真波くんと自転車ダイエット

□04 なんでこんなこと?
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「オレ、どうしても手にいれたいものがあるんです。どうしたらいいんですか?東堂さん」
「真波の切望するもの……メガネくんに勝利することか?」

先輩の東堂さんは色んなことを真波に教えてくれる。

「それはモチロン!必ず、必ず勝ちます、坂道くんに!オレのすべてを賭けて!!」

真波は一瞬、ライバルの顔を思い起こしこぶしを握りしめたが、すぐにトーンダウンして視線をさまよわせた。

「でも、それ以外に……」
「ほう、お前のそんな表情は珍しいな。そして教えを乞いたい相手はこのオレ。とすると……ふむ、女子のことだな」


東堂さんは口では『自分は女子に詳しい』と豪語しているが、後輩達の間では、本当に女性経験があるのかと懐疑的な意見が主流だった。だが、真波は尊敬する先輩として信奉していた。



──────────────────


「で、この自転車がなんなの?真波くん」

んもう!どういうこと?!意味分かんない。真波がお詫びがしたいと言うから、せいぜいクッキーかチョコの1個でもくれる気なのかと思ったのに。

七海は土産物屋の軒先に停められている2台のロードバイクをにらみつけた。

「これで家まで帰ろうよ。一緒に」
「あのね、私こーいう自転車乗ったことないの。乗れないよ!制服、スカートだし」
「かばんの中にジャージ入ってるよね。今日、ロッカーからそのかばんに入れてるの見たよ。夏休みの間、ロッカーに入れっぱなしだった?
それはいたらいいよ。けどさ、倉林さん、毎日その格好で駅までママチャリ乗ってきてるのオレ知ってるよ?大丈夫、ロードバイクだって、たいして変わらないし乗れるよ!」

どうやら真波は七海をロードバイクに乗せたいらしい。なんで?七海は盛大にため息をついた。家まで自転車だなんて、そんな運動したくないのに、なんの目的で真波は逃げ道を奪うのだろう。

「これ、すごく高いお値段なんでしょ、宮原ちゃんが言ってた。私そんな高価な自転車乗れない」
「倉林さん、ほっぺたふくらんでるよ。怒った?」

真波の目が急に真剣になる。

「あのね、こっちの大きい方のバイクはいつもオレが乗ってるヤツ。そんで、こっちの小さめのもオレが中学卒業まで乗ってた相棒。身長でかくなったから乗れなくなってもう使ってないヤツだから、キズ付けても怒らないよ」

