とりかえばや★箱学 2nd

□5 ニヤケる
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新開の心は高揚していた。

久しぶりに逢った尽八は見たところ長らく寝込んでいたとは思えないほど血色が良く、体調はスッカリ戻ったようで安心した。

尽八は今日からは部活の練習にも平常どおり出ると言っている。

走りを見るとまだ本調子ではないようにも見え、走りに若干のふらつきや、集団走行では前の奴にピッタリくっついて走るなどの基本動作に鈍さが伺えるが、そんなのは一時的なものだろう。

だが、なぜだろう?
新開は尽八が自分と目を合わせようとしないのが腑に落ちなかった。


「テメェ、新開、こっちは山へ行くコースだロ?なんで、スプリンターのお前が来ンだヨォ?」


尽八の後ろ姿を追いかけながら走っていた新開は、不機嫌そうな荒北に話し掛けられた。


「なんか、ニタニタにやけ面さらしてて、キモいンだけドォ」

「ヒドいな、靖友、普通に走ってるだけだろ?まっ、たまには登りも鍛えないとな」


にやけ面と言われ、顔の口角が上がっていることに気付き、新開は自分の頬を引っ張り真顔に戻した。



夏休み前、マトモに自転車で走ることも出来なかった新開は、尽八に誉めてほしくて努力を重ね、今では先頭でなければ普通の速度で走れるまでに回復し、部活もサボらず毎日練習に参加している。


「ったくヨォ、新開が普通に走れるようになったと思ったら、今度は福ちゃんが謹慎喰らっちまって、あんな状態で……どいつもこいつも心配かけやがって!……あぁ〜!頭イテェ!
おい!東堂!何やってンだ!前の奴から離れすぎだ!それじゃ、すぐにチギれンだロ!」


イライラを吐き出すかのように、荒北は前を走る尽八に怒鳴った。


「荒北、分かってはいるのだが、前が急に停まったらと思うとつい」

「ビビってンじゃネェ!タイヤがくっつくくらい前に近付いて走らネェと空気抵抗が減らネェだロ!」

「うぉ、やめろ!危ないではないか!タイヤをぶつけてくるな!」

「ケッ、真後ろからぶつけたくらいじゃ落車しね〜ヨ」


相変わらず、荒北と尽八は騒がしく言い争いを始め、新開はそれを眺めながら目を細めた。

これで福富がいれば元通りなのだが。




インターハイ広島大会のあとから、福富は一度も部活に出ていない。インハイは8月の頭だったから、もう1ヶ月になる。

荒北に負けず劣らず新開も福富についてとても心配していたが、今の自分ではあまり力になれそうもない。己が為すべきこと、つまり通常の練習をするしかなかった。



「おい靖友、やめてやれよ。尽八は病み上がりなんだからさ」

「いーんだヨ!コイツにはこれくらい言わネェと、元の走りに早く戻れネェんだからさ!」

「クッ、荒北!オレをナメるな!」


脱兎の如く飛び出した尽八は、そのまま先頭に立ち集団を速いペースで引き始めた、とその途端、集団のペースが乱れ、ついていけない者が出始める。


「こらぁ!東堂、後ろを見やがれ!これはトレインの練習なんだカラァ、後ろをチギんじゃネェ!」


荒北の怒号に後輩達が肩を震わせるのを見て、新開はまた笑みをこぼした。

練習が終わったら尽八と話す時間が取れるだろう。とっとと時間が経たないかな?早く尽八を抱き締めたい。
新開はそんな風に想いながら、集団を追いかけ続けた。



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