真選組血風帖-鎌鼬記-

□霧乃孤月邂逅篇
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夕暮れ時の真選組の屯所に、初老の男がやってきた。
「とあるお方を捜してほしいのです」
男は応対した風谷に言う「その方は将来私の主人になるお方。この時間になっても帰ってきていないのです」
風谷は紅い目を瞬かせた。
「んあ? いなくなって1日も経ってねえんですかィ?」
「いつもは帰るときに連絡をくださり、そして太陽が橙になる前にはご帰宅なさるのです。いくら連絡を取ろうとしても繋がらず…………」
それを聞き、風谷はふーむと顎に手を当てる。
「……反抗期なんじゃねえんですかィ? まだ日も沈まねえし、心配しすぎな気もしやすけど」
だが男は首を振った。
「何か事件に巻き込まれでもしたら一大事でございます! お願いです、若を保護して頂きたい!!」
必死の声に風谷は渋々頷く。
「……分かりやした。んじゃ、今から捜しに行きますんでその人の特徴と行きそうな場所、教えてくだせェ。あとお名前も」


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「霧乃孤月(きりのこづき)。藍色の髪を首の後ろで括ってて、目の色は橙。右の目元には2つの泣きぼくろがあり、左頬には樹木と欠けた月の刺青……か…………」
夕食後、風谷の取ったメモを音読して沖田は屯所の自室で頭を掻いた「随分と特徴の多い奴だな。目撃者 沢山いただろ?」
「ヘイ、それが…………」
「どうした。なんか不自然な点でもあんのか?」
「えぇ、ありまくりなんでさァ」
風谷はかぶき町の地図を広げた。中央の辺りを指差す。
「この辺りにいたと言うのが16時頃、んで、この場所から西に2km先で見たってーのが16時30分頃でさァ」
「人間の平均的な移動速度は1時間に4kmだろ? それのどこが不自然なんでィ」
「問題はこっからですぜ」
風谷は指を東の方へ滑らせる「こっからこっちへ3km行ったところで目撃されたのが、それから5分後なんです」
「3kmを5分で!? ソイツ車じゃなくて徒歩で移動してんだよな!?」
「更に、そっから北に5kmの場所でも同じく5分後に見た人が数人。滅茶苦茶な移動速度でさァ」
「……どうなってやがんでィ…………」
沖田は目を瞬かせた。風谷は霧乃孤月が目撃された場所を順番に指で示す。
「取り敢えず、霧乃孤月さんは橋の近くに出没してやす。理由は分かりやせんが、取り敢えずこれからかぶき町の橋の辺りを捜しまさァ」
その言葉に沖田は頷いた。
「分かった。そんじゃ、近いとこから回ってくか」
「そうですねィ。行きやしょうぜ」
2人は屯所を出発した。



霧が立ち込める夜だった。橋の周りを灯りを持って歩く。夜の川辺には誰もいない。
「ここが最後の橋か」
沖田がポツリと呟く。
「まあ、ここで目撃証言途切れてるんで、いるとしたらここですかね…………」
風谷も首を巡らす。しかしやはり、人影は見えない。
「…………いねえ、ですね…………」
呟き、肩を落とした。
「まあ最近は大きな犯罪は起こってねえけど、やっぱ心配だな…………」
「ただの家出で終わりゃいいんですがねィ…………」
そう言って2人が帰ろうとしたときだった。
どこからか、少年の澄みきった美しく低い歌声が聞こえてきた。歌詞はよく聞き取れないがとても悲しげな旋律を歌っている。
「歌……?」
「一体誰が、何処で…………」
2人が周りを見渡したとき、
「あ!!」
風谷が声を上げた。橋の反対側を指差す。
霧の中にぼんやりと人影が映っていた。歌声もそちらの方から聞こえてくる。
「話を聞いてみやしょう!」
沖田と風谷が走っていく。
しかし橋を渡りきる前に歌声は止み、それと同時に人影も霧に閉ざされて見えなくなった。
「行っちまった……!?」
その後も2人は川原とその近くを捜したが、遂に歌を歌っていた人物を見つけることはできなかった。


