真選組血風帖-鎌鼬記-

□泡沫・永遠邂逅篇
1ページ/3ページ

「そだ! 久し振りにあの人ンとこ行きやすかねィ」
風谷はそう言って立ち上がった。今日は非番である。
「お、そんなに当たるのか? その人の占い」
同じく非番の沖田が言った。風谷は頷く。
「あの人はホンモンですぜ。何せ、俺の知らねえことまでお見通しなんですから!」
袴を着替えて出掛ける準備をしているところに利薙がやってきた。
「アレ? お姉ちゃんどっか行くの?」
「んあ? あー、あンときはまだ利薙はいませんでしたよね。幕府に、すんげえ占い師がいるんでさァ!」
そう言って風谷は、彼女たちとの出会いを思い出した。





ある日の見廻り中だった。
「ちょいと、そこの主様や?」
誰かを呼び止める声があった。その声に、近藤・土方・沖田・風谷の4人が足を止める。
そこには、花魁のように派手で真っ赤な着物を着た美しい女性が立っていた。20代といったところだろうか。右手には煙管を持っている。吸い込まれそうなほど綺麗な薄紫色の瞳。だが下ろしたその髪は、まるでそこだけが年をとったかのような、美しい白色だった。
「誰ですかィ? アンタ」
風谷が問う。
「わっちかい? わっちは泡沫(うたかた)という者でありんす」
「え!? 泡沫って、あの泡沫さん!?」
近藤が驚愕の声を上げた。
「知ってるのか? 近藤さん」
土方が訊いた。
「知ってるも何も、泡沫さんといったら幕府の要人御用達の占い師だよ!! 普段はずっと屋敷にいるから、会えることは滅多にないって聞いてたが……まさかこんなところで出逢えるとは! いやはや感激――」
「わっちは、主様に用はありんせん」
近藤はその言葉に固まる。しかしそんなことは気にせず、泡沫は続けた。
「用があるのは……そこの主様じゃ」
と言って風谷を指差した。
「え!? 俺ですかィ!?」
風谷も自分を指差す。血色の目を見開いた。
「そうじゃ、主様じゃ。一緒にわっちの屋敷まで来てほしいのでありんす」
「え……でも俺たちゃ今、見廻り中でして…………」
「行ってこい、瑛莉」
沖田が風谷の背中を押した「せっかくの機会だ。占ってもらうといい」
「そーご……ありがとうごぜえやす。近藤さん、行ってきてもいいですかィ?」
「おう、勿論だ!!」
「せいぜいたっぷり占ってきてもらえ」
「うむ。どうやら話はまとまったようじゃの」
土方の言葉を受け、泡沫が言った「では、ついてくりゃれ」
「ヘ、ヘイ!! では皆さん、いってきやす!!」
そう言うと風谷は束ねた黒髪を左右に揺らして、さっさと先を行く泡沫を追い掛けていった。



入り組んだ道を抜けると、豪邸と呼べる大きな武家屋敷に着いた。
「お邪魔しやーす」
一声断って門をくぐる。大きな庭には薙刀を素振りしている青年がいた。
泡沫の姿を見てパッと笑顔になる。
「泡沫さん、おかえりなさいっす!! お目当ての人は見つかったっすか?」
「うむ。こちらの主様じゃ」
泡沫は風谷を紹介するように一歩身を引いた。青年は風谷を見てニカッと笑う。
「こんちは! 俺は永遠。『永遠』と書いて『とわ』って読むんす!! カッコいいっしょ?」
永遠は右手を出した「宜しくっす!!」
「へぇー! 素敵な名前ですね! 俺ァ真選組一番隊副隊長の風谷瑛莉と申しやす。こちらこそ宜しくお願いしまさァ!!」
風谷も右手を出し、同じ年頃の2人は握手を交わす。
風谷より頭1つ分は優に高そうな長身で、癖のある紫がかった黒髪に緋色の瞳。半袖の忍び装束を着て、肘から手首を布でできた長いバンドを巻いている。人懐こい性格のようで、嬉しそうに笑うその姿から大型の犬を連想させる。
「さて、では早速主様を占いんしょう。上がってくりゃれ?」
泡沫は屋敷の中へ入っていく。
「あ、ヘイ!」
返事をして同じように屋敷へ上がる風谷の後ろ姿を見て、永遠は目を輝かせた。
「あの腰に下げてるものって……!」



屋敷に上がると終わりが見えないほど長い廊下があり、見たこともない様々な物があちこちに飾られている。
その廊下をしばらく歩いていると、目の前に美しい蝶が描かれた襖が現れた。
「ここが胡蝶の間でありんす。入ってくりゃれ?」
そう言って襖を開ける泡沫。
『胡蝶の間』と呼ばれたその部屋は甘い香りが漂っていた。香が焚かれているのだろう。煙で周りがよく見えないが、とても広いことだけはなんとなく分かる。
「そこに座りなんし」
泡沫が指差した方に目を凝らしてみると、座布団があった。その奥には長椅子。木製で精密な彫刻が施されている。美術品に詳しくない風谷でも、一目見て非常に価値の高いものであると分かった。
風谷は恐る恐る座布団に座る。そこに3人分の茶を持って現れたのは
「あ、永遠(とわ)さん」
先ほど庭で別れた永遠だった。
「永遠でいいっすよ、瑛莉さん。泡沫さん、お茶入ったっす!」
「うむ」
「瑛莉さんの分もあるっすよ」
「いいんですかィ!? ありがとうごぜえやす!」
3人は胡蝶の間で茶を飲むことになった。



