砂糖菓子の恋

□2 新学期
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今日から新学期。新しい学校、真新しい制服。
花は今朝、とても早起きをして、通学の準備を始めた。

「おはようございます」

花がダイニングに行くと、ちょうど父は朝食を食べようとしていたらしく、手に取ったカップを置いた。

「ああ、おはよう。今日から学校だったな、制服、似合ってるぞ」
「おはよう。さぁ座って。一緒に朝食をとりましょう」

両親とも揃っての朝食は珍しい。それに今日からの新しい学園生活。花は嬉しくなって、クルッと1回転しながら食卓に座った。

両親からの明るい笑い声がもれる。

「ところで、今日、本当にママは付いていかなくて大丈夫なの?」
「ママったら、まだ言ってる。もう高校生なんだし、新しい学校っていっても1年生の入学式じゃないんだから、一人で大丈夫。学校には隼人くんもいるんだから、何かあったら助けてくれるし」

花はベイクドエッグとトーストを食べると、ミルクティーを飲んで朝食を済ませた。





「行ってきまーす!」

元気に両親に手を振り、車に乗り込む。
さあ、新しい学校!箱根学園だ!



* * * * *


箱根学園は特別な学校だ。

県内トップの進学校であることに加え、スポーツでも名を馳せ、各分野に優秀な人材を送り出している。

それは、すぐれた指導者によるところも大きく、また、他校がおいそれと真似できないような、恵まれた環境・設備によるところも大きかった。

当然、それらを維持するため、学費もかなりな高額であり、一般家庭の子弟が通学することは困難なため、ほとんどが裕福な家庭の子女か、スポーツ推薦で特待生となったスポーツ・エリートで箱根学園は構成されていた。

また、カリキュラムも独特で、通常の授業に加えて、各人の特性・将来への志向に合わせて講義が組まれ、時にマン・ツー・マンで指導が行われる。
中でも、経営学は必須科目として、全生徒に教えられていた。

経済界、政界、スポーツ界、どんな分野に進もうと、各界のトップランナーとなるからには、経営学的視点が欠かせないとの学園創立の理念に基づくものだ。



箱根学園に着いた花は、まず、職員室に赴き挨拶をした。
すると、これから担任となる教師が花に声を掛けた。優しそうな初老の男性教員だった。

毎年クラス替えをするから、転校生でも心配いらないこと、クラスの人数や学校の概要、授業のカリキュラムは、これからのカウンセリングで決めていくことなどを説明し、教室に向かう。

すぐに席替えをするから適当に席に着くよう話し、花を教室に入れた。



花が教室に入ると、新しいクラスに興奮ぎみの生徒達は固まっておしゃべりをし、緊張の面持ちの生徒達は思い思いの席に座っていた。

「お!花来たな!」

花を見つけた隼人は、手を引いて花を自分の隣の席に座らせた。

「良かったな!一緒のクラスになったな!」
「うん、嬉しい!これからもよろしくね」

すると、教壇に立った担任が自分の紹介のあと、生徒達に点呼を兼ねて自己紹介をさせた。

「荒北ア靖友でーす。自転車競技部、以上!」

面倒クサそうに自己紹介した、なんだか怖そうな顔をした男子生徒の次は花の番だった。

「転校してきました、一条花です。去年は1年間、家の都合でイギリスにい ました。皆さんと仲良くなれるよう頑張りますので、よろしくお願いします」

花はそう自己紹介をした。

めいめいが簡単に自己紹介をしていく。

「オレは新開隼人。特技というか、好きなことは食べること。オレも自転車競技部なんで、食べモンの差し入れは大歓迎だ。よろしくな」

隼人が自己の紹介なんだか、食べ物の募集活動なんだか、分からない自己紹介をすると、女子生徒から歓声があがった。






『花が同じクラスで良かったな。あと、靖友と尽八も同じクラスか』

隼人は、これからの学園生活が楽しくて堪らなかった。

『だけどな、尽八を花の側には置きたくないな』

東堂尽八と荒北靖友は、隼人とおなじ部活に入っている仲間で、別のクラスになった福富寿一と共に、自転車競技部の2年生では主要メンバーだ。
四人共に学生寮に居住して、部活に明け暮れ、朝練から夜、寮に帰ったあとまで、共に過ごす時間が長い。

