砂糖菓子の恋

□8 大人の思惑
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ある日、一条家の別宅に来ていた隼人は、花の父親に呼ばれ、書斎に入った。

「隼人くん、最近の調子はどうだね?」
「まずまずです、おじさん。今日は帰りが早かったんですね」

花の父親は、大企業のトップとは思えぬ、若々しい、柔和なタイプの人だ。
実の娘の友人として、隼人達兄弟のことも、幼い頃からとても可愛がってくれている。
また、経営者としても、隼人達の父親の会社と協力関係にあるらしく、公私共に一条家と新開家は深い関係にある。

「相変わらず、花の面倒を見てくれているそうだね。ありがとう!」
「いえ、最近面倒掛けているのは僕の方ですよ」
「ところで、君も来年は18歳だね?早いものだ!」

花の父親に呼び出されるのは珍しい。隼人は何の要件だろうと、思いを巡らせていた。

「君は今、恋人とか好きな人はいるのかね?」
「えっ?」

花が好きだ。花の事だけをずっと想ってきた。そんなこと、彼女の親に言えるハズもなく、隼人はただ顔が赤くなるのを感じた。

「実は、君のご両親とはずっと前から話し合っていたことなんだが………。知っての通り、花はこの家の一人娘だ。将来的には婿を取るなりして、一条家を継いでもらう必要がある。それと、今、ビジネス的に業界再編の動きが活発で、うちの会社と君の父上の会社とで合併の話が持ち上がっていてね」

婿取り?会社の合併?花の父親が次に何を話すのかと、隼人は固唾を飲んだ。

「君は将来、うちの花と結婚する気はあるかね?」
「あります!結婚したいと思ってます!!」

考えるより先に、口から肯定の言葉が出た。

『でも、どうしたら花に男として見てもらえるようになるのか、分からない』

女の扱いに馴れていない訳ではないのに、隼人は花に対してだけ、どうしたら良いか分からずずっと悩んでいた。

「ありがとう。娘のことを想ってくれて。安心したよ。なに、花と結婚したからといって、まさか、新開家の長男に、婿入りして一条の籍に入ってくれなどというつもりはないから安心して欲しい。ただし、一条の家も継いでくれる者がいないと困るから、君達の子どもに継いでもらうことになる」

両家の会社を合併し、今よりも更に経済界を牽引する世界トップレベルの企業に成長させる。その会社の後継者は隼人だ。
隼人と花の新居は新開家からも一条家からも近いところに建てる。なんなら一条家の敷地内に建ててくれても良い。

花の父親は、高校生の隼人にはまだまだ遠い先の未来の話をするので、隼人には現実として捉えるのは難しかった。
でも、花との将来を想像するのは楽しい。

「おじさん、ありがとうございます。僕、期待に沿えるよう頑張ります!」

隼人ははっきりとした声で言った。

こんな具体的な話が親から出たのは驚きだが、自分にとっては歓迎できる話でしかない。
一条家の会社との合併、ゆくゆくは自分がそれを継ぐ。新開家の会社にとっても非常にメリットがある話ではないか。

会社の話は、まだ自分達に直接関係する訳ではないが、二人が結ばれることを周囲が歓迎してくれている。
隼人は、恥ずかしいけれど嬉しいかった。

隼人は長い間、自分の花への気持ちを彼女に話せないでいた。
だが、こうなったからには、あとは、花の気持ちを確かめるだけだ。
どうやって花にその話をするか?


隼人は花への告白のことで頭が一杯になった。





* * * * *





その頃、花も母親と話しをしていた。

「……と、そういうことで、今パパの会社の合併話が持ち上がっていてね、そう遠くない将来、経営統合をすることになりそうなの」
「ふーん。パパ、最近忙しそうだと思っていたけど、なんだかスゴい話になってるのね」

親から会社の話なんかされても、全然分からない。花は母の話に相槌を打ってはいたが、関心は薄かった。

「ところであなたも、もう高校生だし、好きな人はできたのかしら?」
「ママ!急になに?」

唐突な質問に花はドキドキした。尽八の顔が思い浮かぶ。

「花にはまだ少し早い話だったかしら?でも、そろそろお相手のことも考えないといけない年頃ですからね」

後継ぎの話だ。幼い頃から言い聞かせられており、花にも十分分かっていた。

『でも、少しくらい自由に恋愛してもいいじゃない』

花は、たくさんの夢を持っている自信に満ち溢れた尽八に恋をしていた。だが、尽八との将来なんて考えてはいけないことも承知していた。
一条家を継いでくれる人とでないと結婚できないのだから。

『ただ、今だけ、東堂くんのこと好きでいたいの。だから、まだ、結婚の話はしないで』

勘の良い花は、母がしようとしている話に気付いて、身体がこわばった。

「隼人くんとは、相変わらず仲良しね。花は隼人くんのこと、どう思ってるの?」
「えっ?隼人くん?」

隼人の名前が出たことに驚いた。隼人は新開家の長男で、婿養子に来てくれるような人物ではない。
花は一度も結婚相手として考えたことはなかった。
弟の悠人なら、次男なのであり得なくはないが、年下すぎた。