「ん! このお茶すんげえ美味え!!」
風谷が感嘆の声を上げる。
「泡沫さんが品種改良したものっすからね」
と、何故か永遠(とわ)が得意げに言う。
「永遠は泡沫さんの弟子なんですかィ?」
風谷は気になっていたことを問うてみた。
「弟子じゃなくって、俺は泡沫さんの用心棒っす! 泡沫さんは俺がお護りするっすよ!!」
拳を固めて斜め上を見る永遠の瞳からは確固たる決意が感じ取れる。
「ふふ、これからも精進するんじゃぞ」
「はいっす! 泡沫さん!!」
元気に返事をする永遠は嬉しそうだ。微笑ましい2人のやり取りを見て風谷は茶を飲み干す。
「泡沫さん、永遠、俺このお茶を皆さんへの土産にしてえです! お持ち帰りってできやす?」
「あ、じゃあ俺が用意しておくっすね! 俺はこれで失礼するっす!」
永遠はニッと笑うと胡蝶の間を後にした。
「ふむ。ではそろそろ占いを始めんしょう」
「あ、ヘイ! 宜しくお願いしまさァ!!」
風谷の返事を聞いた泡沫は木製の長椅子に座ると風谷と向き合い、その目を真っ直ぐに見た。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あ、あの…………」
風谷が声を掛けた「ど、道具とか、使わねえんですか?」
「必要ありんせん。目を離さないでくりゃれ?」
「ヘ、ヘイ」
それからしばらく見つめ合ったあと、泡沫 は煙管を吸い、ふーっと風谷と自分の間に煙を吐いた。
「…………ふむ。成程の」
そう呟いた泡沫は、言い知れぬ威厳を漂わせていた「主様には欠けているものがありんす。それは自分でも分かっておりんしょう?」
「欠けている、ものって…………」

「過去じゃ。主様の過去は欠けておる」

風谷は目を丸くした。
「なッ……どうして、それを……⁈」
「主様の過去は、深い闇色をしておりんす。壮絶な代物ではありんすが、今は知るときではないの」
「闇……壮絶…………」
「…………蒼い焔。蒼い焔が何かを握っておりんす。それが主様に必要かどうかは そのときになるまで分かりんせん。知ってしまったら、全てが壊れることもありんしょう」
「全てが、壊れる……!?」
「じゃが、いずれ知らねばならぬ時は来よう。そのとき何を想いどう行動するかは、主様次第じゃ」
「…………蒼い……焔……? 蒼で、焔って、まさか……いや、まさか…………そんな…………。知りたくねえ……俺は、今の生活に満足してんでさァ。今の生活がいいんでさァ」
風谷は震える声を押さえつけた「…………過去なんて知らねえ。俺には、今があれば、それでいい…………」
「ふふッ、それが主様の答えかや? なかなか素敵ではあるまいか……その『今』が続くことを、わっちも願っておるぞ」
そう言って泡沫は静かに微笑んだ。その微笑みは、揺れていた風谷の心を落ち着かせる。
「わっちからは以上でありんす。この世は所詮胡蝶の夢でありんす。合うも不思議合わぬも不思議、ただ何事もはかない夢の浮世でございんす」
「ヘイ! ありがとうごぜえやす!」
泡沫に礼を述べて胡蝶の間を出る。襖を開けるとそこには待機している永遠の姿があった。
「待ってたっすよ、瑛莉さん。正門まで送るっす。あとこれ、頼まれてたお茶っすよ。どうぞっす!」
「ヘイ! ありがとうごぜえやす!」
礼を述べた風谷に笑い掛けて永遠は歩き出した。



「ところで瑛莉さん、俺からも1つ質問なんすけど……」
永遠は歩きながら風谷を振り返る「それ、日本刀っすよね?」
風谷は永遠の視線が向けられた彩姫を見た。
「んあ? えぇ、そうですぜ」
「刀持ってるってことは、戦えるんすね?」
永遠は確認するように風谷の目を覗き込んだ。
「ヘイ。真選組は武装警察なんで、戦えなけりゃ文字通り戦力外でさァ」
「そうっすか…………じゃあ!」
永遠はバッと振り返り勢いよく頭を下げる。

「俺と手合わせしてほしいっす!」

「て、手合わせ、ですかィ?」
「そうっす! 泡沫さんの用心棒として、自分の実力を知りたいんすよ! お願いするっす!!」
風谷はその言葉にニヒッと笑い、首をコキコキと鳴らした。
「分かりやした、いいですぜ! 受けて立ちやす!!」
「ホントっすか!? ありがとうっす!! じゃあ俺、武器取ってくるんで先に中庭行っててくださいっす! そこ真っ直ぐ行けば見えるっすよ!」
「分かりやした! そんではまた後で!」
風谷は言われた通りに中庭へと向かった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