花がハコガクに転校してきたからには、隼人は花ともできるだけ共に過ごしたい。

『尽八はああ見えて、実際に女子にすごくもてる。それに、奴は気に入ったものに対しては、しつこい』

思春期を過ぎた頃から、つぼみが花開く如く、年々可憐さを増していく自分の幼なじみにとって、学年一もてる尽八は危険人物かもしれない。

自己紹介で、大声で自分の美形ぶりをアピールする尽八を見ながら、隼人は思っていた。



東堂尽八はモテる男だ。そしてそれ以上に自意識過剰な奴である。

このクラスに、女子で、まだ自分を知らない転校生がいるのであれば、自分をアピールしなければならない。と当然の義務のように思える。

『先ほどの、自分の自己紹介は完璧だったが、転校生にとっては誰もが初対面のハズなので、ここは是非とも直接話しをせねばなるまい。彼女の顔もまだ良く拝見できていないし』
そんなことを考えている。


HR では、席替えが行われ、とりあえずの間、席順はあいうえお順となった。
始業式の今日は、HR が終わったので帰宅して良いことになっている。

生徒達が席を発つと、尽八はまっすぐに転校生の元へと足をむけた。




「一条さんと言ったかね。オレは東堂尽八、クラスメイトになったのだからよろしく頼む」

ハイテンションで握手のために右手を差し出し、彼女の顔を見た尽八は、瞬間的に固まったが、すぐに早口でまくし立てた。

「か、かわいい!友達になってくれ!連絡先を交換しようではないか。一条さんはどこに住んでいるのかね?」

「東堂ウゼぇ」

突然、テンションの高い男が目の前に現れたことに、花が面食らっていると、花の前の席となった荒北が振り返った。

「なにぃ?ウザくはないだろう。ただ、新しいクラスメイトに挨拶をしただけだ」
「ったく、一番前の席にされてブルーだってのにヨ、これから一年おんなじクラスでウザいトークを聞かなきゃなんねーなんて、ついてなさすぎダロ?」

『口喧嘩を始めてしまった』と思っていると、隼人が、尽八と花の間に体を滑り込ませてきた。

「尽八、靖友、早く部活に行こうぜ!今日は早く来いって先輩からも言われてただろ」

「あぁ、わかってル」
「そうだったな、では一条さん。挨拶はまた明日改めてしようではないか」

「部活終わったら、電話するからな!今日は初日だから早く帰れよ!」
「うん。隼人くん、部活頑張ってね」



「……新開、彼女と知り合いだったのか?」
「ああ。ま、行きながら話そうぜ」



自転車競技部の3人が行ってしまうと、今度は何人かの女子生徒が花のそばに寄ってきた。

「一条さん。新開くんと友達なの?」
「イギリスに住んでいたの?英語ペラペラ?」

転校生に興味津々で、口々に話しかけてくる。
結局、1時間もおしゃべりをし、花は、転校初日でたくさんの友達を作ることができた。

これから、楽しい学園生活をおくれそうだ。



* * * * *



「人魚姫の王子は、どうして本当の命の恩人に気付かず、別の姫を選んだのだろうか?」
「はあ?東堂お前エ、頭わいてんじゃネーノ?落車ンとき、頭も打ったかあ?」
「頭は正常だ。オレは真剣に悩んでいるのだよ。」

謎の言葉を呟く東堂に、自転車競技部の部室に、荒北の罵声が響いた。
だが、尽八は助けてくれた少女に会いたいと、あの日以来想い煩っていた。




「新開。東堂に、命の恩人は一条だと教えてやらんのか?」
「いや、わざわざ教えなくてもその内分かるだろ」

部室の隅では、福富と隼人が話していた。

「それよりさ〜、さっきの話!新開って花チャンの知り合いなのォ?」
「一条は新開の幼なじみだ!」

荒北が新開に話し掛けると、代わりに福富が答えた。

「福ちゃんも知ってンの?」
「ああ」
「アイツとは、赤ん坊の時から家族ぐるみの付き合いで、オレの妹みたいなもんだ。話し掛ける時はオレの許可を取ってくれよな!」

隼人はふざけた調子で言った。

「なにぃ?!」

尽八と荒北がハモった。



『…ホントは、お前らに話し掛けて欲しくないけどな』

隼人の心の声は誰にも聞こえなかった。



つづき→《 3 美術の時間

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