傘屋
□特別な88日目
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しくじった。ちょっとミスをしてしまった。
まさか依頼先の村が、裏で秘かにエルーンを売買している所だったとは、私も下調べが足りなかった。
もともと魔物の討伐を依頼されて向かった村だったのだけれど、団長達と離れた矢先に取っ捕まってしまった。
自力で脱出できたが、その際にかなりの深手を負ってしまって。
腕や背中から血が流れていく感覚はなんとも嫌なものだった。
もしあの時団長達に見つけてもらえなかったら、今頃私はあの世行きだ。
それなりに命の危機を感じる程だったので、傷は深刻なものだった。
治癒の術は持っていたから、今も少しずつだけど治ってきてはいる。
けれど、やっぱり時間はかかってしまいそうだ。
それに熱も出てきてしまい、体がとても怠い。息をするのも億劫。
「うー…やっぱり痛いなぁ」
ゆっくりベッドから起き上がって伸びをしようとすると、背中の傷がズキリと痛んだ。
腕も包帯でぐるぐる巻き。まるでミイラみたい、なんて体のあちこちを見ていると、すぐ側で私の怪我をしていない方の手を握ってベッドに伏せている姿があった。
「え、あれ…」
「名前〜!気がついた?
よかった、目が覚めて!!」
「あ、イオちゃん」
ドアを開けて入ってきたのは、お盆に桶とタオル、水差しを乗せたイオちゃんだった。
桶の水にタオルを浸して絞り、私に「ほら」と渡した。
おでこに当てておけってことかな。
綺麗に三つ折にしてある濡れタオルをおでこに当てると、熱が幾分か楽になった気がする。
渡されたコップに注がれた水を飲んで、とりあえず一息ついた。
「ありがとうね、イオちゃん」
「いいのよ。気にしないで!
それに、お礼なら私なんかよりそこで寝こけてる人に言ったら?」
すごく心配してたんだから。と、持っていた杖で軽く頭を小突いた。
「そ、そうだったんだ…」
「珍しく、焦った顔してたのよ。
せめて、名前が起きるまではここにいるって言ってたから任せてたんだけど、まさか寝ちゃうだなんて…。
とりあえず、起きたことはグランに伝えておくからね」
「うん。お願い」
「それにしても、目が覚めて好きな人が近くにいるなんて…よかったわね!!」
「も、もうっイオちゃん!!」
楽しそうに笑ってさっさと出ていってしまったイオちゃんの元気な声が聞こえる。
この部屋だけが静かで、なんだか落ち着かない感じだった。
「私、心配されてたんだ…」
じわ、と少し頬が熱くなる。
胸もほかほかして、罰当たりかもしれないけど、怪我をしてよかったなんて思ってしまった。
「やっぱ、好き…だなぁ。
ありがとう…ドランクさん」
「どういたしまして〜」
「っ…え、え?」
困惑する私を余所に、よく寝た〜と欠伸をする彼に驚いた私は、魚のように口をぱくぱくと開閉することしかできなかった。
お、起きてたということは、今の、聞いて…?!!
「ドランクさん、今の、私の話聞いてた…?」
「よかった〜。もし違ってたらどうしようって思ってたからさ〜」
「ち、違う?何が…」
「君の好きな人」
や、やっぱり聞いてたんだ!!
好きって言ったのも、聞いてたんだ!!
恥ずかしさで顔が熱い。
きっと、今の私はゆでダコみたいな顔をしているに違いない。
「因みに、僕は君が好きだよ。名前。
初めて会ったときから、ずっとね。
君は、どうなの?」
「あ、あの、その…。
わ、私、私は…貴方が、好き…です。
他の、誰よりも…貴方のことが。
皆と一緒にいても、ドランクさんのことばかり考えちゃって、絵を書いてたりすると、初めて出会った時を思い出しちゃって、ドキドキするし…」
耐えきれなくて布団を頭まで引き寄せる。
顔が見れない。声を聞くだけで心臓が飛び出しそう。
嗚呼、なんて厄介なんだろう、恋というやつは。
ちら、と彼の方を見ると、彼も顔が少し赤くなっていた。
「いや〜。いざ聞くと…照れちゃうもんだねぇ。
でも、嬉しいよ、ありがとう。
これからは、仲間じゃなくて恋人として一緒にいようね」
「は、はいっ!!
お、お願いします…」
上ずった声で返事をすると、ふわ、と傷に障らないようにハグをしてくれた。
「まずは元気にならなくちゃ、何にも始まらないよね〜。治ったら、次の島でデートでもしよっか」
「で、デート?!」
初めての恋人、初めてのデートの約束何もかもが新鮮すぎて、これは夢なんじゃないかと一時期思ってしまっていた。
因みに、私が彼と付き合うことになったという話は、盗み聞きしていたイオちゃんとメーテラさんによって、あっという間に広められてしまった。