真波くんと自転車ダイエット
□01 真波と敗北
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「宮原ちゃん、どこ行っちゃったのぉ?」
ここは富士山須走口五号目。
インターハイの最終ゴールを観戦しようと集まった大勢の人に紛れ、一緒に来た友達とはぐれてしまった倉林七海は、キョロキョロ辺りを見回した。
「もう、こんなに人が多かったら探せないじゃない!」
まもなく先頭の選手がゴールを目指し登ってくるとかで、周囲のボルテージも最高潮。ものすごい盛り上がり方だ。
「只今先頭を走る選手は、神奈川県箱根学園 真波山岳選手!僅差でそれを追っているのは千葉県 総北高校 小野田坂道選手です。なんと、二人とも1年生です!」
興奮ぎみなアナウンスの声が、スピーカーから大音量で流れる。
「えっ?真波くん?うそっ?」
七海は、今、トップを走っている真波と同じ箱根学園の生徒だ。だから箱根学園がこのインターハイ・ロードレース男子の部で優勝候補筆頭だということはよく知っている。
それに今日、七海がここに来ているのは真波を応援に行くという友達に半ば強引に誘われたからだ。
「すごいっ!宮原ちゃん、あなたの真波くんがトップだって!ってホントどこにいるの?」
宮原は真波の幼なじみで家がお隣さんで、頼まれはされてないようだが、いつも真波の世話をやいている。はたからみて宮原が真波にぞっこん惚れてるのはバレバレなのに、ツンデレの宮原は認めようとはしなかった。
七海はそんな二人と同じ中学出身で、宮原とは大の仲良しだった。
とはいっても、キッパリはっきり物を言う優等生の宮原と違い、七海はタイプで言ったら根暗の部類に入るのかもしれない。昔からぽっちゃり体型の七海は、運動が苦手で、あまり社交的なタイプではない。
「ああ、もうここじゃ選手が来てもよく見えないな、よし、この岩に登ろう……あっ!宮原ちゃんから電話だ。もしもし、宮原ちゃん今どこ?」
「七海ちゃん、私、ゴールの手前300メートルくらいのところよ!こっち来れる?」
「ええっ?私ゴールのとこだよ。人多すぎて身動きとれない!」
「あっ!来ちゃった!」
「宮原ちゃん?」
「さんがく〜!勝ってぇ〜!さんがくぅ!!」
その声で今真波が宮原の目の前を通過していっているのが分かる。大きな歓声で電話の声が聞こえなくなると、先頭の二人の選手が七海の目にもうつった。
「宮原ちゃん、私にも見えたよ。って、電話切れてる?」
遠目に見えだした2台の自転車を見つめながら、七海はスマホを握りしめた。
『あれ、ホントに真波くんなの?』
岩の上に乗った七海は、人垣の上からチラチラ見える自転車を凝視する。ここは富士山の五号目、延々と続くきつい坂道を登って来たはずなのに、なんて速さで走っているんだろう?
近付いて来るにつれ、選手達がはっきり見えてきて、彼が真波であることを七海にも確認できた。
と思ったらあっという間に七海の目の前を通りすぎていく。
真波の信じられないくらい真剣な顔、ジャージの前ははだけていて、全身の力を使い登ってくるのが分かる細いながらも力強い筋肉が目に入る。
二人の選手が通り過ぎる瞬間、その風圧で風が巻き起こる。七海にとって真波は学校のクラスメイトでよく見知った顔なのに、まるで別人のようで、ドキッと胸が高鳴った。
「ハコガク頑張れ〜!」
「真波!ラスト〜!踏み込めぇ〜!」
「ハッコガク!ハッコガク!」
まわり中から必死の応援の声が飛ぶ。
「ま、真波くん!真波くーん!勝って、勝ってェェ!!」
単なる友達の付き添い、暇潰しにここへ来た七海だったが、気が付けば七海もさっきの宮原のように絶叫していた。
ゴォォォール!!
アナウンスの声が響いた。
ゴールの瞬間、そのワンシーンだけ七海の頭に焼き付けられ、そのあとしばらく、自分が何を見ていたか、何を聞いていたか、記憶にない。
ハコガクが負けた。夢にも思っていなかった結果に、七海を始め、そこらにたくさんいるハコガク生の誰もが呆然としていた。
ハッと気が付いた時には、次々と選手達がゴールしていっていて、目の前の人垣もまばらになっていた。
「あわ、えっと、宮原ちゃんを探さなくちゃ」
はぐれた友達を思い出したところで、スマホが鳴った。宮原からだ。
「見た?」
当然だろう、宮原の声は真波の敗戦のせいで沈んでいる。
「うん見た」
七海は何を?とは返さなかった。宮原が何を見に来たかは分かってるから。
「そう。七海ちゃん、ゴールのそばにいるのよね?この辺まだたくさんの人で、そっちに行けるの結構かかりそうなの。着いたらまた電話するからどっかで待っててくれる?表彰式見るでしょ?」
ハコガクの選手はもう皆ゴールしたとはいえ、まだ、インターハイは続いていて、後続の選手が次々と登ってくる。どのみち、この富士山を下りるための応援バスは一時間半経たないと出発しないのだ。
仕方なしに、七海は友達を待つ間、そこらの散策を始めた。
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