砂糖菓子の恋

□5 命の恩人
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「運命の人かもしれぬ!」

熱海からの帰り道、暗い夜道をひたすら登りながら、尽八のテンションは高かった。

「はあ〜?なぁに寝ぼけたこと言ってんだコイツ」
「寝ぼけてなどおらぬよ。一条さんがオレの運命の恋人だと言っているのだ」
「花チャンはたしかに可愛いけどな!なんでそれで、お前の恋人にナンダヨ!」

荒北は、またあいつがワケわからないことを言い出したとばかりに、「ケッ」っと呟いた。

「東堂、お前、一条花に惚れたというのか?だが、向こうがその気になるとは限るまい」

中学の頃から、隼人の想いを知る福富は、複雑な気分になった。チーム内で揉め事となるような事態は好ましくない。

「まあ、見ててくれ。この美形に言い寄られて堕ちぬ女子などおらぬよ!ハッハッハ!」
「バァカ!周りを良く見ろよ!花チャンの隣には、もう新開がいんだろうガ!」
「馬鹿とはなんだ!荒北!……だが、考えてみると、たしかに一条さんは新開と一緒にいることが多いな。うむ、まず一条さんに恋人がいるのか確かめてみなくてはなるまい」

福富と荒北は、尽八のテンションに溜め息をつかずにはいられなかった。




運命の人かどうかはともかく、まだ、助けてくれた礼もロクにできていない。……思えば、彼女が転校してきて以来この数ヶ月、ちゃんと話をしたような記憶もない。
話し掛けようとすると、決まって新開が間に入ってきて……。
うむ、これは、新開がいないところで話し掛けなければ、始まらんな。

一条さんと話したいことは……、
その1、助けてくれた礼を言う。
その2、新開と恋人同士なのか聞く。
その3、フリーであれば、お礼を兼ねて、デ、デートに誘う。
うむ。とりあえずこんなところか。緊張するな。


尽八は、花に近付くための策を色々と思案した。



* * * * *



月曜日の朝、尽八は1時間早起きをした。
まだ皆寝静まっている寮をそっと抜け出し、部室へゆく。

「さあて、今朝はEコースでも走るとするか」

自転車競技部の朝練は、毎朝7時半から1時間、始業前におこなっている。
朝練のあとは、シャワーも浴びるので、部員は皆、始業時間ギリギリに教室に駆け込むのが恒例だ。

だから、早い時間に朝練を済ませ、余裕をもって教室へ向かえば、花と二人だけで話す時間が得られるだろうという算段だ。

ひとしきりコースを走って、他の部員達が朝練を始める時間帯には着替えを済ませ、教室へ向かう。
案の定、教室にはまだ数人の生徒しか登校してきていなかった。

しばらく待っていると、花が登校してきたので、平静を装って話し掛ける。


「一条さん、おはよう!今日はいい天気だな!こないだは、すっかりご馳走になってしまった。ありがとう!荒北とフクもとても満足していたよ!」
「……東堂くん。おはよう。こちらこそ来てくれてありがとう」
「ところで、先日の話だが……、」
「あー!東堂さま。おはようございます!今朝は早いんですね?」

尽八が本題を切りだそうとした瞬間、東堂ファンクラブの子に取り囲まれた。

「ああ、おはよう!ちょっと用事があったのでな」
「そうなんですか。今週末、レースですよね?また皆で応援に行きますから頑張ってくださいね!」
「ありがとう!応援は大歓迎だ!」

律儀に応対して、気付くと花が目の前から消えていた。

「一条さん、まだ話が……。どこにいったのだ?!」

キョロキョロ探していると、廊下で隼人と立ち話している彼女を発見した。

「よう!尽八。今朝は早かったんだってな?どうしたんだ?」
「ああ、宿題がそのぅ……」

隼人がいたのでは、まともに話せないと、尽八は曖昧に返事を返した。







昼休み、尽八は自作の弁当を持ってきた。

「ナンダぁ?東堂、今日は珍しく弁当かよ?」
「栄養バランスに気を使っておるからな!」

花達のグループに混ぜてもらって弁当を広げれば、荒北が声を掛けてきた。

「な〜んか臭うンだよな〜!テメェ」
「くっ、臭くなどないぞ!失礼な!」
「……ソッチじゃねぇヨ」

隼人と荒北は、近頃、昼休みにサッカーをしに校庭へ出ることが多い。
球技に興味のない尽八は、普段から一緒にサッカーをしたりはしないので、教室で弁当をたべれば、隼人の目を気にせずに花に話し掛けられるという算段(その2)だった。

