とりかえばや★箱学 2nd
□2 帰宅
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「お父さん、お母さん、心配かけてごめんなさい」
尽八と共に久方ぶりに帰宅した天は、両親の前で三つ指を付いて深々と頭を下げた。
「天、尽八、やっと帰ってきたわね。お父さんったら心配で心配で、毎日神社に二人の無事をお祈りに行ってたんだから」
「お母さん、無事に二人とも元気で帰ってきたんだ。そんな話はいいよ。それにしても二人の格好はどうしたことだろう。天が女の子の格好をするなんて、お父さん、夢を見ているようだよ。尽八もスカート履くのはやめたのか?少しは逞しくなったみたいじゃないか!」
両親は二人の帰宅を喜び、とりわけお父さんは二人を見て感動のあまり涙を流した。
「こんな日が来るなんて!何度神様にお願いしたことだろう」
男勝りが過ぎて完全に男をやってきた愛娘に、このままでは嫁の貰い手がなくなると心配していたが、今の天はなんと愛らしい娘に見えることか!
人見知りが激しいあまり他人とちゃんと顔を合わせることも出来なかった息子を、女装ばかりして、こんなんでは旅館の跡取りどころか、まともに生きていけるか心底心配していたが、今の尽八はちゃんと普通の男子高校生に見えるではないか!
「お父さん、これからはもう、入れ替わりはやめるから」
「うんうん、それがいい、それがいい」
「ところで二人とも部活はどうするの?夏休みの間に、尽八のお友達の新開くんが何度かお見舞いに来てくれたわよ。もちろん、言われたとおり二人とも寝込んでいるからって帰ってもらったけど」
お母さんの言葉に、天と尽八は顔を見合わせた。
この入れ替わりを成功させるために、最難関となるのが天の秘密の恋人だった新開隼人だ。
尽八は新開隼人のことはあまり知らないものの、これまでの経緯からあまり良い印象を持っていなかった。
だから『東堂尽八』であった天の存在はひた隠しにするつもりである。
女だった『東堂尽八』が男になったのを新開がいぶかしがろうとも、それはそれ、『東堂天』はずっと変わらず『東堂天』だと思わせるのだ。
周囲は二人が入れ替わっていることなど夢にも思っていなかったのだから、尽八さえ上手くやれば、新開が何か言ったとしても周りは取り合わないだろう。
両親が仕事に戻ると、二人は明日からの通学の準備を始めた。
「いよいよ明日から2学期だね。緊張するな。はい、これが天の制服だよ。あと、天のカチューシャは全部持ってきて!これからは『オレ』が付けるから!」
「ふん、偉そうに。あのカチューシャ達はオレが大事に集めたのだぞ!……それよりも、なんだ!尽八そのすね毛は!」
「ええっ?すね毛?」
姉の天に言われて、尽八は自分の足を見やった。人並みにすね毛は生えているが……。
「お前はこれから、伝統ある自転車競技部の輝かしい部員の一人になるのだぞ!ムダ毛など剃って綺麗にツルツルにしておかねば!部員ですね毛など生やしているものは、メカニックとマネージャーくらいだぞぉぉ!」
ロードレーサーはすね毛がないものなのだ。
これまで、制服のスカートの下に膝丈のハイソックスを履いていた尽八は、男がすね毛を剃らねばならないとは、一度も考えたことがなく当惑した。
男の世界、自転車の世界では、今までの常識が通じないのだ。知らない世界に入るのが……怖い。
「尽八!バカ面を晒すな!早くすね毛を剃ってこい!……いいか尽八!約束どおりお前には山神の名は譲ろう。だがな、女子人気ナンバーワンの座は譲らぬからな!!!」
姉が言っている言葉も理解出来ない。
「ハァァァァ」
「ほら!ため息などつくな!常に胸を張っておれ!お前は東堂尽八なのだからな!」
尽八は明日からの日々を想い、頭を抱えるのだった。
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