砂糖菓子の恋
□13 てんびん
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「ねぇ、花ちゃん、この問題難しい!解けないよ!」
「どこ?あぁ、これはね!こうして、こうやれば答えがでるの」
花は夏休みの残りを、軽井沢で過ごしていた。
「じゃあ悠人くん、次の問題解けたらお茶にしようか?」
暑い都会の夏を避けて避暑地で過ごす。毎年の恒例だ。
今年は大学受験を控えた高校3年生、勉強にも力が入る。
隼人の弟・悠人もちょうど中学3年生、彼が勉強をサボらないよう、花は一緒に勉強し教えてあげている。
「おなかが空いて集中できないよ〜!」
3つ年下の悠人は駄々をこねてみせる。
「そんなんじゃ、来年、箱根学園受からないわよ」
「え〜っ?ひど〜い!」
「ほら!あとちょっと!」
白樺の木立から、木漏れ日とやわらかい風が降り注ぐ。ここは普段の日常から少し離れた空間だ。
「う〜ん。この問題頑張ったら、あとでサイクリング付き合ってくれる?」
「え?悠人くん、私自転車遅いし、坂登れないの知ってるでしょ?」
「もちろん、花ちゃんのペースでゆっくり走るし!お散歩がてらにさ………あ!隼人くん!やっと来た、遅かったね!」
花と悠人より数日遅れて軽井沢に到着した隼人は、二人に笑顔を見せた。
「勉強してるのか?偉いぞ!二人とも!」
「ううん、悠人くんにあと一問解けたら休憩にしようって言ったのに、ごねられてたところ」
「花ちゃん、隼人くんにチクんないでよ!」
「もう、勉強嫌いなところは兄弟で似ているんだから」
「ヒュウ!言われちまったな」
三人で顔を見合わせて笑った。
「それで結局、花ちゃん家のおじさんもおばさんも、今年の夏はここに来れないんだって」
「そっか。ウチもやっぱり来ないしな」
「だからオレ、ボディーガードがわりに花ちゃん家の方の別荘に寝泊まりしてるわけ」
花がティータイムの準備をしている間、新開兄弟はテーブルで話をしていた。ボディーガードがわりと自慢気に語る悠人は、まだまだ成長途上のほっそり体型で、とても防犯の役に立つようには見えない。
「でもさ、ウチの別荘に悠人が泊まるの、岩崎さん楽しみにしてるだろ?こっちに来てるのバレたらガッカリすんだろうな!」
新開家の別荘は、この一条家の別荘から程近いところに立っている。
新開家の別荘の管理人をやっている岩崎さんは年配の夫婦で、隼人と悠人の来訪を毎年大歓迎で迎えてくれる。
「隼人くん、もう岩崎さんに会った?」
「ああ。さっき荷物置いてきたからな」
特に弟の悠人は岩崎のおばさんのお気に入りで、いつも好物をたくさん作ってくれていた。
「なに話してるの?」
花がお盆を持ってあらわれると、新開兄弟の瞳が輝いた。
「悠人がウチの別荘に泊まるかどうかの話。このケーキ、スゲェうまそうだな!」
「さっきケーキ屋さんが届けてくれたザッハトルテよ。二人ともチョコレート好きでしょ?」
悠人が待ちきれずにケーキに手を伸ばすと、花はニッコリしてフォークを手渡した。
「すごく美味しいよ!」
ガッついて食べる悠人を横目に、隼人と花もケーキを食べ始めた。
「本当に美味しいな!」
「もうひときれ、食べてイイ?」
「どうぞ。隼人くんも食べるでしょ?」
大食漢の新開兄弟のため、花はいつも多目に用意しているのだ。
「ありがとな。ほうら、うさ吉もたくさん食べろよ」
隼人は膝の上にウサギを乗せ、片手で菜っぱをやりながら、もう片方の手でフォークを握っていた。
「うさ吉、ずいぶん大きくなったわ。すっかり大人よね」
夏休みの間、うさ吉はずっと花が面倒をみていて、軽井沢にも連れてきていた。
「ねぇ、いままでは気にしたことなかったんだけど、うさ吉って男の子かな?女の子かな?大人になったから、きっとそろそろパートナー欲しいよね?」
「うさ吉は男だよ。そうだな、パートナー欲しいよな」
隼人はフォークを食わえたまま微笑んだ。
「そうだ。花、そこのバック取ってくれ。そう、それ。サンキュ!ほらコレ………」
隼人はカバンからゴソゴソと携帯電話を取り出し、花に差し出した。
「おめさんのケータイ、先生から返してもらってきたぜ」
「あ、ありがとう」
花の表情に浮かんだわずかな戸惑いを、隼人は見逃さなかった。
「………尽八が」
「えっ?」
「尽八がおめさんに逢いたがってたよ」
「………そう」
花は渡された携帯電話をそのままテーブルに伏せて置いた。