傘屋

□うさぎは甘い
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ルリアは、少し危機感が欠けている。
それは出会った当初から薄々感じてはいた。
けれど、一緒に旅をしている内に様々なことを学んできたらしく、やっとトラブルに巻き込まれる回数が減った。

カタリナと「いかのおすし」を学んでからは、ほぼ自衛することができていると聞いて安心した。

…だが。
実はもう一人、危なっかしい人がいる。

それは、エルーン族の少女である名前のことだ。
うさぎのような耳をぴんぴんさせて、新芽色の髪をふわふわと揺らす姿は、とても可愛らしい。

今までどう生きていたのか不思議なくらい、彼女は危機感が足りなすぎている。
知らない人についていくし、興味があるものに触るし、何でも鵜呑みにして疑わないし…。

今さっきも、他人に声をかけられて路地裏に連れ込まれそうだった。
まあ、そうならないように付いてる人が一人いるんだけど。
と、今起こっている出来事を横目に警戒だけしておく。
きっと、あいつがいるから安心だろう。

「お嬢さん、ここは人が多くて大変だ。もしよかったら、この先にある喫茶店でのんびりしないか?」

「えっいいんですか!
私、人混みが苦手だから嬉しいです!ありがとうございます、お兄さん!」

彼女はにこにこと人当たりの良い笑顔で、誘ってきた男の手を取った。
と同時に、名前の肩を抱いてへらへらと笑う姿が。
笑ってるのに、笑ってない。
その矛盾した言葉が似合うのは、きっとこいつ、ドランクだけだ。

「はーい、そこまでそこまで!!
名前ちゃん、人混みに酔っちゃったなら一度騎空艇に戻ろっか。
自分の部屋にいた方が安心でしょ?」

「そっか、そうですね!
すみません、お兄さん。私、騎空艇に戻って休もうと思います。
でも、お茶のお誘いは、とても嬉しかったですよ。だから、また会えたら行かせてもらいますね!」

「え、あ、そ…そう、ソウデスネ」

実は、名前とドランクは、互いに好きなくせに、相手は違う人を好きになっているんだろうと勘違いして進展しない。
それが焦れったいので、彼女を見守れと彼に押し付けたのだ。

そのまますごすごと男が退散した直後、ドランクは名前の肩を抱いたまま、顔だけ向けて僕に抗議を浴びせてきた。

「ちょっとぉ、団長さん?!
近くにいるならなんで助けてくれなかったのさ!!」

「僕が行っても、向こうと話が拗れるだろうと思ってさ。それに、名前のことを上手く守れるのはドランクだけだろうし」

「守る?え、近くに魔物がいたとか?
私全然気がつかなかった…!!ドランクさんありがとうございます!!あ、でも、そ、それなら危ないですよここ!大丈夫なんですか?!」

一人で勘違いして、一人でわたわたと慌てる名前を見て僕と彼は溜息を吐いた。
彼女、一生一人にできないかも…。

「んー、まあ、魔物といえば魔物…かな。
あのね名前ちゃん。僕、何度も言ってると思うんだけど、知らない人からのお誘いに付いていっちゃいけないんだよ。
もし、助けてくれる人がいなかったらどうなってたと思う?」

「え、えーっと…迷子になる?」

「…」

これは前途多難だぞ。今まで君は何をしてきたんだ。とでも言いたそうな顔をするなよドランク。
おい、いつものへらへらした顔をどこにやった。
僕だって何度も教えてたんだよこれでも。
でも、本人が一向に学習しないんだよ!!

「えー、違うの?」

「違うよ。もしかしたら、殺されちゃうこともあるんだから、気を付けないと」

「美味しいものくれるって言われてもだめなんですか?」

「だめ。絶対に行かないで」

「うーん…わかりました。我慢します」

ちょっと残念そうにそう言った名前は、カタリナ達のもとへ走っていってしまった。

「…ま、頑張れよ」

「随分簡単に言うね団長さん。
とりあえず、あの子から目を離さないようにしてないと…」

僕達の視線の先にいる名前は、カタリナ…ではなくなにやら袋を持った怪しげな男と話していた。

「お嬢ちゃん。おじさんが作った飴、いるかい?
この先に小さな工房があってね…」

「わあ、いいんですか?」

即ダッシュで彼女の元に駆けつける。
いつの間にカタリナから離れて…というか、言ったそばから何引っ掛かってんだ!!

またホイホイ付いていきそうな彼女を必死に呼び止めて、半ば無理矢理連れ戻し付いていくなとまた言い聞かせる。

「えー…でも、いい人そうでしたよ?」

「とりあえず、どこかにいくなら僕達に相談して!!
団長さんもなんか言ってよ〜」

「あのね、名前…」

彼女から目を離せるようになるのは、やはりまだまだ先のようだ。

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