「ご馳走さま」
「花チャン!お母さんに今日のオカズも絶品だったって言っといてネェ」
「うん!ママ喜ぶわ。今日は靖友くんのためにお肉料理増やしたって言ってたから」
「マジ?花チャン天使!花チャンのお母さんは女神さまダネェ!」
「じゃあ、オレ達サッカー行ってくるな!」
「隼人くん、靖友くん、いってらっしゃい!次、英語の授業だから早目に戻ってきてね」

案の定、隼人達は校庭へ遊びに行った。





「花さん、ちょっと話しがしたいのだが、いいかね?」
「え……?あのぅ、お弁当箱を洗いに行きたいんだけど……」

席を立とうとしている花に、尽八が話し掛けると、花は困った様子で教室を出ていこうとする。

「頼む!少しでいいから話しをさせてくれ」

思わず大きな声を出してしまった尽八は、クラスメイトの注目を集めてしまったことに気が付いた。

「ちょっとだけ、10分、いや5分でいいから、こっちに来てくれ!」

尽八は強引に手を引き、教室の外へ連れ出した。

花が連れてこられた場所は、階段の踊り場だった。そこは、最上階のどん詰まりになっていて、普段ほとんど来る人はいない。

「東堂くん、手を離して……!」
「ハッ!すまない、つい」

尽八は握っていた手をパッと離した。

花の顔は真っ赤だった。つられて尽八の顔も赤らむ。

「話ってなあに?」

一歩後退りしながら、花は聞いた。


尽八はモテる男だ。常日頃、周りの女子から騒がれ、黄色い歓声を浴び、告白を受けることも度々あった。
しかし、その実、尽八は今まで彼女を作ったこともなければ、恋愛といえるようなことをしたこともなかった。

もちろん、女性への興味はこの年頃の男子並み、いや人一倍かもしれないくらいあったのだが、自転車に夢中になりすぎて、持てる時間のほとんどを自転車に乗ることに費やしていたし、とにかくモテるので、他の男子のように彼女作りにがっつく必要がなかった。

とにかく、尽八は女の子の扱いに全く馴れていないのだ。

「この前、一条さんのお母さんが言っていた話のことなんだが……、と、その前に、なんか一条さんはオレのこと、避けてるのか?!距離を感じるのだが。それに、福富や荒北は下の名前で呼んでいるのに、なぜオレだけ名字なのだ?!」

花の体勢が微妙に引き気味になっているのを見た尽八は、普段、気になっていたことを思い出し、つい、まくし立てた。

「寿一くんと靖友くんのこと?それは……、隼人くんがそう呼んでるから、つい」
「なら、このオレのことも名前呼びで良いと思うが!!」
「だって、隼人くんが……」
「新開がなんか言ったのか?一条さんにとって新開は一体なんなんだ?!」
「痛い!離して!」

尽八は思わず花の肩を掴んで、怒鳴っていた。

「すまん!!つい」

花は、痛かったのと怒鳴られて怖かったので、涙ぐんでしまった。


「キミにお礼が言いたくて。この前、キミのお母さんが、倒れていたオレを助けてくれたのはキミだと話してくれたが……。」

初めて女の子を泣かせてしまったと思った尽八は、オロオロしながら、三歩ほど退いた。

「オレを助けてくれた人をずっと探していたのだ。すごく感謝していて。それがキミだと知って、嬉しかったのに、なぜか、キミから距離を置かれている気がして……、ショックだった」

普段の尽八とは違い、小さな声で、静かに語りかける。

「なにか、オレを避ける理由があるのだろうか?」

静かな声で話す尽八を見て、落ち着いた花は、ポツポツ話し始めた。

「私もあの時の人が東堂くんだってことに、ついこの前まで気付かなかったの。大怪我じゃなかったみたいで本当に良かった。……えっと、東堂くんのことを名字で呼ぶのは、他の女の子が誰も名前で呼んでないからなの」

花はお喋りがあまり得意ではない。できれば、他人の話しを聞いている方が好きだ。でも、尽八の真剣な様子に応える形で一生懸命説明に努めた。

「隼人くんが、東堂くんは女子に人気があるから、下の名前で呼んだら誤解されて不味いって。特別仲良しだと思われるような態度はしないようにって。……別に避けるとかじゃないんだけど。東堂くんも寿一くんや靖友くんと同じくお友達だから」

