krkの籠球 連載
□妊婦日記 【黒子の妻】
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「ごめん、テツくん」
「なんで謝るんですか? 手が届かないところの物をとるときには言ってくださいと言ったじゃないですか」
不安定な状態で何かあったら大変なんですよ。と続くテツくんの言葉。
う〜ん。
これまでの経験からして少々長くなりそうなのよね。
「聞いてますか? さくらさん」
うん。まあ聞いてます。耳に流れてきているのはわかってます。
どうやったらこのお説教が短くて済むかも考えてます。
「やれやれ。困った人ですね」
あら。いつもの調子で聞いてないことがバレバレ?
「長時間のお説教にならないようにどうしようかと考えているのでしょう?」
はい正解です。
「でも、これだけは僕も譲れません。いいですか? 妊娠初期とはいえ、母体はとても大切なんですよ」
「ハイ」
「ですから、むやみと高いところに手を伸ばしたりしないでください。少なくとも僕がいる日は僕を使ってください」
いや、使ってくださいって……それは夫に対する日本語の間違った使い方でしょう?
「テツくん」
「なんでしょうか」
「あのね、テツくんが私を大切にしてくれることは嬉しいし、大好きなテツくんとの赤ちゃんをここに授かれたことはもっと嬉しいの」
「僕もさくらさんが奥さんになってくれたことも、赤ちゃんを産んでくれると言ってくれたことも嬉しいです」
お説教を中断してあきれモードかもしれないけど、テツくんの表情は少々のテレ交じり。
あんまり表情が変わらないって言われるけど、今日のテツくんは表現力が豊か。
ちゃんと顔を見るようになる前は(見つけても、テレが入ってしまうらしくて意図的にミスディレされることが多かったから。私のことが嫌いなのかと真剣に心配したころね)正直、ちゃんと顔を見たことがなくて。
『表情がない』だの『透明人間には顔がない』だのって言われてた噂しか知らなかった。
『野生のカン?みたいなので行先に予想がつけられるようになった頃=好きになった頃』から聞いてたのと全然違ってた。