真波くんと自転車ダイエット

□05 ぜんぜん話が通じない
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「あっつい。汗とまんないやー」

ノートをウチワがわりにパタパタさせながら、真波は教室に入り、自分の席に座る。今日からまた退屈な授業が始まるが、遅刻せずに来たことを誉めてほしいなどと、呑気に思った。

今朝の朝練は、ヘルメットがないせいで、先輩に外に走りに行くことを禁じられ、ひたすらローラーに乗って室内練習を強いられキツかった。

でも、昨日彼女と過ごしたことを思い出すと顔がにやける。ほら、きっとすぐにでも彼女がオレのヘルメットを返しにやってくる。

真波のそんな自己中な妄想は、幼なじみの怒声によって打ち破られた。


「さんがく!あんた、なにやったの?!」

ドンと机に置かれた白いヘルメット。真波のものだ。

「あんた、七海ちゃんをつれ回したあげく、自転車とヘルメットを押し付けたまま七海ちゃんを小田原駅に置き去りにしたって!七海ちゃん、あんたのことカンカンに怒ってたわよ!」
「えっ?えっ?委員長、それ倉林さんに聞いたの?」

真波が横目で伺うと、視線を感じた宮原はプイッとソッポを向いた。

「そうよ!ほらこれ、あんたのヘルメットでしょ、仕舞いなさい!ついでにそのだらしなく出しっぱなしのシャツもちゃあんとズボンの中に入れなさいよ!それと、自転車も早く七海ちゃん家に取りに行くのよ!まったく、なに考えてるんだか」
「あ〜、ごめん委員長。あとで倉林さんに話しに行くよ」
「あんたのおかげで、昨日七海ちゃん、駅から家までニ往復するはめになったんだから!ちゃんとあやまんなさいよ!」


始業のチャイムでようやく真波はお小言から解放された。クラスメイト達も自分の席に戻っていく。一時間目数学の時間、真波にとってはお休みタイムだった。



「真波、まなみぃー!おいいい加減起きろよ!もう昼休みだぞ」
「わっ、ビックリしたなぁ、もうお昼?」

クラスメイトに頭をはたかれて真波は目を覚ましたようだ。みんな昼食を摂るために購買や学食にと次々に教室を出ていく。


お弁当派の七海は、いつものようにお母さんお手製のお弁当をロッカーに取りに行こうとしたところで、嫌なものに捕まった。

「倉林さん、ちょっと今話せる?」

真波にそう声をかけられても、七海には当惑しか感じられない。

「み、宮原ちゃんは?」
「知らない。友達とお手洗いにでも行ったんじゃない?」

必要なことは宮原経由で伝えたはず。この目立つ不思議少年にあんまり関わりたくないと、七海が拒否オーラを放っているのに、真波には伝わらないのだろうか?

「あのさ、昨日貸した自転車の件なんだけど、今日、6時くらいに倉林さんって家にいる?」
「いるけど……」
「そっかー良かった。じゃ、オレ部活終わり次第行くね!それだけ、あっ、ヘルメット学校まで持ってきてくれてありがとう!」

置き去りにしていった自転車を回収にくる件か、と七海が思う間もなく真波はヘラりと笑って去っていく。

「待って!真波くん、私んち知ってるの?」

後ろ姿に投げ掛けた七海の言葉は真波に届かなかったようだ。


「真波くん、なんで私の話聞いてくれないの?ぜんぜん会話が成立しないよ……」


いつもどこでお昼ごはんを食べているのだろう?七海は疑問に思わないでもない。友達と過ごしている気配もなく、ぷらりと気ままにどこかへ行っては午後の授業も遅刻して宮原をヤキモキさせているのだから。




七海は自分に自信がない。
太ってるし、容姿も平凡だし、成績も平均。家は一般的なサラリーマン家庭で裕福でもない。つまり、誇れるものがなんにもないのだ。

友達はいるし、学校もそれなりに楽しくやっているけど、ただそれだけ。

他人に嫌われたくないから、自分の感情をストレートに表現することが苦手、友達から言われるとついイエスと返してしまうような、どこにでもいそうな女の子。



真波はそれと正反対。自分の感情のまま行動し、規律から大幅にそれていて、他人と容易に馴染まないのに、なぜか周囲から受け入れられ、愛されている。

授業をサボりがちでも、テストのランキングはそれほど悪くはないらしいし、部活では全国大会で大活躍。

今回のような、キテレツな行動をしたって、真波には他人に拒絶されない絶対的な自信があるに違いない。

七海にとってはもっとも近寄りがたい、近寄りたくないタイプなのだ真波は。


「七海ちゃん、お弁当食べよう?」
「あ、宮原ちゃん帰ってきた!聞いてよ、今ね真波くんが来て、夕方ウチに自転車取りに来るって」
「ごめんね、さんがくが迷惑かけて」

それに、ほら、友達の好きな男子に、友達抜きで仲良くなるって、そんなのしたくないじゃない。下手したら誤解されて仲間はずれにされかねないし。

七海は、真波の行動について、我が事のように語る友達の顔を見て、「もっと飼い慣らして欲しい」と心の中で思った。



***


「七海、お友達の男の子が来たわよ」


夕方、のんびり居間で古い時代劇の再放送を観ていた七海は、お母さんの言葉にぶったまげて、飛び上がった。

「忘れてた、真波くんだ。本当に来たんだ」

インターホンに写る彼は、ニコニコ笑ってる。

「あらぁ、なんかカワイイ子ね。よかったらウチに上がってもらいなさい」

小学校を卒業していらいトンとなかった異性の友達の来訪を、微笑ましく見守る体のお母さんの表情が七海にはキツい。

「じ、自転車取りに来てくれただけだから!ちょっと出てくるね」

あわてて七海は玄関に向かった。時代劇、クライマックスの面白いところだったのにと、真波の来訪に残念な気持ちがわいてくる。



「真波くん、思ったより早かったね?自転車、物置に置いてるからちょっと待っててね」
「倉林さんの私服姿初めてだー!パンツ姿似合うね。うん、それなら走りやすそうだ」

部活の格好のまま、汗をぬぐいながら爽やかに真波は言った。



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