七海の真波に対する印象は、ほとんど宮原に由来している。サボり魔、心配ばかりかける困った子、口が上手くて要領のいい……。

いつも、こんなに近くから可愛い顔で見つめられて囁かれていたら、惚れてしまうのも当たり前だろう。


──さんがくはね、いつも優しいの。それにね、すぐ人にカワイイとか言うのよ。だけど、別に意味があってやってるんじゃないのよ、さんがくは。

宮原は態度からバレバレなのに、真波が好きだと決して言わない。


「オレさ、倉林さんにオレが見てる景色見せたくて……」

こんな天然のタラシみたいなセリフ、よく言うわと七海は冷めた心地で真波を見つめていた。

「それにさ、知ってる?ここからだと小田原までずっと下り坂だから、自転車ほとんど漕がなくてもいいんだよ」
「へっ?」

真波のその言葉に、思わず七海は食いついた。

「ほとんど漕がなくてもいいの?!本当に?」

七海が興味を示したことで、真波はまた、ニッコリ微笑んだ。真波の思う壺だが自転車で下るだけならきっと楽しいに違いない。

真波にうながされて、七海は土産物屋の奥を借りて制服のスカートの下にジャージをはいた。


「ねぇ、真波くん、この自転車またげない……」

その気になった七海は、真波と並んで自転車の横に立ったのだが、ママチャリと違いどうやったら乗れるのか分からず当惑した。

「ああ、ごめんね。倉林さん、ロードバイク初めてだったね。ほら、これはこうして車体を傾けてまたぐんだよ」

乗り方を実演して見せる真波は嬉しそうだった。

「ハンドルはここをにぎるんだよ。ブレーキはこう。下り坂がキツくなってブレーキをきつめに利かせたくなったら、こうして下ハンを握るんだ。どう?簡単でしょ?」
「サドル、高すぎない?足ギリギリにしかつかないよ」
「そう?一応、倉林さん初心者だろうから、足がつくよう身長に合わせた高さにセッティングしたつもりだったんだけど、まだ高いかな?」

そう言って首をかしげる真波の仕草は並の女の子よりずっとカワイイ。七海は真波の行動を謎に思いながらも遊園地のアトラクションに乗る前のような不思議なワクワク感をおぼえた。


「はい、一応このヘルメットかぶってね」

真波はリュックに付けていた自転車用のヘルメットを差し出した。

「ヘルメットは予備がなかったから、悪いけどオレのなんだ。ああ、オレはコケないから大丈夫」

七海に否やと言わせる隙を与えず、真波は七海にかぶせたヘルメットのあごひもをカチッととめる。

「じゃあ、オレのあとをついてきて」
「えっ?えっ?」

真波がペダルを踏むとカチリと音がして、白いロードバイクが坂を下って行く。七海はあわててそれを追いかけた。


ずっと続く下り坂。二人の乗った2台のロードバイクはスピードを増し、風を切って走るのが気持ちいい。


「どう?このくらいのスピード大丈夫?」

ママチャリなんかよりずっと細いタイヤのロードバイクは、漕ぎもしないのにビックリするくらいスピードが出る。

真波に教えられたとおりハンドルのブラケットを握った七海は、必死になってブレーキをかけていた。

「この先、もっと坂が急になるから、さっき言ったみたいに下ハン握ったほうがいいよ」

真波は楽しそうにそう言うと、スピードをゆるめ、七海を先に行かせた。

スピードが出過ぎると、ハンドルを上から持つやり方じゃブレーキに力が入らない。七海がどうにか必死になってハンドルを下に持ちかえると不思議と車体が安定し、スピードが怖くなくなった。

顔にかかる風圧はまるでジェットコースターに乗っているよう。なんだろう、とっても楽しい。時速何キロくらい出てるんだろう?



「倉林さん、坂、楽しい?」

一陣の風と共に真波の声が七海の横をすり抜ける。下り坂でペダルを漕ぐ真波は信じられない速さで七海を追い越すと、あっという間に視界のはるか彼方に行ってしまった。



「どうだった?ロードバイク。自転車部の部員はね、さっき倉林さんが坂下ってたくらいのスピードで、普段、平地を走ってるんだ。自分の力だけで」

小田原の駅前まで到着すると、真波はニコニコ笑って言った。

「すごく速くてちょっと怖かった、けど、楽しかった、思ったより。真波くん達、いつもあんなにスピード出して走ってるんだ」

疾走後の高揚感で、七海も笑顔で返す。

「うん。上りはもう少し遅いし、下りは全然速いけどね」
「今日、最初はどこに連れてかれるんだろってビックリしたけど、意外と楽しかった。ありがと、真波くん」

七海は自転車を降りた。ここからはママチャリで家まで帰るのだ。どこで真波の自転車を返したらいいだろう?

そんなことを思った七海は、次の瞬間、あっけに取られた。

「うん。こちらこそありがとう!じゃあまた、学校で!」

真波がそのまま、七海と自転車を残して走り去ったのだ。

「あのさー、良かったらしばらくそれ、乗ってみてー!」

去り際に真波が振り向いて言った。

「ま、待って!真波くん!自転車置いてかれたら困る!!」

七海は真波の理解不能な行動に、ここに宮原がいればいいのにと真剣に思うのだった。


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