とりかえばや★箱学 2nd

□1 入れ替わり
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入れ替わりを決めた東堂きょうだいは、夏休みの間中、巻島家に居候をして、日夜、入れ替わりを完璧にするための特訓をした。

お互いの口調、行動、表情を真似るのだ。


「いいか、尽八、絶対に人前でメソメソしてはならんぞ!常に胸を張るのだ。東堂尽八という男は美しさとあまたの才を神から授かった、そう、天才なのだからな!」

「うん分かってる。天はその偉そうな態度を見せたらダメだな。それに声が大きすぎるよ。もっと小声で喋らなきゃ」

「天をやるのは難しくないな。どうせ今まで目立たず生きてきたのだからな!あまり話さなければ別人だとバレないだろう。問題は人気者の尽八だ」

「ああ、頑張るよ。尽八の口調も馴れてきたし。ファンの子達を失望はさせないよ」


お互いの身の上に起きた様々な事柄も詳細に話し合い、頭に入れていく。


「オレは尽八のように上手に琴は弾けないが、琴の部活はやらねばいけないのだろうか?」

「それは天が決めればいいよ。でも、天だってやろうと思えばすぐに天も上手くなるだろう?それより、自転車競技部だよ。いくら外見が似てても上手くやれるか自信がない……」

「大丈夫だ!尽八はオレと基本的なスペックは同じだからな。あとは練習量と意思の強さの問題だ。いいか、常に賞賛に包まれている自分を想像するのだ!女子の歓声は気持ち良かっただろう」


天は尽八が自転車競技部で問題なくやっていけるよう、尽八に厳しい練習を課し鍛えた。
尽八はといえば、自転車の神に天同様愛されているのだろう、練習を苦とも思わず、キツい練習にもめげず、ロードレースの世界に次第にのめり込んでいった。




「巻ちゃん、世話になった。ありがとう!」
「巻ちゃん、今度逢うときはレースだな。次は全力で戦ってくれ!期待しているぞ!」


夏休みも終わりを告げ、東堂きょうだいが箱根に戻る時が来た。かしましく口々に巻島に別れを告げる。


「まあ、二人とも頑張るっショ。ところで天の方はもうレースには出てこないつもりか?」


巻島は少し淋しそうだった。天の実力を認めていたので、女の子であるという事実ゆえにこれからレースで戦えないことが残念であったのだ。


「オレは……これからレースに出るかは考えあぐねている。巻ちゃんと同じレースに出たとしても、女子はカテゴリーが違うから競えないからな」

「そうか、でもまた一緒に走ろうぜ!待ってるっショ」

「ありがとう巻ちゃん。巻ちゃんは永遠に善き友だな」

「なあ、餞別にこれやるっショ。オレ、同じ様なのいくつか持っているから」


巻島は自分が普段身に付けている金のネックレスを差し出した。天への心ばかりの気遣いだった。

尽八がよく身に付けている金のネックレスは元はといえば巻島の身に付けていたものを真似て天が身に付けるようになったものだった。今は『尽八』の名と共に弟が身に付けるようになっていたのだ。


「ありがとう巻ちゃん!大事にする」


嬉しそうに天はネックレスを受け取った。


「いや、お前、なんでネックレスをキタナイものみたいにつまんでいるっショ?」

「気にしないでくれ!ちょっと、巻ちゃんが今の今まで身に付けていたものかと思ったら、汗などが付着しているだろうから洗いたくなってな!」

「なっ?いきなり洗うのかよ」


巻島は苦笑するも、天の幸せそうな顔を微笑ましく思った。


「巻ちゃん!天へ餞別をあげるのはいいのだが、オレにはなにかないのか?」

「野郎には餞別はナイっショ」

「なにぃ!巻ちゃん、それは贔屓ではないか!」


色々うるさくて失礼なきょうだいである。同じ口調で喋れば巻島のうんざりも2倍だった。


「それにしても、よくよくお前らを比べると、男の方が身長が高いのな」

「尽八は成長期だからな、女のオレはもう身長は伸びていないから、これからはもっと差が出る」


そう、尽八はこの1年で10センチも身長が伸びていた。そろそろ、きょうだいで見間違えられることもなくなるだろう。それはきょうだいの入れ替わりを決める上でも重要なことだった。

他人に気付かれず入れ替わりを成功させなければならない。それにはギリギリのタイムリミットでもあったのだ。


「さらばだ巻ちゃん!また電話する」

「巻ちゃん!オレからも電話する!ではまたな!」


夏休みの間、巻島に散々世話を焼かせた双子は、ようやく、騒々しく箱根に帰って行った。



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