*夢――雨降り貴婦人
□1.序章
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『最後のいくさしてみせ奉らん・・・!』
前髪からさらりと分けた長い黒髪、顔は白粉を塗り、口紅を赤く染められているその女は、見事なまでに美しいものだった。
どこか強さを感じさせる声音とその黒い瞳に、劇場内からは感嘆の声が上がる。
舞台横には、『巴御前』と大きく達筆で書かれた文字。
この演目も、もうすぐ終了間近である。
ここは、市内の中でも数少ない大きな劇場。
二ヶ月に一度、市内のはずれにある劇団による公演が行われるのだ。
老人などに限らず、老若男女誰もが訪れるような、少しばかり名の知れた劇団だ。
演目が終わると、盛大な拍手と共に幕が閉じられた。
「いやー、今回もとりあえず無事に終わり何よりだ!」
「ほんとですねえ〜。演技もブレなかったですし!」
「九条サンも結構ハマり役でしたね、『源義仲』!」
舞台裏では先程まできらびやかな衣装につつまれていた役者達が、皆雑話に耽っていた。
ちなみに、『源義仲』とは、今回の演題である『巴御前』を愛妾として仕えさせていた、平安時代の武将である。
この恋人でもない、主人と側近との恋語を描いたのが、今回の演目。
「いやぁ。オレなんかよりも、今回の主役は名前ちゃんだからさ――」
『九条サン』と呼ばれたこの男は、この劇団内では二枚目の男。
演技力は良し、顔も良しとして、少々頂けないのが女好きという性格である。
それでも周囲に女は寄ってくる。
今にも公演中に流れた汗を拭くためのタオルを、我先にどうぞと差し出す女性が群れていた。
そんな瞬間に、その男の口から『名前ちゃん』なんて別の女の名前が出てくるのは、周囲の女性にとっては非常に不愉快なことであった。
「ま、まあ苗字さんの演技もすごかったですけどぉ〜・・・」
「普段何考えてるか分からないし、仏頂面で何か怖くないですか〜」
不平不満が口をついて流れ出る。
しかし煮え切らないような事を口々に言うのは、事実『苗字名前』は悪くない人間であり欠点が見つからないからである。
「あ〜えっと、そうだな、この後皆で飲みに行こうか!今回の公演も大成功〜ってことで」
「え!?行きます行きます!」
「あ、あたしも今日は飲んじゃおっかな〜」
気まずくなった九条が話題を変えると、ホイホイと女達は後からついてきた。
「・・・」
その横を、颯爽と通り抜ける女が1人。
「あ!名前ちゃん!?」
すると、先程まで女達を宥めていた九条は、途端歩く方向をくるりと反転させた。
「この後皆で飲みに行くんだけど、良かったら名前ちゃんもどう?」
女達は途端に顔を曇らせる。
「ああ、すみません。もう仕事の迎えが来てるので」
「あ、そうなの?残念ー」
「それじゃ、お先失礼します」
『名前』という女は、素っ気なく返事を返した。
彼女が真っ先に向かったところは『団体関係者室』。
扉を開けると、そこには一人の男が座っているのであった。
「やぁ」
男は短く挨拶をした。
「こんにちは」
それに、淡々と返事を返した。