薄桜鬼_短いもの
□想定してみよう!_4 恋したあなたのお名前は
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それは素晴らしい偶然でした。
ちょっと角家にお使いを頼まれて出かけたついでに小間物屋をのぞこうと足を向けたとき、『トン』と人にぶつかった。
「気ぃつけな!」
勢いよく走っていった兄さん。でも言葉の裏に何かを感じて財布を確認したところ……
「やられた」
小銭入れがない。
そう多くは入ってない(別に入れて持っているからね。エッヘン)だけど、昨日買っておいた富くじが入っていたので、もしそれが大当たりをしたなら!!
くやんでもいられないと思うけど。
敵はすでに逃げ去ったあと。どうすることもできない。きーっ悔しいぃぃ!と歯がすり減るほどに歯ぎしりするぐらいなんだろう。
そう考えたらがっくりと力が抜けてしまい、道端に座り込んでしまった。これじゃ小間物屋をのぞいても買えないわぁ。がっかり。
しかし、長考に向かない私の頭はそうそうに思考を切り替えた。
そう、過ぎてもう取り返しのつかないことをこれ以上考えてもどうにもならないですからね。
元気に立ち上がり、裾の砂をぱん!と叩く。顔に気合を入れて『よしっ!』としたところに、後ろから落ち着きのある声をかけられた。
「もし、お嬢さん」
その声に満面の笑みをたたえて振り返った私の行動は『女子たるもの、なによりも愛嬌』と育てられた教育のたまものとでも言ってください。
ですが、そのたまものに感謝します!
「はい、何でしょう」
「こちらはあなたの物ではございませんか?」
こげ茶色の髪をした大柄だけど物腰の低い男性が手にしているのは愛用の紅色の小銭入れ。
「!! そうです!」
びっくりして小銭入れと男性を何度も見比べる。
さっき逃げて行ったスリではないことは一目瞭然だけど………あ! 反対側の手にはさっきのスリが首根っこをつかまれてうなだれていた。
「あ、あの……」
「先ほど貴女からこれ(小銭入れ)を抜き取ったのを見かけましたので、差し出がましいとは思いましたが捕縛してまいりました」
『この者が中身を抜く暇はなかったとおもいますが、念のためご確認ください』そう言いながら小銭入れを渡してくれた。
「それではこの不埒ものを奉行所に置いてまいりますので、これにて失礼いたします」
ぼーっと一連の行動を見つめてしまい、恩人様が踵を返したときにはっ!と正気になった。
「あ、あの、ご丁寧にありがとうございました。お名前とお住まいを教えていただいてもよろしいでしょうか。後ほど改めてお礼にうかがわせていただきたいのですが」
「改めて礼を言われるほどのことはありませんよ」
「で、ではせめてお名前だけでも! 私、るうと申します!」
私にお名前を告げてくださって、深々とお辞儀をしてくださったのち、まるでイタズラをした童を連れていくように軽々と、スリの男を片手で半ば引きずるようにして去って行かれました。
その姿が見えなくなるまで視点の合わない目でぼーっとみてしまい、気づいたときには真上にあったお日様は傾いてしまっていたので、大急ぎで屯所に戻ったのです。