真選組血風帖-鎌鼬記-

□真夏の来客篇
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ある夏の夜、真選組は怪談をしていた。
話しているのは怪談の名人・稲山だ。
「――そしたら、寺子屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの。俺もうギョッとしちゃって、でも気になったんで恐る恐る訊いてみたの。『何やってんの、こんな時間に』って」
近藤をはじめとする全員が固唾を飲んで続きに耳を澄ます。
「そしたらその女ニヤッと笑ってさ――」

「マヨネーズが足りないんだけどォォォ!!」

「ぎゃふァァァァァァ!!!」
オチの直前に土方が鬼の形相で乗り込んできた。
「副長ォォォォォ!! なんてことするんですかッ! 大切なオチをォォ!!」
「知るかァ! マヨネーズが切れたんだよ! 新しいの買っとけって言っただろ! 焼きそば台無しだろーがァ!!」
「もう十分かかってるじゃねえか! 何だよそれ最早焼きそばじゃねえよ! 『黄色いやつ』だよ!!」
そのとき、1人の隊士が近藤の異変に気がついた。
「アレ、局長? 局長ォォ!!」
近藤は泡を吹いて気絶していた。
「大変だァ! 局長がマヨネーズで気絶したぞ! 最悪だァァァ!!」
騒がしい部屋を土方は我関せずいった顔で後にする。
「くだらねえ。どいつもこいつも怪談なんぞにはまりやがって」
自室に着いた土方はたばこに火をつける「幽霊なんぞいてたまるかってんだよ」
言いながら土方は飛んできた蚊を潰す。
「なんだ、最近やたら蚊が多いな」
と、そのとき。
「死ねェ〜…………」
「死ねェ〜…………」
「死ねよォ〜…………」
「土方ァ〜…………」
「お前頼むから死んでくれよォ〜…………」
おどろおどろしい声が庭から聞こえてきた。土方は青ざめる。
――ま、まさか本当に…………
意を決して障子を勢いよく開ける。
そこには、蝋燭をつけた輪を頭に乗せた寝巻き姿の沖田と風谷がいた。土方に気づき両手をさっと背中に隠す。
知っている顔がいたことに複雑な感情を抱きながらも土方は問う。
「……何してんだテメェら…………こんな時間に」
2人は土方から目を逸らして同時に答えた。
「ジョ……ジョギング」
「嘘つくんじゃねえ! そんな格好で走ったら頭が火だるまンなるわ!! 儀式だろ? 俺を抹殺する儀式を開いていただろう!!」
しかし沖田と風谷に真実を語る気は微塵もない。
「全く、自意識過剰な人だ」
「そんなんじゃノイローゼになりやすぜ」
「何を……」
と、そのとき土方は妙な気配を感じた。向かいにある離れの屋根から視線を感じる。
「!?」
反射的にそこを見るが、誰もいなかった。
「土方さん?」
「どーしたんですかィ?」
「お前ら……今あそこに何か見えなかったか…………?」
言われて2人もそこを見るが、何もない。
「いいえ、何にも…………」
同時に答えて首を捻った、次の瞬間。
「ギャァァァァァ!!」
悲鳴が木霊した。



