傘屋

□首に手をかけて
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「…ねえ、もうここから出してよ」

「ん〜?それは無理な願い事だよ、ダーリン。だって、僕がここから君を解放しちゃうと君は、きっと僕のことを忘れてしまうからね」

この部屋と外をつなぐ扉を塞いでいる彼をじっと見つめる。
見つめられている本人は至って楽しそうだ。



この部屋に来たばかりの時は、てっきり攻撃をされると思っていた。
だって、このロボットは、メタトンは、ずっと私を殺そうとしていたのだから。
でも勝負は一向に持ち掛けられず、彼はアルフィスの本心、企てを一通り話した後に自分のことも話し始めていた。

「でも、僕もアルフィスと同様に、君に強く惹かれているんだ」

じりじりと距離を詰められる。
得体の知れない恐怖に駆られて逃げ出そうとした瞬間に扉の前に立たれ、完全に逃れることが出来なくなってしまった。
そこから、もうかなりの長い時間がたっている。


「私は、外に出なくちゃいけないの…。家に帰りたい…帰りたいよ」

「いやだよ」

「…なんで?」

「君は、いくらこの物語が好きであっても、いつかは忘れるんだ。僕は知ってるよ。この先ダーリンとなにをするのか。僕が壊れてしまうことも。君の行く末もなにもかもね。ここで僕は物語への関与が終わってしまう。そしたら、きっと僕という存在は、頭の片隅に追いやられてやがて泡のようにパチンと消えてしまうんだ。そんなのは嫌だよ。ダーリンから忘れ去られてしまうなんてまっぴらごめんさ。ここを抜けてそうなるのなら、僕は永遠にここから君を出さないって決めたんだ」

こちらに向かってつらつらと述べられるそれに言葉が出なかった。
物語への関与?私の行く末?
まるで、この世界を別の所から見たような言い方をする彼に違和感を覚える。
このままここにいるのは、とてもまずい気がする。彼が背を向けている扉からノックの音が聞こえた。
アルフィスだ。
なにやらこちらに向かって叫んでいるようだけど、何を言っているか分からない。
それでも、この状況を変えるのは彼女しかいない。

メタトンを掻い潜って、こちらからも必死に扉を叩く。
彼女は天才的な科学者だから。きっとこの状況だってどうにかしてくれる。
今なら、本当に私を救ってくれるはず。
お願い、助けて。助けて!

ポケットの中に入れていた携帯が鳴り、すぐに電話を繋いだ。

「アルフィス?!」

「ああ、聞こえてる?名前!
よく聞いて!彼にはね、背中にスイッチが付いてるの!それを押せば弱体化するから、それで時間を稼いで!!」

後ろにいる箱形の彼は、私とアルフィスが何を話していたか気づかなかったようで、不思議そうにしていた。
素早く後ろにまわって、背中にあるスイッチをずらせば、メタトンはぴたりと動きを止めた。

「名前!待ってて、絶対助けてみせるから!!」

「うん、アル…っ!!」

その瞬間、いきなりやや乱暴に後ろへ引っ張られた。
ひやりとした腕が体に巻きついて、声を出す前に口をもう片方の手で塞がれた。
持っていた携帯が落ち、音をたてて床を滑っていく。

「大人しくしててよ、下手に抵抗するとどうなるか、言わなくちゃ分からないのかな?」

「ひっ…!!」

弱体化するんじゃなかったのか。
そこには人とほぼ変わらない見た目に変貌したメタトンがいて。

とても整った顔が近づいてきて、私の唇にキスをした。

「ふふ、この姿をここで見せることになるなんてね」

楽しそうに笑って、驚いている私の頬を撫でた。

「吃驚した?
そんな顔しちゃってさ、可愛いね」

「な、なん、で…あ、アルフィス…?」

これも、貴女の計画なの?
もう何もわからない。
ずっと私に危ないことをわざと仕向けていても、本当に困ったときは助けてくれるって、信じてたのに。
色んな感情が押し寄せてきて、それが涙となって溢れてきた。

「どうして…アルフィス…」

「嗚呼、アルフィスは本当に素晴らしいよ。僕にこんな体を作ってくれるなんて!!
僕ね、ずっと実体のある体に恋い焦がれてきたんだよ。これなら、僕はスターになれる!!そして、君とも仲を深めることができるのさ!」

ぽろぽろと溢れる涙が落ちて、彼の腕を伝った。
意気揚々と楽しそうに話すメタトンの声が、遠くなっていく。
もう、どうでもいい。
目の前が、電気を消したように真っ暗になった。

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