小噺。

□「鬼灯に成った少年」(未完成)
1ページ/1ページ

「鬼灯に成った少年」

「ねぇ、坊や。もう少し、生きてみたいと想わない?」

天女は怪しく艶かしく微笑み、少年に手を差し出した。


昔々、ある処に男の子が居ました。
男の子の両親は男の子が産まれてすぐに死んでしまいました。
男の子は1人で生きて居ました。
大人達はそんな男の子を召使の様に扱い、虐めました。
それでも男の子は生きて居ました。
ある時、男の子の住む村に雨が降らなくなって、井戸が枯れてしまいました。
大人達は集まって話し合いました。
ある人が言いました。
生贄を捧げれば、神様は雨を降らせてくれるかもしれない。
大人達はそれに賛成しましたが、生贄として誰を捧げるかで口論になりました。
またある人が言いました。
あの子にしよう。あの子なら親も家族も居ないから、哀しむ者は居ないし、あの子1人が居なくなっても、誰も困りはしない。
大人達はそれに賛成しました。
大人達は男の子に雨を降らせる為の生贄にする事を言いました。
男の子は承諾しました。
そして、男の子は神への生贄にされました。
男の子の亡骸は紅い鬼灯になりました。


「…っ…!」
「…縷羅、瞳を逸らさないでちゃんと観なさい。あれが人間です。異物をとことん排除する。犠牲になるのは何時も、弱い立場であるあの子の様な子供よ」

銀髪の幼女は、椅子に座る母親の膝にしがみ付き、鏡に映る惨事から瞳を背けた。
だが母親は容赦無く、幼女の視線を鏡に向けさせ直した。

「…母様…あの子はどうなりますか?」

幼女は声を微かに震わせながら、母親の方を見上げて、訊いた。

「縷羅、貴女の瞳にしっかりと視えている筈です。鬼子母神である貴女がしなくてはいけない事も解っている筈です」

母親の視線は、娘を観ず、唯一点、水面に映る白装束の少年を見続けていた。

彼女等は、未来を書き換える権限を持たない。
故に、今は唯見守る事しか出来ず、手出しをする事は出来ない。

白装束の少年が生贄として死んで逝く様を、唯只、黄泉から見詰める事しか出来ないのだ。




「坊や、強い子ね」
「…何方ですか?」
「ん?私?私はね、鬼子母神の銀梔美よ」
「シヨさんですか?どう言う字ですか?」
「クチナシに美しいで、梔美よ」

「柘榴、食べる?美味しいわよ?」

梔美はそう言って、右手に持っていた真っ紅に熟れて裂けた柘榴の半分を鬼の子に差し出した。

「…頂いても良いのですか?」
「どうぞ。美味しい物は皆で分け合って食べる物よ」
「では、頂きます」




『きゅるるるる〜…』
「!」
『かぁぁあああ…』
「ふふっ。よっぽどお腹が空いてるのね」
『なでなで…』
「ウチにいらっしゃい。御馳走してあげる」
「…」
「否、貴方を喰べる訳じゃないわよ。安心なさい。ちゃんとした食事を食べさせてあげるわ」

「…育ち盛りの男の子が、食事もろくに取れないなんて、自殺行為もいい処だわ…」




「母様ー!」
「あら、縷羅が呼んでるわ」
「母様!」
「どうしたの?縷羅。そんなに急いで」
「…お客様?お邪魔だった?」
「そうね。縷羅の遊び相手にどうかなって」
「…お名前を伺っても宜しいかしら?」
「…鬼灯と、申します…」
「じゃあ、鬼灯兄様で良い?私は縷羅よ」



「ふーん…死んだ人間の躰に鬼火が入って生まれたのね…」
「…」






「縷羅、




「貴方は聡い子ね」



「白澤兄様ー、居るー?」
『しーん…』
「留守かしら…」
「…」
「あれぇ?梔美?縷羅と…誰?」
「白澤兄様!」
『ぎゅっ…』
「ふふっ、逢いたかったわ…」
「…なーんか、裏が在りそうで怖いなぁ…」


「はい、お土産。兄様の好きな花茶とお菓子よ」
「謝謝。上がりなよ。んで、花茶を淹れてくれると嬉しいな」
「喜んで」





「で?御用件は?」
「この子達に貴方の知識を教えてあげて欲しいの」

「こらこら、縷羅。生薬齧らないの。お腹壊したらどうするのさ」
「これ、陳皮でしょ?附子じゃないから大丈夫よ」
「花茶を淹れてあげるから、辞めなさい」
「淹れるの、私なんだけど」