次の日の朝。道場には近藤・土方・沖田・風谷の4人とうなされる隊士たちがいた。
「ひでえなオイ。これで何人目だ?」
「えーと、18人目でさァ」
土方の問いに沖田が答える。風谷も続いた。
「さすがにここまでくると薄気味悪ィですね…………」
「冗談じゃねえぞ。天下の真選組が幽霊にやられてみんな寝込んじまってるなんて」
「ゆ、幽霊!?」
風谷が紅い目を見開いて上ずった声を上げる「やややめてくだせェ! おおお俺、怖いの苦手なんですから!!」
「そっか。確かお前、暗いとこすら駄目だったっけな」
沖田が言った。風谷は激しく頷く。束ねた長く黒い髪が波を打った。
「俺、暗いとこにいると頭痛くなって震え止まんなくなるんです…………」
「ケッ。どっかの誰かさんと一緒に呪いの儀式やってた奴がよく言うぜ」
「そりゃあ怖いの我慢してでも土方さんを亡き者にしたかったからでさァ!」
風谷が土方を振り返りながら堂々と言う。
「いやワケ分かんねえよ! 大体お前、なんでそんなに俺に突っかかってくんだよ!? 俺お前に何かしたか?!」
「土方さんに個人的な恨みはありやせん。ただ、そーごが殺ろうとしてる人間は殺るべきなんだろうと……土方さんがそーごの邪魔しなけりゃ、俺ァ何にもしやせんぜ」
「……総悟、表出ろ。お前潰せば全て解決することが発覚した」
刀に手を掛ける土方。しかし沖田はだるそうに拒否した。
「嫌でさァ。人聞き悪ィこと言わんでくだせェ。俺と瑛莉の間にも色々あんですよ。それより…………」
沖田は床で呻く隊士たちに視線を移す「みんな本当に幽霊にやられたんでしょうか…………」
そのとき、様子を見に来た近藤が弁解するように大声を上げた。
「総悟……俺は違うぞ! マヨネーズにやられた!」
「余計言えるか」
土方が冷たく言い放った。



場所を広間に移した3人。利薙が茶を持ってきた。
「隊士の皆さん、どうでした?」
茶を置きながら利薙が問う。
「駄目でさァ。一向に回復してる様子が見られやせん。みんなうわ言のように『赤い着物の女』と言ってるんですが…………」
風谷の言葉に利薙は首を捻る。
「うーん……稲山さんが話してた怪談のかな? アレも赤い着物の女だったけど」
「ふん。幽霊なんざいてたまるか」
土方がたばこを吹かしながら言った。
近藤が冷や汗を垂らしながら自らの考えを口にする。
「霊を甘く見たらとんでもないことになるぞ、トシ。この屯所は呪われてるんだ。きっととんでもない霊に取り憑かれてんだよ」
「……何を馬鹿な…………」
否定した土方の脳裏に夜中見た人影が蘇る。土方は急いでそれを振り払う。
「いや…………ないない」
と、そのとき山崎がやってきた。
「局長! 連れてきました」
「おう、山崎。ご苦労!」
近藤の言葉に軽く会釈すると、山崎は後ろにいた者たちを紹介した。
「街で捜してきました。拝み屋です」
そこにいたのは、如何にも怪しい出で立ちをした4人組だった。
顔に包帯を巻いて編笠を被った者、武蔵坊弁慶のような格好をして分厚い眼鏡を掛けた者、長袖のチャイナ服を着て丸いサングラスを掛けた者、そして、烏帽子を被り顔面に何やら梵字の書かれた札を貼っている者。
彼等を見て土方は不信感を露わにした。
「何だコイツらは……サーカスでもやるのか?」
「いや、霊を祓ってもらおうと思ってな」
「おいおい冗談だろ。こんな胡散臭い連中――」
「あッお兄さん、背中に…………」
土方の言葉を遮って顔に札を貼った者が言った。
「なんだよ……背中になんだよ」
「あちゃー」
「ププッ!」
「ありゃもう駄目だな」
「残念ですね」
何やら小声で話す拝み屋たち。土方は額に青筋を立てた。
「なにコイツら。斬っていい? 斬っていい!?」
その土方を宥めてから近藤は一番小柄なチャイナ服の者に言う。
「先生、なんとかなりませんかね。このままじゃ恐くて1人で厠にも行けんのですよ」
「任せるネ、ゴリラ」
自信満々といった声で応えたが、近藤は聞き逃さなかった。
「アレ、今ゴリラって言った? ゴリラって言ったよね?」



