*夢――雨降り貴婦人

(前略)...


. . . 時に自身が焦燥に駆られ、追い責められてしまったとき、ふと冷静になる瞬間がある。

しかし心音は相変も変わらず警報〈サイレン〉のように鳴り響く。

丁寧に、只管綺麗に、自身に嘘をついてまで書き連ねていた絵空帳〈ニッキチョウ〉も破れ捨て去って、

やっと自我が目覚めてきた頃の事であった。


美しい華美衣装〈パニエ・ドレス〉も。

財と装飾に任せた華美箱〈プレゼント〉も。

すべてが要らぬものだと悟った瞬間に起きた衝動――月の灯りが好く映える夜のことである。 . . .


(中略)


. . . 全てが壊れた世界も同然であった。

気が付けば空は薄ら明るく、しかしまだ陽は出ていない。


だが珍しく雨が降っていた。


――雨は嫌いだ。私〈ワタクシ〉の髪が広がってうねってしまうし、独特の香りは折角の紅茶〈ティー〉を邪魔する。

それでも

それでも、この私〈ワタクシ〉の焦燥と嫌悪に塗れたこの部屋に居るよりは未だ‘まし’だと思えたのだ。

どうせ小一時間程寝れば使用人〈メイド〉が数人で片付けるであろう。

そして最後には「何があったのだ」と私〈ワタクシ〉の顔色を少し伺いつつ掃除を始めるに違いない。


思い切って外に出た。

何て生臭い匂いなのかしら、と心の中で思う。

しかし何時ものように口には出さなかった。

その雨はまるで私〈ワタクシ〉の罪を全て‛溺れさせてくれる’と。

そう思ったからかもしれない。


然し、絵空帳〈ニッキチョウ〉に書く時のように私〈ワタクシ〉にはどうも虚心性〈ウソツキ〉の気があるらしく、


実際は如何思っていたのか、今では見当もつかない。



           ――『雨降り貴婦人』より

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