真波くんと自転車ダイエット

□07 なんで来るの?と聞きたいの
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なぜなんだろう?あれから真波はぷらりと夕方七海の家にやって来ては、七海をサイクリングに連れ出すようになった。

自己主張の苦手な七海としては、その都度やんわり断っているつもりなのだが、真波は一体どういうつもりなのだろう?


「ねぇ、真波くん」
「あはは、おかえり〜!今日は帰ってくるの遅かったね?」
「お姉ちゃん、遅いよ!もう30分も真波さん待ってるんだよ!」

七海が家に帰れば、玄関先でロードバイクのメンテナンスをしていた真波が振り返って満面の笑みで出迎えた。七海のお母さんも弟も、すっかり真波が気に入ってしまい、完全にウェルカム・モードで接している。

ロードバイクのタイヤは、しょっちゅう空気を入れないと空気が抜けてしまうらしく、いつの間にか真波は七海の家に空気入れを置いていた。

箱根学園自転車競技部は、王者の異名を持っていただけあって、自転車関連メーカーからの注目も厚く、自転車関連メーカーにお勤めの先輩方が多いのもあって、サンプル品などをたくさん貰うらしい。

真波はその中から、部員にはサイズが小さいものなどを七海用に持ってくるのだ。今では七海用のヘルメットやグローブ、サングラスと一通り揃ってしまっている。

「あのね、真波くん」
「早く着替えておいでよ。もうすぐ日が暮れちゃうから早く走りに行こう!」
「……真波くん、あの、自転車部って練習厳しいって聞いてたけど、こんなところで油を売ってて大丈夫なの?」

その問いに真波は答えず目を伏せ、話題をそらした。

「今日は山の方行かない?今、紅葉がすっごくキレイなとこあるんだ」
「わっ紅葉?行く!ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから」


真波のせいでおぼえてしまった自転車に乗る楽しさと、真波と仲良くすることへのうしろめたさと、真波の行動への疑問。

ロードバイクで走るのは本当に気持ちよくて、楽しい。

目の前で微笑むこの小悪魔の誘いは、ただワクワクさせるもので、七海の心の中の葛藤を、一時脇に追いやってしまう力を持っていた。


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「それで、最近の真波の様子はどうなんだい?」

新開がパワーバーをもぐもぐさせながら聞くと、ボロボロと床にこぼれるカスを東堂はにらみつけ、荒北は横からその発生源の足をけった。



自転車競技部の3年生4人は、インターハイのあと部活の一線からは退いたが、受験勉強の合間にこうしてたびたび部室に顔を出しては後輩の相談に乗ったりしていた。

「はあ、遅刻はあまりしなくなりました。だけど相変わらず一人で行きたい所へ行ってしまうので……、今は、他の部員とあまり一緒に走りたくないようで。それと、部活終わりの時間になるとすぐに帰宅するので、インターハイ前より練習時間が減っているかもしれません」

秋から自転車競技部の主将となった泉田は、尊敬する先輩方を前に、背筋を伸ばし生真面目に答える。

「ホラ、だから前からオレが言ってたンだ。真波を甘やかすなって。テメェのせいだゼ!責任取れよ、東堂ヨォ」

荒北はその細い目で向かいの東堂をにらみ、悪態をついた。

「なっ?!オレは別に真波を甘やかしてなどいないぞ!自由にやらせてただけではないか!」
「それが甘やかしだっつーの!」
「真波の練習方法については、フクだって、自主性を認めてただろ?」

荒北に責められた東堂は、福富に顔を向けた。

「真波の走行距離は減っているのか?」

福富が重々しく口を開くと、泉田の背筋がさらに伸びた。

「いえ……、逆に少し心配になるくらい、毎日走っているようです」

それを聞いた福富達3年生は、各々思うところがあるようだった。

「アイツ、真波、インターハイで最後負けたことで、一部の部員、いや部員以外からもアイツのせいだっていまだにカゲで言うヤツもいて……」
「ユキっ!」

新副主将の黒田がやりきれない想いを吐露すれば、泉田は必死にそれをさえぎった。

黒田の発言は真波を気づかってのものだ。だが、インターハイでの敗北を喫した張本人なのは、真波だけでなく、ここにいる黒田を除く5人でもあるのだ。

「すまんな黒田、泉田も」
「いえ、ボクは」
「ふぅ、荒北でさえ言ったものな。他の部員が思ってても仕方ない」
「ああ、靖友言ってたな、オトボケひよっこちゃんってな」
「東堂!新開!あん時ァオレはッ!」

荒北は反論しようとしてくちびるを噛んだ。そう、荒北も本人がいない場とはいえ、興奮して真波を責める言葉を吐いたことがある。

「よせ!荒北。……東堂、お前今の真波の状態をどう見る?」
「はあ、まあ、レースの敗北によって負った心のキズを癒すのには、オレ達の誰も力になってはやれんからな。見守るしかあるまい」

東堂はキザったらしく前髪を払った。

「だが心配あるまい。ヤツの恋さえ成就すればな!ハッハッハ」
「恋ぃぃー?」

甲高い笑い声が響くと同時に複数の声があきれたようにこだました。

「おい寿一、口が開いてるぜ?靖友も泉田も黒田も、何て顔してんだ?」

東堂と新開だけが笑っていた。

自転車競技部は練習がハードなことで有名だ。だから部員達は恋愛にかまける時間など取れない。

つまり、ごくまれなラッキーボーイを除き、みーんな彼女がいない。そもそも恋愛経験自体ない。あっても片想いだ。

「真波の恋路を見守ってやろうぜ」

不思議ちゃん真波が恋してるなんて、この男達には想像がつかなかった。


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