「実はね、もうずっと前からあったお話なんだけど、花は隼人くんと仲良しで、いつも一緒にいるでしょ?だから、あなた達が結婚したらきっと上手くいくだろうって。ねぇ、どうかしら?」
「ママ、急にそんなこと言われても……お返事できないわ」
「そう、あなたには急だったかもしれないわね。いいわ、時間はあるから、よく考えてみなさい。ママはとても良いお話だと思うわよ」

花は戸惑い、返事ができなかった。

『もう少し時間をちょうだい。今はまだ考えたくないの。せめて、高校を卒業するくらいまでは自由にさせて!それに、隼人くんだって私じゃ駄目だって言うかもしれないじゃない』

思考を働かせることができない。

『分かってる。自由になんてできないってことは』

尽八の高笑いを今すぐ聞きたくなった。






* * * * *




尽八は久々に実家に帰っていた。母の誕生日だからだ。
相変わらず両親は旅館の仕事で忙しい。

「自分の誕生日くらい、もう少し楽をすれば良いのにな」
「お母さんは女将の仕事が生き甲斐だからね。ところであんたも高3だし、そろそろ彼女でもできた?」
「フフーン、さすがに姉ちゃんは鋭いな!」
「えっ?本当?あんた、初めての彼女じゃない?!どんな子なのよ?今度お姉ちゃんに紹介しなさい!」

尽八は姉と仲が良い。忙しい両親に代わって幼い頃から面倒をみてくれた姉は、尽八にとって善き相談相手であった。

「あぁ。そのうち紹介する。姉ちゃんの方はどうなんだ?前に恋人と別れた話を聞いたあと、なにも聞いてないが」
「こっちもそのうち紹介するわ。待ってなさい」

尽八は、初めて彼女ができたことを人に話したこそばゆいような気持ちを誤魔化すため、姉に質問を返した。




彼女と両想いであることを確認して以来、もう4ヶ月が経ったが、いまだに恥ずかしいのか二人の関係を公にすることに、彼女は同意してくれない。
互いに好き合っているのだから、学校でも一緒に居たいと思うのは欲張りなのであろうか?

学校では普通の友人として振る舞い、放課後や休日に二人で逢う。だが、尽八は部活で忙しく、なかなか時間が取れない。
逢いたくて、朝練と称して夜明け前に彼女の家まで走っていき、夜明けの公園デートをしたのも、もう何度になるだろうか。

これではまるで秘密の恋人ではないか?自分がモテすぎるのがいけないのか?
彼女をいとおしく想えば想うほど、尽八は切なく、悩んでいた。





「尽八お腹すいたでしょう?お母さんたちもう少しでくると思うから、もうちょっと待ってね」
「ああ、大丈夫。分かっている」

宿泊客夕食が一段落するまで、旅館の女将はゆっくり休憩をとることもできない。従業員も多いのだから、少しくらい楽をしてもいいのにと尽八はいつも思う。


「ゴメンね!遅くなったわね!」

しばらくして、両親が戻ってきた。
家族揃っての夕食は久しぶりだ。

「お母さん、お誕生日おめでとう!」

家族団欒に話も弾む。

「あ!そうだ、お父さん、お母さん、さっき聞いたんだけど、尽八に彼女ができたんだって!」
「ね、姉ちゃん!それ、お父さん達に今報告する必要ないだろ!」
「別に内緒にする必要ないでしょ?お父さんもお母さんも一人息子の彼女、気になるでしょ?」

尽八は姉にしてやられたと思った。口止めしておくんだった。
なにもこのタイミングで話さなくても良いではないか。

「尽八、彼女ができたのか?どんな子だ?学校の友達か?」
「どんな子なの?教えなさい!尽八の選んだ彼女だったら、すごい美人なんでしょうね」

父も母もこの話題に食い付いてしまった。話題を逸らそうにも逸らせそうにない。

「同じクラスの子で、と、とてもカワイイ子、です」

尽八が両親に恋愛事を話すのは初めてで、恥ずかしくて、こんな状況にした姉が恨めしい。

「それで名前はなんていうの?」
「一条花さん…という名前だ」

もうこの話題は止めにして欲しいと尽八が思っていると、両親は花の名を聞いて顔を見合わせた。

「一条……たしか一条家のお嬢様が、尽八と同じ箱根学園に通ってると聞いているけど、まさか、その一条家の方じゃないわよね?」
「いや、ウチの尽八がまさか、考えすぎだよ母さん」

両親はなんの話をしているのだろう。

「お母さん、お嬢様ってなんの話?箱根学園はそりゃお金持ちの子弟ばかりいると思うけど?」

尽八の姉が疑問を口にした。

「尽八が気にするようなことじゃないのよ。ただ、もし一条家のお嬢様なら、ウチにお嫁にきていただけるようなお家柄じゃないものだから、少し心配になっただけ」

それきりでその話題は終わりになり、両親は別の話題を話始めた。




だが、『一条家のお嬢様』『嫁にきていただけるような家柄じゃない』という謎の言葉が、小さなトゲのように尽八の心に刺さったようだった。



つづき→《 9 校外学習

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