真波くんと自転車ダイエット

□16 朝食の前に
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新開隼人はモテる男だ。同じ自転車部メンバーの東堂尽八のように、アイドル的な人気をはくしている訳ではないが、恵まれた容姿と鍛えあげられた抜群の肉体美を持つこの男に、ハートを撃ち抜かれた女子は枚挙にいとまが無い。

当然、恋愛経験も豊富だろうと見込んで、真波は新開の元に相談にやって来たのだろう。

だが、正直なところ、自分の恋愛もうまくコントロールできない新開は、東堂同様、後輩に適切なアドバイスをあげられるような男ではなかった。


「うん、そうだなぁ……、おめさんの断片的な話を聞く限り、今まではおめさんの誘いを断らなかったんだろ?その子」
「はい、でもよく考えてみると、倉林さんって他人から言われたこと、断ったりしない子なんですよね……もしかしたら、前々からイヤだったのかなって。けど、走ってるときは楽しそうだったんだけどな……」

うつ向き加減で暗い表情の真波は、小さな声で言った。

「まずさぁ、おめさん、なんでその子のこと好きなんだ?そんで、その子とどうしたい?どうなりたいんだい?」


とにかく、今は個人の恋愛事情なんて横に置いといて、今日のファンライドに専念してくれ、と言いたくなるのをグッと抑えて、新開は聞いた。こうした問題の解決策はきっと本人の心の中にある、ってどこかで読んだ気がする。

すると真波は
「なんで好きかって、言葉で説明するのは難しいんですけど……、何て言うか、倉林さんって、なぜかオレがもうダメっていうドン底のときにあらわれて、オレを救ってくれるっていうか……なんだろ?彼女といると不思議と元気になれるんです。インターハイの時だって……」

そこまで言って真波は赤くなって口をつぐんだ。号泣して七海を抱き締めたことなんて、恥ずかしくて他の人に言えたことではない。


時計を見ればそろそろ食堂が開く時間だ。寮生達は起き出す頃だろう。新開は少しそわそわし始めた。


「インハイの時?」

そういえば、インターハイのゴールのあと、真波はどこにいたんだか、しばらく姿を消していた。あの時、その子に逢っていたんだとすると、散々心配した寿一と尽八の立場は無いなと新開は苦笑いした。


「オレ、今までは、倉林さんのこと、はたから眺めているだけでも温かい気持ちになれるから良かったんです。でもオレ、あれから、っと最近、眺めてるだけじゃ我慢できなくなって……オレなりに頑張ったんです!けど、彼女にオレの気持ちなんかちっともつたわってなくてっ!」
「そっか。ん〜と、おめさん、女子にモテんだろ?尽八がいっつも言ってるぜ。ファンを真波に取られるとかって。今まで誰か、女子と付き合ったこととかなかったのか?」
「……そんなのないです。新開さんなら分かると思いますが、ファンっていうか、キャーキャー言ってくる女子って、オレのこと良く知りもしないのに、外見だけ見て簡単に『好きです』とか言ってくるじゃないですか」
「ああ、まあな」

気持ちは新開にもよく分かる。新開は引きも切らないファンと称する輩には冷やかな対応しかしないのだから。

「そういう子たちには、オレ、あんまり興味ないんですよね。応援してくれるのはありがたいけど。倉林さんはそういうのとは違うんです。
……だけど、オレが好意を見せれば女子ならイチコロだって、絶対お前にホレるはずだって、東堂さん、太鼓判押してくれたのにな。なんでオレ、好きな子に嫌われてんだろ?……新開さんなら分かりますか?」

新開は真波の言葉に、真波が好きになった子の気持ちがなんとなく分かる気がした。

だいたい、ロードレースに乗るのは男子で、自転車競技は女子にあまり人気がない。自転車競技の大会にしたって、出場する女子選手の数は男子に比べ極端に少ないのだ。その子にしたって、真波と走るのがイヤだと言ったことから察するに、真波が強いた練習強度では普通の女子が拒否っても仕方ないだろう。そもそもあんなのデートと思えない。しかも女子ってやつは、『好きだ』と言葉でハッキリ言わないと自分の気持ちを分かってもらえない生き物だって、経験則で新開は知っている。


新開はまた時計を見た。そろそろ話を切り上げて食堂に行かなくては、朝飯を食いっぱぐれる。寮の食堂で朝食を提供してくれるのは、7時からキッカリ1時間しかない。後輩の面倒を丁寧にみてやりたいのは山々だが、ロングライドの前に腹一杯食べられないのは辛すぎる。


「……そうだな、おめさんの話を聞いた限りじゃ、嫌われたって判断するのは速すぎじゃねぇか?」
「でも!オレと一緒に走りたくないって!」
「うん、けどさ、そう言われるまでは付き合ってくれたんだろ?おめさんのいうポタリングに」
「ええまぁ。でも!」
「それに、おめさんがその子のこと好きだって、その子、気付いてなかったんだろ?」
「……」
「ま、とにかく、しばらく様子見してみたらどうだ?あんまり、尽八のやり方みたくシツコクして上手くいく場合もあるけど、逆もあるしさ!たぶん、その子は後者の方だぜ。なんか出来ることがあればオレも協力するからさ、当分一緒に走ろうとか誘わないでみろよ!」

納得したのかしてないのか、真波は曖昧にうなづいた。

「じゃ、オレ朝飯行くからさ。真波、今日は部活の集合時間に遅れんなよ!」


新開は笑顔で立ち上がると、真波の肩をポンと叩いた。真波なら大丈夫だ。さっきおにぎり食べたしな!と思いながら。

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