真波くんと自転車ダイエット

□09 だから、自転車返します
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「ねぇ、ほらあの子じゃない?真波くんと最近よく一緒にいるってウワサされてるの」

学校帰りの電車の中、ドア付近にボンヤリ立っていた七海は、コソコソ話す声に耳をとめた。

「ええー、ウソッ?まさか真波くんの彼女?……ずいぶん地味そうな子じゃん?」
「真波くんの家の近所の子がね、一緒にいるの何度も目撃したんだって!」
「信じらんない。けど、あの真波くんの彼女ってことはないでしょ。もし、本当ならファンが黙ってないよ!」
「真波くんに彼女なんてあり得ないよ。だいたいあの子そんなに可愛くないよね」
「だよね、デブだし」

チラチラ七海を見ながらウワサ話をする女の子達は、たしか七海の隣のクラスの子達だ。

宮原委員長じゃあるまいし、真波くんの彼女って?迷惑な勘違いだ。おまけにブスだのデブだの、本当のことにしたって大きなお世話だ。こういうことがあるから、真波くんとはあんまりかかわりたくないんだ。

そう思いながら七海は聞こえないふりで、車窓の外の流れていく景色を見ていた。


真波に連れ出されてロードバイクに乗るようになって、もうだいぶ経つ。

一緒に走るのは正直なところ楽しい。走ること自体、身体にアドレナリンを分泌させるのか、なんとも言えない高揚感が中毒のように七海の心をとらえて、真波の誘いを断れなくしているのが歯がゆい。

ロードバイクで走る真波が時折見せる顔は、教室とはまったく違っていて。真剣な顔や心からの笑顔、たまに疲れた顔を見せるとき、七海の胸が高鳴るのは、相手が真波ゆえに仕方ないのかもしれない。でも、


──イヤならハッキリ言いなさい!もう、しょうがないわね。言えないなら私が言ってあげるわよ。

良く言えば面倒見がいい、悪く言えばお節介が過ぎる友人はそう言っていた。いい加減、キッパリと真波の誘いを断るべきなんだろう。面倒なことにはなりたくない。



そうだ!とりあえず、彼から借りている自転車を返してしまえばいい。そうしたら、真波はもう一緒に走ろうとは思わないハズだ。私、ママチャリしか持ってないんだから。

でもなぁ、自転車で疾走する楽しさと、だんだん効果が出てきてる?らしいダイエットのためには、ロードバイクに乗りたいなぁ。

こっそり自分のロードバイクを買えば良いかな?……頑張って貯めてきたお年玉貯金で買えるよね?そうと決まれば実行だ。


七海は「うん」と一人うなづいた。



***


「フゥ、さすがに今日の練習は疲れたな。黒田さん、見逃してくれないんだもん」

夕暮れ時、部活から帰ってきた真波は、自宅前でキュッと自転車を停めた。

いつも部活の練習はキツいが、今日は特に疲労困憊だ。気分転換に2日と置かずやっている七海とのサイクリングもできなかったし、何よりさっき幼なじみから聞いた話が心に引っ掛かってモヤモヤする。


「あっれ?倉林さん、来てたんだ!って、ウチ来るの初めてだっけ?……ずいぶん待った?」

真波の家の門の前、ふて腐れぎみに階段に腰掛けている七海に気付いて、真波は嬉しくて笑みがこぼれた。

彼女の方から来てくれるなんて予想外だったけど、純粋に嬉しい。

「自転車返しに来たのに、真波くん家、誰もいないんだもん。座りすぎてお尻痛くなっちゃったよ」
「ごめんね、部活で先輩につかまっちゃって、今日、倉林さん家行けなくて……、てか、返すって、そのロードバイクのこと?」

真波は七海の自転車返す発言を聞いて、少し顔を曇らせた。

「そう。高価な自転車ずっと借りてるのも悪いし……」
「うんと……ごめん、オレ今腹へり過ぎて頭動かないや、ねぇ、オレも倉林さんに聞きたいことあったんだ。ちょっとウチ上がっていかない?」

すんなり「うん」という返答が帰ってこないことは十分承知ながら、とぼけた風に真波は言った。真波が尊敬する先輩によると、女子には少しくらい強引に振る舞った方が良いという。

「でも、もう暗くなるし私……」
「ねぇ、自転車はこっちのガレージに運んで。入れたらシャッター閉めるから」

ほらほらと七海を急き立て、半ば強引に玄関から中に連れ込んだ。


「真波くん、私、すぐ帰るから」
「倉林さん、せっかく来てくれたんだしさ、ちょっとだけ。ね。食べるもの見繕うから、そこら辺に座ってて!」

可愛らしくニッコリ微笑んでも、七海には通じない。今までの付き合いで真波にはそんなこと分かりきっていたが、真波は内心の不安を隠すように、殊更に優しい顔をしてみせた。


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