薄桜鬼_長いもの

□天 風間・天霧 【完結】
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【出会い】

父と母が住む表屋敷へ伺うのはいつぶりだろうか。
側仕えの老女が お久方ぶりにお二人に会えるのはよろしゅうございますね。と嬉しそうに言うが、常に離れて暮らしているためか、特に感慨深いできごとでもない。
当主に呼ばれたから出向く。それだけの話だ。

表屋敷の着くといつもの謁見の間ではなく、当主居室の居間に通された。
俺が次期当主となることは間違いないことだが、正式に指名されるまでは臣下である以上、お会いするのは謁見の間であったので多少の驚きがあったが、顔に出さずに案内されるまま奥へと足を運んだ。

「千景、お身大きくなられましたね」

優しく声をかけてくれたのは母上だった。
俺と同じ梔子色(くちなしいろ)の長い髪がふわりと風になびかせて、速足で近寄ってこられて両手で俺の頬を優しく包んだ。

「お久しゅうございます。母上もご健勝のこと、お慶び申し上げます」
一歩下って挨拶をする。

もう一度顔を上げた時に映ったのは少し困ったような母上の顔だった。

「千景、来たか」

母の背後から静かながらも良く耳に届く風間家当主の声が響いた。別に何も粗相はしていないのに千景の背に緊張が走る。

「はい。私に所用とのことでございましたのでまいりました」

母の時とは違い、きちんと居住まいを直してから頭を下げた。

「ここは居室だ。そうかしこまらずとも良い。今日呼んだのは当主ではなく父だ。私の息子に大切なものを渡そうとおもってな」

やわらかい声音に緊張は和らいだが、背筋が伸びる。
大切なものを渡す? 何のことだ? 居室に呼ばれているのだから風間家の何か正式なものではないはずだ……
などどいろいろなことが頭を廻ったが、神童と名高い千景でも残念ながら5歳児のこと。答など出るものではない。
考えを巡らせているわが子の姿を見て当主夫妻は嬉しそうにしていた。

「千景、何でも難しく考えるものではありません。そのような眉間になってしまいますよ」
言われるまで気づかなかったが、かなり皺をよせていたらしい。あわてて引き延ばす。
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