砂糖菓子の恋

□9 校外学習
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すべてを掛けて打ち込んできたインターハイが終わった。三年生の彼等には、次のインターハイはない。


次に彼等が全力を傾けるべきは『受験勉強』。
だがその前に箱根学園の伝統行事である『校外学習』があった。



三年生の校外学習、それはいわゆるサバイバル学習というもので、相模湾に浮かぶ無人島で二泊三日、自力で生活することが課せられる。
文字通りサバイバル。生き抜くための力を養うことを目的としており、技術的なことは授業で習得済みだ。

現地では、最低限の水と食糧、必要なグッズと無線機が与えられ、いくつかのチェックポイントを攻略する以外、島での行動は自由。
ただし、大人の助けを借りることは原則として禁止。
通信手段も先生との定時報告に使う無線機以外、携行できない。

この校外学習を無事終わらせることができた者は、自分に自信が付く上、あとで何かご褒美があるということで、箱根学園の三年生達は、夏休み中のこの行事を、心待ちにしていた。


* * * * *

「インターハイも終わったことだし、そろそろオレ達の関係を公表しないか?そして、校外学習で………二泊三日の間、共に過ごそうではないか」

尽八は花の髪を撫でながらささやいた。耳をつんざくような蝉たちの声がうるさい。


花は尽八と付き合いだしてから、今まで体験したことのない体験をたくさんしてきた。

それは初めて二人で逢った日のお茶漬けから始まり、歩きながらお団子をたべたり、二人でひとつのお煎餅をかじったり、はたまたファミレスに行ったり、二人っきりになれるからと尽八にカラオケボックスや漫画喫茶に連れていかれたり……とにかく、花の想像を超えることばかりだった。

そんなお行儀の悪いこと、と躊躇するようなこともあったが、やってみると楽しいことばかり。聞けば、巷の中高生がよくやっていることらしい。

それになにより、好きな人と過ごす時間がとても楽しかった。


花だって、できることなら関係を公表し、誰はばかることなく尽八と付き合いたい。
花は嘆息して眉根を寄せた。

「ん?一条さん、そんな顔をしないでくれ」

尽八は花の顔を引き寄せ、口付けた。
甘いキス。夏の日射しの暑さも、お互いの汗も気にならない。
このまま時間が止まってくれればいいのにと思う。


大人になれば、家を継ぐために親が決めた相手と結婚させられるだろうと、こどもの頃から覚悟してきた。それが隼人なのであろうか?
でも、花にとって隼人は兄弟同然。異性として意識したこともない。


一方、花にとっての尽八は初恋の相手。今まさに恋愛の真っ只中にいて、その腕の中にいると他のことが考えられなくなる。
けれど、これから先のことを思えば、旅館の跡取り息子の嫁になるなど、花に許されるはずもない。

もし、尽八との関係が両親に知れたら、必ず反対されるし、最悪、花は箱根学園を辞めさせられて、二度と尽八に会わしてもらえなくなるのではないかと恐れていた。

一緒にいたいけど、知られたくない。二人の関係に対しての後ろめたさが付きまとってしまう。そんな気持ちを好きな人に言ったら嫌われてしまうだろう。
花は尽八に言えるはずもなく、誰にも相談できなかった。


「………いいさ、キミが公表してもいいと言うまで待とう。だが、もうひとつの願いは叶えて欲しい」

尽八の真剣な眼差しが花を捕らえて放さない。

「もうひとつのお願いって?」
「なぁに、簡単なことだ。キ、キミのことを名前で呼ばせてくれ!オレのことも尽八と……」

尽八が照れて赤くなっているのを見ると、花も照れてしまう。

「……東堂くん。二人っきりの時だったらいいよ」
「えっ?二人っきりの時だけか?まぁ、今はそれでも………。じゃあ早速。『花!』……クッ、なんていい響きなんだ!一条、じゃなく、花もオレのことを呼んでくれ!」
「じ、尽八くん?」
「おおぉぉぉ!なんて嬉しいんだろう!花!花!オレは花が好きだ!大好きだ!」


いつも真っすぐな尽八くん。苦しいくらいあなたが好き。


花は応えるかわりに、背伸びをして、自分からキスをした。



* * * * *


「ねぇねぇ聞いた?例の伝説。校外学習の間に、好きな人に告白して成就すると、一生その人と添い遂げられるんだって〜」
「え〜?本当?でもそれって、相手にOKもらわないとダメってこと?」
「でもね、告白の成功率も普段より高いらしいよ!」

埠頭へ向かうバスの中、校外学習に参加する生徒たちのテンションは高い。


隼人はこの二泊三日の間に花に告白しようと決めていた。そのため、色々と準備をした。サバイバルを快適に過ごすためのグッズを揃え、卒業した先輩達から情報も仕入れた。

あとは、花と二人っきりになれるシチュエーションと自分の勇気だけ。
長年の想いをとうとう伝えると思うと緊張するが、もしも告白が受け入れてもらえなくても諦める気は、隼人にはまったくなかった。


「まったく、女子ってヤツはいつもウルセーなァ。いつもいつも愛だの恋だのペチャクチャと、狭いバスの中だってのにヨォ」

ベプシを飲みながら荒北は愚痴っている。

「荒北!お前も島で誰か女子に告白されるかもしれないではないか!恋する乙女達の気持ちを軽くみてはならんよ!」
「ハッ!東堂、テメェじゃあるまいし、オレに告白してくる女なんていねーヨォ」
「いや、そうとも限らないぜ、靖友。インハイの時だって、おめさんを応援に来てた子がいたってウワサがあったしな」
「新開テメェ!ハコガクのモテ男二人に言われても、本気にできるカヨ?!」


