とりかえばや★箱学 2nd
□4 ウサギ小屋
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放課後、天は一人、中庭にいた。
今までだったら、放課後は真っ直ぐ部室に向かい、自転車三昧だったのだが、これからは、そうもいかない。
尽八は荒北と共に30分ほど前に部活に行った。この時間なら、中庭に来ても誰にも見咎められることはないだろう。
うさ吉に夏休みの間、ずっと会いに来ることができなかった。猛暑の中、元気にしていただろうか?
新開が飼っているウサギを天も可愛がっていたため、気になって、新開とかち合わない時間を見計らって様子を見にきたのだ。
家から持ってきた、保冷容器に入れたとっておきの野菜を片手に天はウサギ小屋に近付いた。
と、ウサギ小屋の中でうずくまっている男の姿がある。天は驚いてそのまま帰ろうとした。
だが、あの髮の色、あれは新開ではない。金髪の……。
「フク?……ってなんでこの時間にここにいる?」
すると天の小さなつぶやきを捉えた福富がしゃがんだまま、頭を上げ、振り返った。
福富寿一は自転車競技部の2年生の中で、唯一今年のインターハイに出たほどの実力者で、人一倍真面目で練習熱心な男だ。天が知っている限り、一度も部活を休んだことはない。
なのに、部活がとっくに始まっているこの時間に、ジャージに着替えもせず、制服のまま、俯いてウサギをなでているなんて。
「お前は確か東堂の」
福富に話し掛けられた天は、答えるべきか寸の間俊巡した。福富は『東堂尽八』を良く知っている。だが、自分がその『東堂尽八』だったことを知られるわけにはいかないのだ。
だが福富の様子がいつもと違うことが気になって天は足を止めた。
「福富……くん、どうしてここにいる……いるの?部活は?」
「ああ、やはり東堂の妹か。……お前はなぜここに来た?」
福富は質問に答えず、逆に天に尋ねた。
「うさ吉に餌をやりに……」
天がそう言うと、福富はしゃがんでいる位置をわずかにずらし、うさ吉の正面を空けてくれた。
仕方なく、天も福富の隣に座り、タッパーを開けてうさ吉に野菜をやりだせば、福富はまたうつむき加減で黙ったままうさ吉を見つめていた。
うさ吉は夏休みの間に、また一回り成長したようで、天が差し出す野菜を元気に食べる様子に天の顔もほころんだ。
「元気にしてたみたいだな、うさ吉。毎日ちゃんと食べてたか?」
おかしい、福富寿一からいつもの他人を威圧するようなオーラが全く感じられない。福富とは1年半、部活の仲間として毎日共に過ごしてきた間柄なのに、こんなことは初めてだ。
隣の福富が気になりながらも、天はウサギをなでた。
今年のインターハイでも、ハコガクは優勝を飾ったと、荒北からは聞いていた。その栄えある勝利メンバーの一員だった福富。
彼が練習をサボるなどあまり考えられない。天は声を掛けずにはいられなかった。
「フク、富くん、部活はもう始まっているんでしょ?行かなくていいの?」
「……いいんだ。オレは」
「今日から尽八も部活に復帰するんだ。だから部活の皆にしばらく迷惑かけるかもしれないけど、よろしく……って、フク、お前なんで泣いてるんだ?」
まじまじと福富の顔を見た天は、福富の目に涙が浮かんでいることに気付いてしまった。
「オレは泣いてなど……いない」
天から涙が出ていることを指摘された福富は、それが契機となって、ポロポロと涙をこぼした。
「……フク、涙などお前らしくないな。どうしたというのだ?オレで良ければ話を聞くぞ!なあ、話してみないか?」
「フッ、お前の名前は確か、東堂……天だったな、その口調、お前の兄貴そっくりだな。オレらしくないとは、まるでオレのことを良く知っているみたいだ」
福富の涙に、自分の今の状況を忘れてしまった天は、尽八を演っていた時の調子で喋ってしまい、それを聞いた福富が口の端で笑った。天の口調に毒気を抜かれたようだった。
「フクが笑った……。泣くのも珍しいが。……いや、福富くん、あのね、あの、自転車部のみんなのことは尽八から良く聞いているもんだから、つい」
天が焦る様を見て、福富は柔らかく微笑んだ。
「……もうオレはロードレースを続けられないかもしれん」
そう呟いた福富の笑顔は淋しそうで、チームメイトには決して見せない表情だと、天は思った。
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