真選組血風帖-鎌鼬記-

□煉獄関篇
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ある日の就寝前。
「瑛莉」
寝巻きに着替えようとする風谷を沖田が止めた「ちょっと待て」
風谷はキョトンとしつつも素直に手を止める。
「ヘイ。どーしやした? そーご」
「明日は俺たち非番だろ? お前に見せたいモンがある。土方さんたちに見つかるとヤベえから、今から1時間後に出発だ。私服に着替えとけ」
「んあ……? 分かりやした」
頷いて風谷は寝巻きを畳み、私服を取り出した。



屯所を抜け出し、月と街灯が照らす夜道を歩き、薄暗い地下へと入っていく。
「そーご、ここは…………?!」
左右を訝しげに見て風谷が問う。
「何かあったら剣を抜け。ま、もうすぐ着くけど」
「ヘイ…………」
彩姫に手を掛けて風谷は頷く。
沖田の言葉通り、すぐに明るい場所へと出た。そして、
「なッ…………」
沖田に連れられた場所で風谷は言葉を失った。
「ここでは昼夜問わずこんなことが行われてる……俺はなんとかして、ここを潰してえんだ」
沖田が拳を強く握る「けど、ここには幕府が絡んでやがる…………俺らじゃ迂闊に手出しできねえ……!」
「ッ……そーご…………ごめんなせェ…………俺が『血色の風』のときに、1人だったときに、ここの存在を知ってたら…………!」
「瑛莉が気に病むことはねえ。ただ、こういう場所があるってことを知っといてほしかったんだ」
風谷は決意を秘めた紅い瞳を沖田に向けた。
「そーご、俺もそーごとおんなじでさァ。ここを潰してえ。こんなこと、罷り通っていいはずがねえ。力になりやすぜ、そーご。俺にできることあったら何でも言ってくだせェ」
「ああ。ありがとな。胸糞悪ィもの見せちまってすまねえ。日が昇ったら、気晴らしに女子格闘技でも観に行こうぜ」
2人は悔しさを胸にその場所を後にした。


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その日の昼、2人は私服で女子格闘技を観戦していた。だが、その帰りにある人物たちと鉢合わせた。
「……旦那」
万事屋である。
「なんでこんなとこにいんの」
銀時が怪訝そうに言う。沖田と風谷は観客席から下りると歩き出した。
「ここじゃうるせえんで、そこの神社にでも行きやしょうや」
「そこでお話ししますぜ」
スタスタと前を行く2人を万事屋は追い掛けた。
神社に向かいながら、2人は顔を見合わせる。
「…………そーご。もしかして、旦那たちなら…………」
「俺もそう考えてたとこだ。俺たちゃ運がいい」
小声で話す2人。鳥居の下まで来て、足を止めた。
「いやー奇遇ですねィ」
2人は声を揃える。交互に続けた。
「今日は非番でしてね。やることもなかったんで大好きな格闘技を観に来たんでさァ。な、瑛莉」
「しかし旦那方も格闘技がお好きだったとは……意外でしたぜ。ね、そーご」
「俺たちゃ特に女子格闘技が好きでしてね」
「女共が醜い表情で掴み合ってるとこなんて…………」
2人は目を合わせると同時に吹き出した。
「爆笑モンでさァ!!」
「なんつーサディスティックな楽しみ方してんだよ!」
星河が思わずつっこむ。
「……それより旦那、暇ならちょいと付き合いませんか?」
沖田が階段を下り始めた。風谷も続く。
「もっと面白え見世物、見れるとこがあんですがねィ。ま、俺も今日の夜中知ったばっかですけど」
「面白い見世物?」
首を傾げる万事屋たちを振り返って2人は言った。
「まあ、ついてくらァ分りまさァ」



