傘屋

□花籠の中でおやすみ
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僕と主が出会ったのは、桜も咲いていなければ菖蒲が咲くのにも早い、寒さと暖かさがちぐはぐな日だった。
人の身を得てから見た主は、随分小さかった。
刀の頃は、人はとても大きく見上げなければその顔を見られなかったというのに。

がちがちに緊張しながら、僕によろしくお願いしますと頭を下げた主が何だか面白くて、つい笑ってしまった。
僕を使う側がそんなに謙虚にならなくても、とその時思っていた。

そんな主も、色んな戦場を見て、様々な戦い方を学んで、たくさんの審神者と出会ってきた。
仲間も増えて、本丸も賑やかになっていく。
それがとても嬉しかったのを、今でも覚えている。
あんなにもおどおどしていた主は、すっかり逞しくなってきていた。
修行に出た刀剣男士達と作戦を練っているのを見たときは、思わず感極まってしまった。

でも、主の性格そのものは変わっていなかった。
いつも慌てていて、おっちょこちょいで、ふにゃふにゃ笑ったりとあまり雅ではない。気を使いすぎたり、子どもみたいに駄々はこねるし、思い通りにいかないことがあったりすると拗ねるときもある。

子どもっぽくて、でも放っておけなくて、ひどく優しくて、慈愛に満ち溢れていて。
本丸の太陽みたいだと、ずっと思っていた。

審神者になった人間は、現代の世界から隔絶される。
つまりは、二度と現代に帰ることができない。
それを知って病んでしまい自暴自棄になる者もいる。
寧ろそれを利用して悪事を働く者もいる。
それなのに、彼女はいつも明るく笑っていた。
もう帰れない事を知っても、「私の家はここだから。もう帰らないもーん」だとか、僕が、君の家族にも会えないと伝えても「私のこれからの家族は君達だよ」と言ってくれた。

本当は寂しくて、不安でいっぱいのはずなのに。
君はいつも心配をかけまいと振る舞っていたね。

遊ぼうと短刀達に誘われれば仕事の期限ぎりぎりになるまで遊んでいた。

今剣が修行の前日にぐずっていれば、寝付くまで抱きかかえて本丸中を歩き回り、大丈夫だとあやしていた。

乱が可愛い服が欲しいと駄々をこねた時は、自分が気に入っていたはずの衣類の丈を詰めて贈っていた。

記憶が無いからと塞ぎがちだった骨喰にはひたすら寄り添って励ましていた。

堀川が重傷で帰って来たときは起きるまで傍を離れなかった。

加州が自分は愛されているかと不安になれば、ちゃんと愛していると説教をしていた。

それぞれの想いに、悩みに向き合って、一緒に頑張ろうとしてくれていた。
それは、とてつもないくらい大きな救いだった。

主。ねえ、主。
僕は、僕達は君といられて幸せだったけれど、君は僕達といて幸せだったかい?

今、そこで眠っている君はどんな想いで生きていたんだろう。

安らかに目を閉じている君は、僕達の顔を見ることができない。
もう、目を細めて笑うことも、澄んだ涙を流すこともない。

小さな体を納めている棺桶の中には、数えきれないほどの花が詰め込まれていた。
一人一人、主にこれまでの感謝を告げては棺桶に花を入れていく。

辺りにはしゃくりあげる声と鼻を啜る音だけが響いていた。

僕は、最後に花を手向けた。
細く、美しい桜の枝を一つだけ、主の手に握らせた。

「…ほら、主。綺麗だろう?
僕らが植えたあの桜が、こんなに美しく風流な花を咲かせたんだ。
いつか、見においで。
そしたら、皆で花見をしよう。たくさん遊ぼう。ご飯も食べて、話して、笑って…二人で縁側に座って茶を飲もう。君の話を聞かせてほしい。
また、会いに来てほしい。あの、騒がしくも楽しい毎日を、皆で過ごすんだ。
僕達は、ずっと君の事を待っているよ。
…主。
僕達は、相容れない存在だ。主と道具だ。でも、ずっと、僕は君の事を…」

そこで言うのを止めた。
最後に、額に口付けをして、僕は棺桶の蓋を閉めた。

「では、これからご遺体を政府に転送します。
刀剣男士の皆様は既にご存知でしょうが、主を失えば、九十九神としては存在しますが、人の身としては存在できません。
…よろしいですね?」

「ああ。こんのすけ、主を頼むよ」

ぺこりと頭を下げて、こんのすけは転送装置に入った。
それと同時に眩く光り、転送が終わってやがてそこから光が失われると、僕達の体も透け始めた。
ああ、これで僕達も本来の姿に戻るのか。

皆寄り添って、何も話さないまま消えていく。
主との結び付きが強かったからか、僕が消えるのは一番最後だった。

とても楽しかった。騒がしかった。嬉しかった。忙しくも穏やかな時間を過ごせて幸せだった。

主、あのとき僕は言わなかったけれど、僕は、本当は君の事を、

「愛していたよ」

静かな本丸の庭で、少し背の低い桜が風に揺れていた。
大広間には、たくさんの刀と一つの牡丹が落ちていた。

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