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次の日の朝、沖田と風谷はもう1度橋を巡っていた。今いるのは、最初の目撃情報があった橋の近くだ。
「ここにいなかったらお手上げだな」
「ですね…………結局昨日歌が聞こえてきた橋にももう誰もいやせんでしたし」
2人同時にため息をつく。
諦めかけていた、そのときだった。
昨日聞こえたあの歌が流れてきた。今度は歌詞も聞き取れる。

「♪〜月夜のもと 大樹の温もりで眠る君 私は霧の中で目覚めのときを待つ」

その歌は明るい曲調のはずなのに、何故かやはり物悲しく感じられる。
「そーご! これ、昨日の歌と同じ……!」
「ああ! きっと近くに――」
「あ! いやした!!」
風谷が指で示した先――橋の真ん中。
そこには欄干に頬杖をつき、歌を口ずさむ少年の姿があった。
首の後ろで結ばれた濃い青の髪。そして、左頬に掘られている細かい模様。
「あの人か!」
「多分間違いありやせん! 行きやしょうや!!」
2人は橋に向かって駆け出した。



「♪〜ずっとずっと待っていた 君の確かな温もりを――」
ほんの少し早く少年のところに着いた風谷が声を掛ける。
「気持ちよく歌ってるとこ失礼しやすぜ」
少年はくるりと振り返る。遠くからでは確認できなかった右の目元の縦に並んだ泣きぼくろ、そして橙の瞳。風谷は確信を持って言った。
「アナタが、霧乃孤月さんですねィ?」
すると少年は思い切り眉をひそめた。
「いきなり何? 人に名前を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
鋭い語気に風谷は思わず詰まる。
「うッ……こ、これァ失礼しやした。俺ァ真選組一番隊副隊長・風谷瑛莉。こちらはーー」
「真選組一番隊隊長・沖田総悟でさァ」
「霧乃孤月さん、アナタを保護させて頂きやす」
警察手帳を見せる2人を見て、孤月は表情を緩めて困ったように笑うと欄干に寄り掛かった。
「あーあ、とうとう見つかっちゃったかーていうか警察だったんだー」
「保護者の爺さんが心配してやす。屯所まで来てくだせェ」
風谷の言葉に孤月は空を仰いだ。
「まあ、それが爺の役目だからなー。仕方ない。いいよ、行く」
「ありがとうごぜえやす。こっちでさァ」
屯所へと帰ろうとする2人を孤月は呼び止めた。
「でも、ちょっと待って!」
「んあ?」
「どうしたィ?」
振り返る2人を上目遣いに見上げる。
「帰る前にどうしても行きたいところがあるんだ。付き合ってくれない?」
「行きたいところ?」
2人は声を揃えて繰り返す。孤月は頷いた。
「お願いだよ、行ったらちゃんと帰るから」
沖田と風谷は同時に肩を竦める。
「今、保護者の方へ連絡しまさァ。一応訊いてみやすが駄目って言われたら駄目ですぜ」
そう言って携帯電話を取り出した風谷を孤月は慌てて止めた。
「爺には連絡しないで! 絶対連れ戻されちゃうから…………折角外に出られたのに、また外出禁止令出ちゃう…………」
俯いて肩を震わせる。手拭いで目元を拭いた。
「捜すのに時間掛かったことにしてくれない……?」
孤月の言葉に顔を見合わせると、2人は困ったように渋々首を縦に振った。
「終わったら、すぐに帰りますぜ」
「泣かれちゃあ駄目なんて言えねえや」
それを聞いた瞬間孤月は顔を輝かせた。
「やった! ありがとう!!」
「んあ……? さっきまで泣いてやせんでした……?」
「あっはは! 警察がこんな芝居に騙されちゃ世も末じゃん!」
「んあ"?!」
孤月の放った言葉に2人は額に青筋を浮かべる。
「ま、そうと決まれば行こう!! こっちこっち!!」
孤月は手招きをして歩き出す。それを追い掛けながら顔を見合わせ、同時に言った。
「……アイツ生意気!」