一行は地下深くの寂れた場所に来ていた。
「おいおい何処だよここ。悪の組織のアジトじゃねえのか?」
だるそうに言う銀時。風谷が否定した。
「アジトじゃありやせんぜ、旦那。ここァ裏社会の住人共の社交場でさァ」
「う、裏社会の社交場!?」
新八が驚く。それには何も触れず、沖田と風谷は歩を進める。
「ここでは表の連中は決して目にすることができねえ、面白え見世物が行われてんでさァ」
長い通路を抜け、開けた場所に出た。そこは大勢の人や天人で盛り上がっていた。
「こいつァ……地下闘技場?」

「『煉獄関』…………」

沖田と風谷が同時に口にした言葉。それはこの場所の呼び名だった。
闘技場では1人の侍と鬼の仮面をつけた男が向き合っている。
「ここで行われてんのは」
「正真正銘の」
男たちが駆け出した。それぞれの得物をぶつけ、また駆け出す。
侍が倒れた。

「殺し合いでさァ」

歓声が上がる。司会の声が響いた。
「勝者、鬼道丸!!」
更に歓声が大きくなる。新八が眼鏡の奥の目を瞬かせた。
「こんなことが…………」
「賭け試合か…………」
銀時は冷静に呟いた。
「こんな時代だ。侍は稼ぎ口を探すのも容易じゃねえ」
「命知らずの浪人共が、金欲しさに斬り合いを演じてるワケでさァ」
「真剣での斬り合いなんざ、そう拝めるモンじゃねえですからね」
「そこに賭けまで絡むときちゃあ、そりゃみーんな飛びつきますぜ」
銀時は顔をしかめる。
「趣味のいい見世物だな、おい」
と、いきなり神楽が沖田に、星河が風谷に掴み掛かった。
「胸糞悪いモン見せやがってェェェ!!」
「眠れなくなったらどうしてくれんだコノヤロー!!」
新八も不快感を露わにする。
「明らかに違法じゃないですか。沖田さん風谷さん、アンタたちそれでも役人ですか?」
「だからこそですよ。役人だからこそ、手が出せねえんです」
風谷が星河の手を掴み返して言った。沖田も続ける。
「ここで動く金は莫大だ。残念ながら人間の欲ってえのは権力の大きさに比例するモンでさァ」
「幕府(おかみ)も絡んでるっていうのかよ」
銀時が片眉を上げた。
「下手に動けば真選組(うち)も潰されかねないんでね。これだから組織ってなァ面倒でいけねえ」
「自由なアンタたちが羨ましいですよ」
神楽と星河の手から解放された2人は乱れた襟元を整える。
「…………言っとくがな」
銀時が口を開いた「俺はテメェらの為に働くなんざごめんだぜ」
それを聞いた2人は声に驚きを滲ませた。
「おかしいな。俺らとアンタは同種だと思ってやしたぜ」
「俺もでさァ。こういうモンは虫酸が走るほど許せねえタチだと…………アンタはそーゆー目ェしてると思ってたんですが」
「まあいいや。アレを見てくだせェ」
そう言うと沖田は闘技場にいる鬼の仮面を指差した「煉獄関最強の闘士『鬼道丸』。今まで何人もの挑戦者をあの金棒で潰してきた無敵の帝王でさァ」
「まずは奴を探りゃ何か出てくるかもしれやせんぜ」
いつの間にか捜査を押し付けられたことに銀時と星河は気づいた。
「おいおい、何を勝手に…………」
「誰も一言も『やる』なんて言ってねえよ?」
しかし沖田と風谷には悪びれる様子もない。
「心配いりやせんよ」
「これはそーごと俺の個人的な頼みで、真選組は関わっちゃいやせん。だからどうかこのことは…………」
2人は人差し指を立てて口元へ持っていってニッと笑った。
「近藤さんや土方さんにはご内密に」


