傘屋
□レグホーンの憂鬱
1ページ/2ページ
サニー号の上で少し強い波の揺れを気にすることもなく海の遠くを見つめていた名前は、今日の内何度目か分からない溜息を吐いた。
柔らかな赤香色の長い髪を、人指し指でくるくると巻くように弄んでいた彼女の後ろ姿を見て、この船の主である海賊団のクルーの内の一人の美女、ロビンは「ふふ」と笑った。
その楽しそうな声を小さな耳が拾い上げ、少し不満そうな顔でロビンに振り返った。
「……なんで笑うの」
「ふふ、ごめんなさいね。
あまりにも貴女が可愛いから、つい」
「か、かわ、可愛くなんて…」
かーっと顔を真っ赤にしたかと思うと、ぷいっと顔を背けた。
また海を見つめては肩を竦める彼女に、ロビンは当たり障り無いように話しかけた。
「ほら、こっちに来て。梳いてあげる。
潮風で髪がボサボサよ」
「…はーい」
素直に近づいてきた名前の髪を、櫛で梳く。ふわふわで指通りが良い髪から、優しい花の香りがふわりと漂った。
そのまま風に溶けてしまいそうなほどにさらりと流れる彼女の髪はそのままでも素敵だけれど、今日は暑い。せっかくなら、とロビンはその長い髪を編み込みのハーフアップに仕上げた。
後ろで纏められた三つ編みを黄色のリボンで括り、結っていない髪を手櫛で整えれば完成だ。
「出来たわよ」
「わあ…すごい。ありがとう、ロビン」
「どういたしまして、憂鬱さん」
まるでお見通しと言わんばかりの呼び方。名前は、大きな目を更に大きく開いてロビンを見つめた。
「え、えっと、その、あの、どうして…」
「気付くわよ、普通はね。
貴女、ずっと溜息を吐いたり難しそうな顔をしていたり、思い悩んでいるのが見え見えよ」
驚きのあまり、まるで酸素を求める魚のように口をぱくぱくさせていた彼女は項垂れた。
そんなに分かりやすく出ていたのか。と名前は自分を情けなく思った。
隠していたつもりだけれど、この美女にはすっかりバレている。
しゅん、としている彼女に、ロビンはその真意を突いた。
「そりゃあ、好きな男性が色んな女の子に口説き回っていたら落ち込むわよね」
「私のこと、好きって言ったのに…。
やっぱり、嘘だったのかなぁ」
女の子を見つければ目をハートにして、華奢な手を取り、紳士のような立居振舞でいたかと思えば、鼻血を出してしまったり。
仕方がない。彼は、「女の子」が大好きなのだ。
再会する日までオカマ達ばかりに長い間囲まれて過ごしていたせいか、それは明らかに以前より悪化していた。
「私なんかより、もっと可愛くて綺麗な人がいいのかな…」
「どうなのかしらね。…でも、彼が貴女を好きなのは変わらないんじゃない?」
「うーん…そうなのかな」
ーーーーー
ロビンに結ってもらった髪を揺らしながら、名前は考え込んでいた。
「(でも、もし本当に私のことが好きなら、なんで女の子にすぐ飛び付くのかな。
やっぱり、私に飽きちゃった?)」
そこまで考えてしまい、重くずっしりとした気持ちになってしまった。
落ち着かなくて、不安で、ずっとサニー号の中をぐるぐると歩き回る。
「(どうしよう…。本当に飽きちゃったなら、わ、私なんかもう…いらないかも?!)」
自分で自分を追い込んでしまって更に落ち込んだその途端。
どうやら階段から足を踏み外してしまったようで体がガクンと揺れた。
このまま顔面衝突は避けたいとかろうじて着いている足で思い切り階段を蹴った。
でも、それで着地が成功する訳もなく。
重力に従って落ちる体。
スカートがぶわ、と広がる。
もし今傘を持っていたら少しくらい飛べたかな、なんて思考がふざけた。
来るであろう衝撃に備えて、固く目を瞑った。
「(…あれ)」
しかし、いつまでも来ない衝撃を不思議に思い、恐る恐る目を開けると、そこには悩みの種である彼がいた。
「大丈夫?」