…」
いつものへらへらした自分からは想像も出来ないほどに、今の私はしおらしい。
声も尻すぼみになっていっちゃうし、上手く話せてるか不安でしかたない。
私が私ではなくなっちゃったみたいだ。
「でも、さ。それって女性皆に言ってるじゃん?私に向けてる好意は、それと同等の好きって感情なんだよね?」
「全然違うよ。
確かにレディにそういうことは言うけど…本当に、本気で、真剣に君のことが好きなんだ」
「ひ、ひえ…。マジか」
「だから、どうか名前ちゃんのこと、これからは俺に守らせてくれませんか?」
そっと手を握ってそんなこと言われたら。
ずるいなぁ。
「じゃあ…よろしくお願いします。マイプリンス」
「ありがたき幸せ。プリンセス」
酔っ払いのふにゃっとした笑顔は、見事に私のハートを射止めてしまった。
ごちゃ混ぜになった感情を押し殺すように、私はまだ残っていた酒を一気に飲み干した。
彼には完敗です。乾杯!!