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鬼道丸の捜査を銀時たちに任せた沖田と風谷はそのまま地下に残り、情報を聞き出す為、手当たり次第に裏社会の住民を締めていた。気絶した人間や天人の山の上に2人は背中合わせに座り込む。
「なかなか敵さんも尻尾を出さねえな」
「ですね……雑魚をやったとこで何にも出てきやせん。……にしても…………」
風谷は下を見た「これ、ちっと暴れすぎじゃねえですかね……?」
「だな。早いとこ行くか」
そう言って去ろうとした2人の前に黒い影が立ちはだかった。
「げ…………」
2人は同時に言い、逃走を図る。しかし後ろ襟を掴まれた。
「非番の日まで仕事とはご苦労だな」
土方がくわえたばこで皮肉を言う「お前らがそんな働き者だとは知らなかったよ」


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次の日、沖田と風谷は土方に連れられ、とあるレストランに来ていた。向かいの席には銀時と星河がいる。
「まあまあ、遠慮せずに食えよ」
土方はマヨネーズを大量にかけたカツ丼を4人に振舞った。
「……何これ?」
銀時と星河が声を揃えて問う。同じ天然パーマ。違う髪色。異なる色の瞳。同じ着流し。似ている木刀。影だけを見れば瓜二つの2人は同様に眉を顰めていた。
沖田と風谷は小さく頭を下げる。
「すいやせん旦那」
「全部バレちまいやした」
「いやいや、そうじゃなくて」
そう言って星河はカツ丼を持ち上げた「何だよこれ。マヨネーズに恨みでもあんのか?」
土方はフッと笑う。
「カツ丼土方スペシャルだ。感謝して食え――」
「ケッ。誰もこんなスペシャル必要としてねえんだよ。あ、チョコレートパフェ1つ!」
「もう1つ追加でー」
カツ丼に見向きもせず食べたいものを頼んだ2人。土方はため息をついた。
「オメェらは一生糖分摂ってろ。どうだ、総悟、風谷。うめえだろ」
しかし沖田と風谷は首を振る。
「すげえや土方さん。カツ丼を一瞬で犬の餌に昇華できるたァ」
「う…………今まで避けてきたのに……これが犬の餌…………犬どころか蠅も食べやせんね、こんなん…………う……み、水…………」
「……何だこれ? 奢ってやったのにこの敗北感…………まあいい。本筋の話をしよう。……テメェら、コイツらに色々吹き込まれたみてえだが、アレ全部忘れてくれ」
土方の言葉に銀時は呆れてため息をつき、星河は更に顔をしかめる。銀時はパフェを口にすると気だるげに言った。
「んだ、おい。都合のいい話だな」
「その感じじゃテメェらもあそこで何が行われてんのか知ってんじゃねえのか?」
星河はその質問には答えず皮肉を言う。
「大層なお役人さんですねー。目の前で犯罪が怒ってるってのに知らんぷりなんて」
土方はたばこの火を消すと土方スペシャルに手を伸ばした。
「いずれ真選組(うち)が潰すさ。……だがまだ早え。腐った実は時が経てば自ら地に落ちるモンだ。大体テメェら小物が数人歯向かったところでどうこうなる連中じゃねえ。下手すりゃこっちまで潰されかねねえんだよ」
忠告して土方スペシャルをかき込む。沖田と風谷はバッと土方を見上げた。
「土方さん、アンタひょっとして……!」
「まさかもう全部掴んでんですかィ……!?」
「……近藤さんには言うなよ。あの人に知れたら、なりふり構わず無茶しかねねえからな」
土方は空になった丼を置く「『天導衆』って奴等知ってるか? 将軍を傀儡(かいらい)にし、この国をテメェ勝手に作り変えてる。この国の実権を事実上握ってる連中だ……あの趣味の悪い闘技場は、その天導衆の遊び場なんだよ」
「土方さん……いつの間にそこまで――」
「と、まあそういうことだ。命が惜しかったら手を引くこった。帰るぞ。総悟、風谷」
土方は領収書を手に取るとさっさと歩いていく。
「あ、ヘイ!」
「それじゃ旦那、俺たちはこれにて」
2人は慌てて土方の後ろ姿を追い掛けた。
「…………だってさ。どうする? 銀時」
星河が問う。銀時はパフェをさらえると立ち上がった。
「……取り敢えず帰る」
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