「そう言えば、清華は?」
「ん?母様?母様なら、大焼処に居るんじゃないかしら」
「忙しそう?」
「んー…何か、とある村の事件で、全員を大焼処に堕とす手続きが大変らしいわ」


「縷羅」
「何?白澤兄様」
「その子連れて、散歩しておいで。仙桃も2人で4つまでなら、食べて良いよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「ありがとう、白澤兄様。鬼灯兄様、行きましょ?」



「梔美、そろそろ、仕事に復帰するんでしょ?」
「まぁ、そうね」
「その間、あの子達はどうするつもりなの?」
「…。…連れて行くしか、無いわよね…」
「…書類とか事務的な事だったら良いけどさ…どうすんの?呵責もしなきゃいけないんでしょ?」
「…そこなのよね…」
「…視せたくないんでしょ?」
「…ええ…」
「お前が呵責するのは、子供を殺した人間だけだろうけど、その血の所為で、止められないんでしょ?」
「…」
「その花紋は、“鬼子母神”としての本性を封印する為のモノだ」
「…」
「…

「…私は、どうすれば良いのか、判らないわ…」
『ぎゅっ…』
『なでなで…』
「よしよし…梔美は相変わらず泣き虫だなぁ…」


「良いよ。僕が預かるよ。お前が僕に預けられた時と同じ様に」
「…」
「不服?」
「いえ…唯、あの子達が受け入れるかどうか…」
「縷羅には、視えているんでしょ?」



「ただいま〜!」
「あ、母様!そんな処で寝ると風邪を引きますよ」
「ん〜…?梔美〜、ただいま〜」
「お帰りなさい、母様」
「ふふっ。私の愛しい美しく可愛い娘」
『なでなで…』
「お祖母様、お部屋で寝てください!御風邪を召されては大変です」
「縷羅も心配してくれるの〜?嬉しいわ〜」
『なでなで…』




「ん〜?鳴呼、坊や、今晩は。どう?此処に来て」
「え?え?」
「えぇっと…まぁ、そう言う事よ。私の母様、銀清華が貴方を此処に連れて来た張本人」
「え…あの、天女様ですか?」
「そうよ?元気そうで何よりだわ」


「母様、お話が有ります!」
「なぁに?面白い話?」
「鬼灯ちゃんの事です!」
「鳴呼…その話?」

清華の瞳から、何時もの巫山戯た気配が消え、瞳が据わった。

「母様は何を仕出かしたんですか?教えてください」
「…貴女、私があの子を保護した事に異論が有るの?」
「いいえ、異論は有りません。寧ろ、賛成です」
「じゃあ、何?」
「母様、私は、“鬼灯に成った少年”の話の続きが聴きたいの」
「“少年”の話はお終いよ」
「私は、少年亡き後の“村”の話を聴きたいの」
「…。…良いわ。聴かせてあげるわ、梔美。だから、寝ないでね?」
「寝ませんよ」

清華は途切れた絲を絡め取り、繋げる様に、物語の続きを静かに語り始めた。

「そうね…、あれは、丁と言う少年が生贄として、神に捧げられ、死んだ後、その躰に鬼火が入り、鬼となり、木霊ちゃんに黄泉に連れて行かれた後…。私は、雲の隙間から、下界を見下ろしていたの…」
「…」

丁が居た村では丁の亡骸が消えたと言って話題に成っていたけど、それは神が生贄を受け取ったと言う解釈で収まったわ。
だけど、亡骸が無くなった後も暫く雨が降らなくて、その村の人間はまた新しい生贄を捧げる為に、次の生贄を誰にするかで揉めてたの。

だから、私が天女の姿で下界に降りて、雨を降らせようとしたの。

「…降らせてあげましょうか?雨」
「お願いします‼︎」
「血の雨で良ければ」
『ニコッ』

今想えば、ちょっと大人気ない事をしたと想ってる。
だけど、間違いでは無い筈よ。

生贄にされるのは大抵、幼子か若い処女よ。
大人の男性は祈るだけで他人事。
自分の子が生贄に選ばれようものなら、全力で拒絶。




「…孤児だからって、幼子を生贄にした事、後悔させてあげるわ…」



「そんなに雨が降って欲しいのなら、嫌と言う程、洪水になるくらいまで、降らせてあげます」








「男の子も女の子も、悪戯っ子の方が元気そうで、私は好きよ?だから、余程、非人道的な事と高頻度に成らない限り、私は怒るつもりは無いわ。まぁ、折を観て、叱りはするだろうけど」
「…」
「まぁ、貴女は私の所為で、少し良い娘過ぎたわね」




「…恨みなぞ有りません…」
『すっ…』
『ニコッ』
「嘘なんて、吐かなくて良いのよ?私には、嘘なんて通用しないわよ?」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