隼人からは、本当はもっとはっきり、尽八とは親しくしないように言われていた。
一年生の時、尽八と親しくしようとしていた女子が、東堂ファンクラブのメンバーから吊し上げにあい、あわやイジメ問題になるところだったことがあり、花が心配だからと。

それでつい、尽八から話し掛けられると身構えてしまっていたが、考えてみれば、花自身、尽八のことが苦手な訳でもなかった。


「隼人くんとは幼なじみの大親友で、同い年なのに変かもしれないけど、私のお兄ちゃんみたいな存在なの。いつもトロい私を心配してくれてて……」

「お兄ちゃんだったか。」

尽八の瞳に強い光りが戻った。

「では、キミとオレが仲良くなるのに障害はないな!!大丈夫だ!他の女子から誤解を受けるようなことはない!ファンクラブの子達は皆、良い人達だ。助けてくれた礼をしたいのだが、ショ、食事でもおごらせてはくれないか?」

尽八に押され、花はつい頷いていた。


「フク!!荒北!!朗報だ!!オレは一条さんとデートすることになった!!」
「はぁ??ナァニが朗報だ!そんなことより早く練習しろヨ」

翌朝、朝練のために部室で着替えていると、尽八の大きな声が響いた。

「今度の土曜日に一緒に食事に行ってくれることになった!どこに行ったら良いだろうか?今から楽しみでしょうがない!!」
「新開には言ったのか?」

浮かれ調子の尽八に福富が尋ねた。

「いや。彼女曰く、新開は″面倒見の良いお兄ちゃん"だそうだ。そう。やはり、二人は付き合ってなどいなかったのだ。"お兄ちゃん″であれば、妹の恋愛には目くじらを立てるものと、相場が決まっているものだ。彼女ときちんと交際を始めるまでは、新開には黙っておくつもりだ」
「……ウム。」

花の気持ちはともかく、隼人の恋慕ははたから見てかなり明白だったが、尽八はまったく気が付く様子もない。隼人のことを思い、福富は複雑な気分だったが、他人の恋愛に口出しなどできず、福富は眉間にシワを寄せた。

「一条さんの瞳は間近で見ると、透き通るような淡い茶色で、吸い込まれそうなのだ。こんな気持ちは初めてだ。この美形で女子からモテるオレが、初めて好きになってもらいたいと一人の女性を想っている。恋とは切ないものだな!」

福富と荒北の呆れ顔にも、尽八はまったく気付くことはなかった。





* * * * *





「靖友〜!オレもう、耐えらんねえ〜!」
「ナンダヨ?新開」

ある日、荒北の部屋に隼人がやってきて、いきなり泣きついた。

「花の事だよ。あいつ、純真すぎて、オレの気持ちに少しも気付いちゃくれねえんだ。こないだも、無防備に抱き付いてきて……!オレ、もう平静を保つの限界だ〜!」

「ったく、なんでオレんとこきて、面倒クセェ話すんだよ」
「だって、靖友の他に女経験ある奴いねえし」
「………そりゃぁ、マア」

荒北はポリポリと頭をかいた。

『コイツといい、東堂といい、なんて面倒クセェ奴が多いんだ。しかも、好きな女、被ってっシ』

「けどヨォ、オメエ他の女とも逢ってんダロ?チャリ部の奴等に見られてっゾ!」
「……うッ!それは、あれだ……、ストレス解消というか、えーーっと、ああああぁぁぁぁ!性欲発散しねえと、花のことおそっちまってヤバいだろ!!でも、同じ女と2回はしてねぇし……!オレ、なに言ってんだ〜!花には黙っててくれ!!頼む!浮気とかじゃねえんだ!」



隼人がモテるのは部内では有名だった。それも大抵年上の女に声を掛けられるパターンで、尽八が同い年や後輩の女子にキャピキャピ騒がれるのとは違い、少々、退廃的な感じを醸し出していた。


『で、好きでもない女とヤってるワケね。ヤバいだろ、コイツ』

荒北は溜め息をついた。



「テメェも、チャリ部なら、性欲はチャリに乗って昇華させろヨ!出来ねえなら、本命とシロ!ッタク」
「それが出来ねえから相談にきてるんだろ!どうしたらいいと思う?」
「知るか!テメェで考えろ!」




『あ〜面倒クセェ!東堂と新開が同じ女に惚れてるなんざ!……花チャン、アンタも罪作りダネ』

どちらかに肩入れすることも出来ないので、荒北は絶対関わらないようにしようと、強く思うのであった。



つづき→≪  6 デート?  ≫

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