真波くんと自転車ダイエット

□15 新開あきれる
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5分ほどたっただろうか、新開が戻ってくると、その手にはおにぎりを乗せたトレーを持っていた。

「ほら真波、これ食えよ。どうせ朝メシまだなんだろ?寮の食堂は7時からだからまだやってないんだけど、食堂のオバチャンに頼んで握ってもらったんだぜ」

おにぎりが二つ乗った皿を押し付けるように真波へ渡すと、新開自らも大口を開けておにぎりを頬張る。
呆然と見ていた真波も、それに釣られるようにあわてておにぎりにかぶりついた。

「で?フラれたんだっけ?」
「うっ?!ゴホゴホ……」
「ゆっくり食えよ。ほら牛乳」

むせる真波の前にコップを差し出した新開は、弟を見るような優しい微笑みを浮かべた。もうすでに新開の皿はカラだ。真波の分よりおにぎり一つ多かったのに。

「……ったく、今日なんの日か分かってる、よな?」
「も、もちろんです!忘れてなんかいません!オレだって今日のために練習して。でも……」
「だったらいい、まだ時間はたっぷりある。オレになにを教えてもらいたいんだい?」

茶目っ気たっぷりに新開は笑ってみせた。

真波山岳という男は、ヒルクライムの能力こそずば抜けているが、他はまったくつかみどころがない。学校の成績は赤点ギリギリらしいし、部活の練習にしても頑張るときとそうでないときの差が大きい。ようは気分にムラがありすぎるのだ。

インターハイのあと、負けてしまったことをずっと気にやんでいると聞いているし、新開たち3年生も、一緒に戦ったメンバーとして、真波の成長は気になるところだった。

だけど、今、目の前の真波は、自分の恋愛のことで頭がいっぱいとは……他の部員が知ったら怒り狂う奴が一人二人いてもおかしくない。


「あの、オレ、好きな子がいて、その子とよくデートしてたんです。東堂さんが、好きな相手とはできるだけ一緒に過ごした方が好印象をもってもらえるって言うんで」
「うん、そうか」

不思議ちゃんがデートか。真波は女子に人気あるけど、まさか特定の子と付き合ってたなんてな。尽八が恋愛指南とはな……。新開は適当に相槌をうちながら聞いてやる。

「そしたらその子、昨日オレんちに来て、自転車もう返す。暗いなか走るのもうヤダ!って言うんです。オレと走りたくないって」
「うん。ん?」
「ひどくないですか?倉林さん、あんなに一緒に走っといて、オレの気持ちなんかこれっぽっちも気付いてなかったんですよ!」
「……真波、なんか自転車の話になってんだけど」
「そうですよ。倉林さんと一緒にいるために、オレ、ポタリングに誘ったんです。最初はあんまりにもゆっくりしか走れないからどうかな?と思ったんですけど、最近は山登るのも渋らなくなってきたのに」

ポタリングとは、お散歩気分で自転車に乗ることだ。

「その子、クロスバイクでも乗ってんのかい?」
「いえ、ロードバイクです。倉林さんの自転車はママチャリなんで、オレのお古のルックをカスタマイズして貸してます」
「へぇ、ママチャリからいきなりルックか。運動神経良さそうだなその子」

ロードバイクは高価なものだ。しかも真波の乗るようなものはプロ仕様で、初心者にはかえって乗りづらい。

「運動神経ですか?全然ですよ。たまに、教室出ようとしてドアにぶつかるくらいニブイ子なんです」
「へぇ〜。ニブイ子とロードでポタリングかぁ。休みの日に二人で家の近くをちょっと走ったりしてたのか?」
「ええまぁ、だいたいいつも20キロくらいかな?オレの部活が終わってから、週4くらいですよ。水曜日は倉林さんが塾だし、土日はお父さんがいるから来るなって言われてたんで」

真波の言葉に、新開はあきれ果てた。

「ちょっと待て!部活終わってからって、それも週4で20キロって、おめさん、それ単なる自主練じゃ?!」
「イヤだなぁ。違いますよ。いくらオレが自転車バカでも、今までロードに乗ったことない初心者の女子相手に自主練なんてしませんよ。彼女と走るときはスッゴくゆっくり……時速だって20キロソコソコしか出してないし」

それポタリングじゃねぇよ!週4、20キロ、時速20キロって、デートっていう練習強度じゃねぇし。おまけに山も登ってんだろ?シロウトの女子連れて。

新開は突っ込みたい気持ちを抑えて天を仰いだ。これからの自転車部には、競技のためのトレーニングだけじゃなく、一般常識の勉強も必要だと、新キャプテンの泉田に助言した方がいいかもしれない。


「そんなことはどうだっていいんですよ!問題は、もうオレと走るのイヤだって言われたことなんです!オレ嫌われちゃって!もうどうしたらいいのか……」

そりゃまぁ、無理矢理トレーニングに付き合わされてたんじゃぁ、運動神経ない子にはキツかったろうな。

落ち込んでいる真波に、なんとアドバイスしたものかと、新開は想いを巡らせた。


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