とりかえばや★箱学
□1 美形姉弟
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昔々、といってもそれほどの昔ではなく、10年ひとむかしと言うので、ふたむかし前までいかないくらいの昔のこと………、
箱根でも指折りの老舗温泉旅館のあるじ夫婦に待望のお子が産まれた。
それは、女の子と男の子の双子の姉弟で、輝くほどに美しく、両親からの愛情を受けて、二人ともすくすくと、実に愛らしく成長していった。
「尽八〜!早くこ〜い!もたもたするな!早く行かないと夕飯の時間に間に合わず、母さんの怒りをかってしまうではないか!」
元気良く、大声で叫んでいるのは一見男の子に見える女の子。東堂天。
「天、ちょっとまって〜。あっ、蝶々だ!綺麗だな〜。ねぇ天、少しだけ蝶々を見ていこうよ」
おっとりと返すのは、まるで女の子のように可愛らしい男の子。東堂尽八。
二人は良く似た外見をしており、身長もほぼ一緒。良くしゃべるところも同じだった。
「はぁ〜、尽八は跡取り息子なんだから、もっと男の子らしくしてくればいいのに。人見知りが激しくおっとりしていて、すぐ泣いてしまう。だけどだれにでも優しく、綺麗なものが大好きだな。
それにひきかえ、女の子の天の竹を割ったようなハッキリした性格。誰とでもすぐ打ち解けられる社交性。
ああ、男女の性格が逆だったらどんなに良かったか!」
二人が物心つく頃から、お父さんはいつもため息をついていた。
「でもあなた、二人とも元気に育ってくれさえすればいいじゃありませんか。
それに、今は男だからとか女だからなんて言うのは古いんじゃないですか?二人の個性を尊重してあげてください」
お母さんは広い心で、二人の成長を見守っていた。
それに、この夫婦は旅館の仕事が忙しく、子育てに専念している暇などなかったので、つい放任してしまうことが多く、お父さんが不満に思う二人の性質は矯正されることもなかった。
保育園に通う頃には、服装の好みまで男女逆になり、姉弟でしょっちゅう服をとりかえっこしてしまう。
小学校に入学した頃からは、東堂姉弟は外で、お互い逆の名前を名乗って過ごすようになっていた。
きっかけは、天が近所のガキから『オトコオンナ』呼ばわりされたこと。
男らしい天が、『尽八』を名乗ればそんなことを言われたりしない。
人見知りが激しい尽八にしても、『天』と呼ばれていれば、可愛い服を着ていても笑われない。
お互い、立場を交換している方が、自分達にとっては都合が良かったのだ。
もちろん、身体検査やプールの時間など、本来の名前に戻らないとおかしな時には、服を交換し素知らぬ顔で過ごすように気をつけていた。
「尽八〜!こないだのヒルクライムレース、また勝ったな!凄かった!」
「ああ、これで三戦三勝だ。オレは山に愛されているのかもしれんな!ハッハッハ」
中学校時代、尽八(女)は友人の影響でロードバイクに乗るようになったが、その頃には、すっかり本来の名前とは違う名前で呼ばれる方が自然になってしまい、家族以外は誰も男女が入れ替わって生活しているなどとは思わないようになっていた。
一方の天(男)は、いつも恥ずかしがっていて、目立たないようにしているのだ。
「フッ、今日のオレも美しいな!天、お前も美しいぞ!」
「うん、やっぱりそう思うよね」
思春期に入り、自我に目覚め始めると、二人は揃ってナルシストな傾向が出始めた。
そんな二人の子ども達を見て、お父さんはいつもため息をつくのだった。
♀つづき♂ 《 2 箱根学園 》