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一行はかぶき町を歩いていた。
「んで、一体何処行くんです? 孤月さん」
風谷は頭の後ろで手を組んで問う。孤月はニヤッと笑って振り返った。
「頭使って考えてみたらー?」
「いやいやいやいや、会ったばっかで分かるワケねえですし、俺ら任務に背いてこうして一緒にいるワケですから。俺らはアンタの動向を知らなきゃなんねえんです。とにかく教えなせェ」
風谷に言われ、孤月は面倒そうに言い放つ。
「そんなの僕の知ったことじゃないね」
「…………そうですか、分かりやした。そっちがその気なら、もう保護者の方に連絡して一緒に帰ってもらいま――」
「あー駄目! 分かった、教えるよ! 僕は甘味処に行きたいんだ。ちょっと食べたいものがあってさ」
「甘味処ですか。お目当ての店でもあんですかィ?」
「まあね。でさ――」
孤月が何かを言いかけたときだった。
「あ、瑛莉さーん! こんちわっすー!!」
明るい声が聞こえてきた。そちらに目を向ける。
「あ! 永遠(とわ)じゃねえですかィ! こんちゃー!!」
泡沫の用心棒・永遠が酒瓶を抱えたまま駆け寄ってきた。
「お久し振りっす、瑛莉さん! 今日は1人じゃないんすね! そちらの方は?」
永遠が沖田を見て首を傾げる。
「真選組一番隊隊長・沖田総悟でィ。アンタが瑛莉の言ってた…………」
沖田はニコリと笑った「土産の茶、美味かったぜ。泡沫さんにも宜しく伝えつくれ」
「はいっす! 総悟さん!!」
沖田に笑い返す永遠に、風谷は問う。
「永遠、修行の方はどうです? あれからしばらく経ちやすけど」
「毎日欠かさず修行してるっすよ! 泡沫さんを護る為にはもっと強くならないといけないっすからね! またお手合わせお願いしたいっす!!」
「えぇ! 合点承知の助でさァ! なんなら今度はそーごと一緒でもいいですぜ!」
その言葉に永遠は目を輝かせた。
「ホントっすか!? やったっす! 強い人たちと戦わなきゃ強くなれないっすから!!」
「いくらかまいたちを無効化できても、俺と瑛莉の2人相手は手強いと思うぜ。しっかり強くなっとけよ。俺も瑛莉に3つの人格使わせた奴と戦ってみてえと思ってたんだ」
「はいっす! そんじゃ近いうち――」
「ねぇ、そこの赤目トリオ」
突然孤月が声を上げた。3人が同時に孤月を見る。
「僕だけ除け者にするのやめてくれない? まあ、1人で勝手に行ってもいいならそのまま話しててもいいけど?」
「赤目トリオ?」
3人は同時に言った。孤月は小さくため息をつく。
「そうだよ、3人とも赤い目でしょ?」
孤月は沖田、永遠、風谷の順に視線を移していく「でも微妙に違う。沖田さんは紅茶のような赤茶、永遠さんは炎のような緋色、風谷さんは血のような紅(くれない)だ」
それを聞いた永遠は顔色を悪くした。
「え……炎はちょっとやめてほしいっす…………」
「なんで? 炎に何かトラウマでもあるの?」
「う、そ、それは…………」
目を泳がせる永遠。その永遠を宥めるように風谷は肩に手を置いた。
「ま、誰にでも怖えモンの1つや2つありやすって。俺だって暗いとこは嫌ですし」
「ふーん。まあいいや。僕はね、赤い目と青い目が好きなんだよ。なんでもいいってワケじゃないけど。このトリオなら血と炎かな」
風谷と永遠を見て孤月が言う。沖田は少し拗ねたような声を出した。
「俺は対象外ってか。にしても、なんで赤目と青目なんだ? 何か理由でも?」
「別に? 好きに理由がないと駄目なワケ?」
「出た! 生意気発言!!」
沖田と風谷が同時に言い、永遠が虚を突かれる。
「随分キツい言い方するんすね…………」
「それより早く行こうよ。僕お腹空いたし。そこの人も一緒に来なよ」
孤月が永遠に声を掛ける。永遠は頷いた。
「ご一緒していいならしたいっす! ちょうど小腹が空いてきたことなんすよ。あと、俺は永遠。『永遠』と書いて『とわ』って読むんす宜しくっす!」
そう言って永遠は照れ臭そうに笑う。
「そ。僕は霧乃孤月。じゃ、行くよ」
言うだけ言って歩き始めた孤月を3人は追った。

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