インターハイが終わり、部活に出なくなってからも相変わらず、隼人、尽八、荒北、そして隣のクラスの福富はいつもつるんでいる。3年間かけて培った熱い友情で結ばれた仲間だ。



だが、この校外学習の間だけは花と二人っきりで過ごしたい。かといって正直に「これから告白するから二人にしてくれ」とも言えない。
どうしたら自然な形で仲間をまけるか、隼人は思案していた。



キーッ。

バスが停まると、生徒たちは次々とバスから降り、自分の荷物を担いで船着き場へと向かう。


「隼人くん!靖友くん!寿一くん!……東堂くん。おはよう!」

隼人はバスから降りると、すぐに花を見つけた。自宅から車で来ていたのだ。

「花!おはよう!」
「おお!……一条さん。パンツ姿は初めて見たぞ!ボーイッシュな格好もなかなか似合って……」
「じゃあ、船に乗ろうか。花!荷物持ってやるから寄越せよ!」

隼人は花の返事も待たず、二人分の荷物を背負って、花の腕を引いて歩きだした。


「おい東堂オメェ、花チャンとどうなってんダヨ?口出しするつもりはネェけどヨォ、新開にはちゃんと報告しとけヨ!」
「あ、荒北お前、気付いてたのか?」

荒北の勘は相変わらずの鋭さだ。

「アァン?オレを誰だと思ってんノォ?他の奴等は気付かなくても、オメェらが付き合ってんのはオレには分かってんダヨ!随分前からオメェ挙動不審だったかんナ」
「うっ、分かっている。オレもそうしたいのだが……彼女がまだ公表することに同意してくれなくてな」
「ハァ?まぁ、とにかく新開だけには言っとけ、面倒なコトになる前にナァ」





隼人と花の後ろ姿を見ながら、荒北は誰にも聞こえない声でつぶやいた。

「手遅れかもしれねぇケドよ……」




* * * * *




「花!オレはおめさんが好きだ!もう幼なじみとか親友とかじゃ我慢できない。恋人としてオレと付き合ってくれ!」

隼人はどう言って告白したらいいか、この期に及んでも頭を悩ませていた。幾とおりもの言い方を頭の中で反芻してみる。
長年の想いをとうとう告白すると思うと、試合前なんかよりずっと緊張してくる。
今、握っている手を引いて両腕で抱き締めたい。



客室に着くと、隼人は二人分の荷物を下ろし、見晴らしの良い席に花を座らせた。

「隼人くん、荷物運んでくれてありがとう」
「ああ、なんてことないさ。ところで、今日は他に誰か女子とも約束してるかい?」
「いいえ。声は掛けてもらったんだけど、みんなそれぞれ好きな人に告白したいとか、彼氏と一緒とか言ってたから遠慮したの。隼人くん達もいるし」
「そっか。まぁ、まかせてくれ!3日間絶対愉しい時間にするよ」
「隼人くん、アウトドアも得意だもんね。期待してる」



花は女子と約束があるかと聞かれたので、質問には正直に答えたが、男子から一緒に過ごそうと言われていることは、隼人に言わなかった。
隼人と一緒ということは、いつものメンバーも当然一緒ということなのだから。

「ちょっと先生の処へ装備品の受け取りに行ってくる。すぐに出港すると思うから、花は待っててくれ」

隼人が客室から出て行くと、入れ違いで荒北と福富、尽八が入ってきた。

「ここにいたのか!新開は?」
「先生の処へ装備品受け取りにいってくれてるの」
「ああ。オレ達も行かないとな。東堂、オレと荒北で行ってくるから荷物を頼む」
「よし、任せろ。装備品は頼むよ」
「え〜!福チャン面倒クセェよ。東堂、オレが荷物見てっかラァ、お前取りに行ってこいヨォ」
「荒北、行くぞ!」
「チッ。ヘ〜イ」


福富と荒北が連れ立って出て行くと、尽八は花の隣に腰を下ろした。

「ん?どうした?そんなにみつめて」
「うん、東堂くん今日の私服もオシャレだなと思って」
「フフーン、オレのカッコ良さに見惚れたな?」
「えっ?東堂くんそういうことじゃ……」
「……周りに誰もいないのだから、尽八と呼んでくれ。花、これから3日間共に過ごすのが嬉しくてならんよ!」

尽八に名前で呼ばれると、まだ少し恥ずかしい。花は顔を赤らめた。

「東堂くん、すぐにみんなが戻ってくるから」
「尽八、尽八だ」
「尽八くん……」
「皆はあと10分はもどってこんよ。校外学習の案内に書いてあっただろう。装備品の受け渡しの所要時間は約20分と」

尽八は花の頬に手を添えると、引き寄せてキスをした。

「だ、ダメ」
「大丈夫だ」

尽八は角度を変え、次第に大胆にキスをしてくる。舌を絡められ、口内をなぞられると花はここがどこで、これから何をしようとしているかも分からなくなり、頭が真っ白になってしまう。

それは尽八も同じこと。行為に夢中になり、熱に浮かされたように口づけし、抱き締め、回した手で髪や背中を撫でる。

「んんっ。あっ……いや」

気が付くと、尽八の手は花の胸に当たっており、花は恥ずかしくて思わず顔を逸らした。

「す、すまん。つい夢中になってしまった」

無意識に花の胸を揉んでしまった尽八も、真っ赤になった。

「もうみんな戻ってくるから、離れて座って」
「すまない。少し外の空気を吸ってくる」

蚊の鳴くような小声で花が言うと、尽八は出ていってしまった。
尽八を追っ払った形となった花は、顔を上げられず、真っ赤な顔を両手に埋める。

『尽八くんとなら、そういうことするの嫌じゃない。でも、恥ずかしくて……ごめんなさい』

花は心の中で尽八に謝った。
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