傘屋
□飲み込むまであと少し
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「名前」
いつもの低くて優しげな声で名前を呼ばれた。
振り返れば、なにやら小さな箱を手のひらに乗せてはにかむメタトンがいた。
でも、彼の姿はいつもの箱形ではなかった。
彼は、フリスクとの共演以来アルフィスとあれこれ試行錯誤し、長めに人の形でいられるようにしたらしい。
これから地上でスターとして活動していくのと、私が人間だから近しい姿の方が話しやすいだろうという彼なりの配慮だった。
「どうしたの?」
「ふふ、これを渡そうと思ってね。
ささやかなプレゼントさ」
そう言って、私にその箱を渡した。
ボルドーカラーの上品なそれを開けると、中にあったのはネックレスだった。
金色の細やかなチェーンと星がモチーフのワンポイントがキラリと光る。
彼が選んだ割にはシンプルで然り気無くお洒落なデザイン。
「わぁ…きれいね。ありがとう」
「そうだろう?
ほら、後ろを向いて。着けてあげる」
後ろから彼の腕が伸びて、箱の中からネックレスを取り私の首へかけた。
カチ、と小さな音を立てて金具が留まる。
胸元を見下ろすと、星のモチーフの真ん中にピンク色の宝石が嵌め込まれている。
少し薄めの色が反射して、まるで小さな一番星のように見えた。
「ピンク色のお星様って…なんだかメタトンみたいね」
「おや、僕が星だって?
どうしてそう思うの?」
少し驚いたような表情の彼。
「ここに落ちてきて、どうしたらいいのか右も左も分からなかった私に優しくしてくれたのは貴方だわ。
メタトンのパフォーマンスも番組も、地下世界を明るく照らす存在で…きっと、地上に行っても世界中の人々を楽しませてくれる。
そんな貴方は、昼も夜も光っている星みたいねって思ったのよ」
知ってる?星は昼も夜もずっと光っているのよ。
昼になってしまったら星の光を見ることはできないけど、それでも光っているの。
とても小さくても眩しくて、素敵で、美しい自然の光。
明るい時は見えないけれど、夜になったら星の地図が広がっている。
進むべき道を示し、迷える者達の助けとなる存在。彼もそれに等しい。
「じゃあ、それを僕だと思って持っていてね」
「わかった。とても大事にするわ」
彼の大きな手を取って、約束よ。と伝えると、彼は満足そうに頷いてハグをした。
「あー…邪魔するようで悪いんだが…」
「!!!」
突然に声が聞こえて振り向くと、此方から目線をずらしたアンダインが気まずそうに話しかけてきた。
今の行動を見られていたと気付いて、少し頬が熱かった。
「ご、ごめんなさい。何かしらアンダイン」
「いや、パピルスがお前を呼んでいてな…何やら急ぎの用事らしい」
「パピルスが?
どうして…」
とにかく行ってこい。とアンダインに言われ、私は足早にスノーフルへ向かった。
「ハグの続きは後でね。メタトン」
「うん。いってらっしゃい」
にこにこと微笑んで手を振る彼と、どこか浮かない顔のアンダインを背にリバーマンの元へ走った。
ーーーーーー
「それを僕だと思って持っていてね…か」
「なぁんだ。聞いてたの?」
「嫌でも聞こえたんだよ。
…そんなに、名前のことを縛りつけておきたいのか?」
縛りつける、という言葉を聞いて、彼の口角が上がった。
「そうなのかな…嗚呼、そうかもしれないね」
彼女の柔らかな声も、蜂蜜色の煌めく瞳も、愛くるしい表情も、僕だけに見せてほしい。
ずっと傍において愛でたくなる。
そのためには、縛りつけるのもいいかもしれない。
僕のことだけを見て、僕だけに笑いかけてくれたらどんなに嬉しいことか。
「…私は、お前のそういうところが嫌いだ」
「ふぅん。別に君に嫌われても、名前がいるからいいさ」
うげ、と吐き捨てるように呟いて、アンダインはそっぽを向いてしまった。
「…相手にアクセサリーを贈るのは、この地上では独占欲の表れだ。
お前が名前に贈ったのはネックレスで…」
「首輪を表してる…だろ?
僕だってそれを知らないほど無知じゃないさ。
彼女は、渡さない。
何があっても、あの子は僕だけのものだ。
例え本人が逃げたがっても、僕はそのもがく足を切り落としてでも離さないつもりさ」
意外かもしれないけど、僕は執着心が強いんだよ。
気に入ったものは絶対逃がさない。
いつか、純粋な彼女を食べてしまいたい。
きっと、どこもかしこも甘いのだろうね。
彼女の嫌がる姿と柔い肌を想像して、僕は思わず舌舐めずりをした。