レグルス 〜わたしの1等星〜

□8 酔夢
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「でさ、コイツが大学進学しねぇで、ヨーロッパ来んだって言ったとき、オレ、コイツに『やめとけ』って言ったっショ」

「ああ、そうだったな。あの頃、巻ちゃんだけでなく、荒北にも同じような事を言われたな。荒北の方が口汚い言い方だったが」

「コイツ老舗旅館の跡取り息子だって、名字さん知ってました?」


なまえは巻島と尽八の顔を交互に見て微笑んだ。

イギリスのパブに来たのは初めてで、正直、年下の子達と訪れる場所として外国の飲み屋ってどうなんだろう?地元の飲ん平達に絡まれたら私が対処しないといけないんだよね?と緊張していたのだが、なんだかこの場所は肩肘張らずにくつろげる空気で居心地がいい。

最近、仕事が忙しくて、これからやらなきゃいけない記事の原稿書きも貯まっていてウンザリするが、今夜は久々に愉しい酒の席だ。目の前で繰り広げられている年下の男の子達のボーイズトークが面白くて仕方ない。

なまえは尽八がおしゃべりなことはよく知っていたが、前回会ったとき、ほとんどしゃべってくれなかった巻島も、今日は酒が回っているせいか色々しゃべってくれるのが楽しかった。


「知ってる!旅館に取材に行ったことあるし」

「そう、この東堂って男はいいとこのボンボンで恵まれた環境にいて、チヤホヤされて育ったのに、本場のロードレース界でやってけんのかとさ」

「いいとこのボンボンなのは巻ちゃんだってお互い様だろ。どうだ?巻ちゃんから見て今のオレは、そこそこ上手くやってる方だと思わんかね?」


会話が弾めばお酒も増える。酒に強い巻島がビールのグラスを次々に空にしていくのに釣られ、尽八となまえも杯を重ねていた。少し飲み過ぎてるかもしれない。


「クハッ、言ってらぁ。まあ、お前が実家からの仕送りをまったく受けずに頑張ってることは認めてやるショ」

「オレも正直、親からの経済援助なしにやれてるのは我ながら驚きだ!」

「えーっ?そうなんだ!東堂くんの年じゃ、大学行ってる友達はまだ完全に親のスネかじりでしょう?」


なまえは自分の学生時代を思い浮かべて、感嘆の声をあげた。


「……巻ちゃんは違うぞ。学業のかたわら服飾デザイナーのお兄さんを手伝って、働いている!」

「オレの話はいいっショ」

「いや、オレは巻ちゃんがそのうちファッション業界でひとかどの男になると信じてる!」

「東堂飲み過ぎっショ!」

「巻ちゃん以外の友達でも、大学行きながら起業してる奴もいるぞ!ほら、福富と新開だ!」

「へぇ?そいつはスゲェな」


誉められてほんのり赤くなった巻島とは対照的に、なるほど尽八は顔どころか全身真っ赤になって、目がすわってきている。

なまえはまだ年若い二人を眺め、酒に馴れていない尽八が、無謀にも飲み過ぎてしまわないように気遣わねばと思い至り、ミネラルウォーターのボトルをテーブルに置いた。


「ねぇ、そうそう、そう言えばその福富くんって東堂くんの高校時代の」


なまえはカバンの中味をあさる。


「エースだ!ハコガクのオレ達の代の」

「そうよね。あのね、これ今日届いたウチの雑誌、サイクルタイムの最新号!二人に見せたいと思って持ってきたの」


そう言ってなまえは雑誌を取り出して見せた。


「今月号の特集は『大学ロードレース特集』!福富くんも載ってるんだよ〜!他にもたくさん大学生の選手が載ってるからきっと二人の知り合いが結構この中にいるんじゃないかと思って持ってきたの」

「ナニィ!それは見たいぞ!見せてください!」


巻島と尽八に雑誌を渡すと、二人とも瞳をキラキラさせてページをめくっていく。予想以上の二人の食いつきになまえは嬉しくて笑いが止まらない。


「うぉ!おい、これ金城じゃねぇ?」

「本当だ、金城は変わらず坊主頭だな。ククク、ワッハッハ!隣は荒北ではないか!雑誌の取材でなんだ、この目付きの悪さは!」

「洋南大学か。コイツ広島の……」

「待宮かぁ!コイツらが今はチームメイトとはな!」


巻島と尽八は次々と知り合いを見つけては、はしゃいでいた。


「これこれ!これが最初に名字さんが言ってた福富の記事っショ!うわぁ、目力さらにアップしてっショ!」


巻島が指差した先にあったのは明早大学の記事。尽八はそこに視線をやったとたん、ガバッと雑誌を取り上げて、そして固まってしまった。


「おい!東堂、独り占めして持ってくなよ!見れないだろ!そんな気になる記事でもあったんかよ?!」


そう言って雑誌をひったくり返そうとした巻島だったが、尽八の視線の先に気付くと気まずそうに頬を掻いた。


「……おい東堂、大丈夫か?」


その瞬間、呆然と記事を見つめていた尽八の目から涙がこぼれたのを、なまえは見てしまった。
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