砂糖菓子の恋
□13 てんびん
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知ってのとおり、オレと新開は同じ中学出身だ。
そして、新開と一条は幼なじみだ。母親同士が親友で家族ぐるみの付き合いで、赤ん坊の頃から共に過ごす時間が多かったらしい。
初めてオレが一条と会ったのは、中1時の試合で、新開の試合に応援に来たときだった。
初めて見た彼女は、今まで目にしたことがないような可憐な少女で、ドキドキしたのを覚えている。
一条はよく新開に会いに来ていたし、練習や試合を見に来ることもたびたびだったから、オレとも時々顔を会わせていたし、すぐに友人として話せるようになった。
だが、オレのドキドキは恋愛感情に変わることはなかった。新開がいたからだ。
その頃の新開と一条の関係はといえば、幼稚園児のようなというか、女子同士の友人のようなというか、手をつないだり、腕を組んだりと当時からスキンシップが多くて、オレは当初赤面したものだったが、一条はまったく無頓着で、友人としての当たり前の態度という体だった。
なのに、新開は幼い時分からずっと一条のことが好きだったんだと。
時々オレに恋愛相談をしてくるのでな、実はずっと新開の恋愛を応援していたし、その内一条が新開の気持ちに気付いて、結ばれると思っていた。
東堂、お前が一条に惚れたことに対し、新開の方が先に惚れていたのだから、お前があとから好きになるのはおかしいなどと責めるつもりはない。恋愛は自由だからな。
それに結局、どちらを選ぶかは一条次第だろう。
だが東堂、お前、一条の家の事情を聞いたことがあるか?
なんでも一条の家は特殊な家らしい。
お前は温泉旅館の跡取り息子だったよな。
一条も跡取りらしいんだが、あの家は古くから続く公家の家系らしく、しかも父親が一流企業のトップ、彼女はゆくゆくは家系と会社を継いでゆく責任を背負っているらしい。
つまり、旅館の跡取りの嫁になるのは難しいだろう。
そうでなくても、庶民のオレが言うのもなんだが、家柄的に釣り合いがとれていないと思われても仕方がない。
新開の家はというと、一条家ほどの歴史はないが、明治維新で功績をあげて爵位をもらった旧華族の家柄だ。ビジネスの上でも成功しているし、一条の家とも交流が深い。
新開の家に遊びに行ったことがあるが、とても広い豪邸だった。
中学の時から新開の愛車がサーヴェロなのがすごいと思っていたが、弟も同じメーカーのジュニアサイズに乗っているんだ。
ウチみたいに家族にプロ選手がいるならまだしも、よっぽどの金持ちでないと、成長期の小中学生にあんな高い自転車を複数台買い与えたり出来ないだろう。
一条の家はもっと大きいらしい。熱海の家は別宅だというし。
一条の両親が娘の相手として見たときに、新開を選んだとしても不思議ではないだろう。
さっき、婚約うんぬん言っていたのは、そういうことではないのかと………。
おい新開!お前達、両家の間で結婚話がでてるのか?
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「まぁ、そういうことだ」
福富の話を黙って聞いていた隼人は表情を変えずに答えた。
尽八は難しい顔をして福富の話を聞いていたが、ため息をついてから話始めた。
「………新開、お前が花のこと長い間想ってきたのは分かった。家の事情もな。初めから知っていたら、おそらくオレも花を好きになるのはあきらめていたかもしれない」
普段、喜怒哀楽を身体いっぱいに表現する尽八だが、珍しく静かな口調だ。
「気が付かなくてお前を傷付けたことは謝ろう。だが、惚れてしまったのだ。今さら友のためだといってあきらめることはできない。それに花はオレのことを好きだと言ってくれているのだ」
「今でもそう言うと思うのか?」
隼人が口の端で笑った。
「1週間やそこらで変わるはずないだろう!」
尽八が怒鳴る。
尽八と隼人はお互いにらみあった。
「尽八さぁ、なんで花が、曲がりなりにもおめさんと付き合っていながら、関係を誰にも知られないよう隠していたと思う?」
それは尽八がずっと不思議に思っていたことだ。
「それはさ、花にとって尽八は惚れちゃいけない相手だからだ」
「まさか」
隼人の話の持っていきようが意外で、尽八は当惑を覚えた。
「昔で言えば『身分違い』ってことだろうな。まわりにバレたら必ず反対されるからな」
「今の時代に家柄が男女の仲に関係するなんて信じらんないよな?でも、いまだにそういう世界ってあるんだぜ。つまり、おめさんはちょっかい出しちゃいけない相手にちょっかいだして、相手を振り回したってことだな」
「なにぃ!」
荒北に制止されなければ、尽八はその場で隼人を殴っていただろう。
尽八の家は明治時代から続く老舗の温泉旅館。家もそれなりに裕福であり、名家というほどの家ではないが、箱根の町では名士の家として他人からその育ちを羨ましがられることはあったが、蔑まれたことなど一度もない。
たしかに、箱根学園にはお金持ちの子弟がゴロゴロしているが、経済的にも、自分の実家はお金持ちの平均的なところだろうと思っていた。
公家?華族?今の時代にそんな身分など存在しない。ナンセンスだ。
「………ともかく、花自身にフラれたならまだしも、お前らの言葉だけで、ハイそうですかと、簡単にあきらめたりするわけがなかろう。花に直接逢って話をするさ」
尽八の胸に、いままで感じたことのない不安がよぎる。
「好きにすればいい。オレは別に、花が尽八に会いたいってんなら止めるつもりはないぜ。ただな、尽八、花はもうオレのモンだ。おめさんがどうあがいても、アイツは結局オレを選ぶよ」
隼人は自信ありげに断言した。
「新開!花は今どこにいるんだ?」
「オレから聞き出そうとするのは筋違いだぜ。このケータイ、そうだな、あさってには花の手元に返ると思うからさ、連絡してみればいいだろ?アイツがおめさんと連絡取りたければ電話に出るさ」
余裕の風体を装ってはいるが、隼人も内心焦りを感じていた。
「………話は終わったから、オレ帰るよ」
隼人は福富の腕を叩いて、離してくれと催促する。
「おい、もう遅い時間だぞ!明日にしたらどうだ?」
福富が心配して隼人を引き留めた。
「いや、帰るよ。寿一、靖友、面倒かけたな!尽八………悪い、ちょっと言い過ぎた。悪く思わないでくれ」
隼人が三人に別れの挨拶を告げたが、尽八は応えることができなかった。