広間で真選組と拝み屋は向かい合って座った。
「ざっと屋敷を見させてもらいましたがね。こりゃ相当強力な霊の波動を感じますなゴリラ」
「あ、今確実にゴリラって言ったよね」
しかし近藤の言葉を無視して拝み屋は続ける。
「まあ取り敢えず除霊してみますがね、こりゃ料金も相当高くなるゴリよ」
「おいおい、なんか口癖みてえになってるぞ」
土方が冷静につっこむ。沖田と風谷も口を開いた。
「して、霊はいかようなものゴリか?」
「やややっぱり悪霊ゴリか?」
「ゴリが伝染(うつ)った!」
利薙が驚く。沖田と風谷の問いにチャイナ服の者が答える。
「えーと…………工場長」
がしかし、包帯を巻いた者がチャイナ服の者の頭をはたいた。包帯を巻いた者が訂正する。
「えー、ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長の霊です」
「あのー……みんなが見たって言ってるのは女の霊なんですが」
「間違えました。ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊です」
「長えよ! 工場長のくだりいるかァァ!?」
土方の叫びには答えず、顔面に札を貼った者が山崎に言う。
「取り敢えずお前、山崎といったか……」
「え?」
「お前の身体(からだ)に霊を降ろして除霊するから」
山崎はうろたえる。
「え……ちょっ、除霊ってどうやるんですか?」
「お前ごとしばく」
「何それ!? 誰でもできるじゃ――ぐはッ!」
チャイナ服の者が山崎に拳を叩き込んだ。
「よーし入った! 今これ入りました! 霊入りましたよーこれ」
「霊っていうかボディブローが入ったように見えたんですけど……」
利薙が首を傾げる。
「違うヨ、私入りました。えー皆さん、今日でこの工場は潰れますが、責任は全て私――」
「おいいいい! 工場長じゃねえか!!」
近藤のつっこみに拝み屋はなにやら相談し始めた。
「アレ? なんだっけ?」
「馬鹿お前、ベルトコンベアに挟まれて死んだ女の霊だよ」
「ベルトコンベアに挟まれる女なんているワケないでしょ! ベルトコンベアに……アレ?」
「もういいから普通の女やれや!」
「無理だ! 普通に生きるっていうのが簡単そうで一番難しいんだよ!」
「誰もそんなリアリティ求めてないアル!」
「そうだ! この際リアリティはいらねえよ!」
「うっせえミイラ男! オメェの格好にリアリティがなさすぎんだよ!」
「こんなんしてた方がミステリアスだろーが!」
「ああもうやめろやァ!!」
真選組の前で取っ組み合いの喧嘩を始める拝み屋。唯一、弁慶の格好をした者が仲裁に入る。
「仕事中ですよ! ちょっと聞いてんの!?」
そのとき、編笠と眼鏡とサングラスと札が同時に外れた。素顔が晒される。
「あ」



数分後。万事屋たちは庭先の木に逆さ吊りにされていた。
「悪気はなかったんだ…………仕事も、なかったんだ」
星河が弁明した。新八が言葉を引き継ぐ。
「夏だからお化け退治とか儲かるんじゃねって、軽いノリで街ふれ回ってたら……ねぇ、銀さん?」
「そーだよ! 俺昔から霊とか見えるからさ〜それを人の役に立てたくて。あッ! 君の後ろに超怒ってるババアが見えるね」
と、銀時は彼等を逆さ吊りにした張本人の1人――沖田に言う。沖田は炭酸飲料を飲みながら困り顔になった。
「マジですかィ? きっと駄菓子屋のババアだ。アイスの当たりくじ何回も偽造して騙したから怒ってんだ。どうしよう……」
「へぇー! そーご、そんなこともできんですか。今度俺にも教えてくだせェ!」
もう1人の張本人――風谷も炭酸飲料の栓を抜いた。
「と、とにかく心配いらねえよ。俺たちを解放し水を与えてやれば全部水に流すってよ」
「そうですか。分かりやした」
沖田は銀時の前まで歩を進める「じゃあ、これ鼻から飲んでくだせェ」
そう言って飲んでいた炭酸飲料を銀時の顔にかけた。
「いだだだだだだ!! 何この感覚! なんか懐かしい感覚ゥゥ! 昔プールで溺れたときの感覚ゥゥゥ!!」
「銀時ィィィ!! しっかりしろォォォ!!」
呼び掛ける星河の前にぬっと立つ影が現れた。
「!?」
「んあ〜? 星河ァ、ちょっと声掠れてやすねェ」
「ちょ、おま、何する気だよ…………」
「喉渇いてる証拠ですぜ。そんな可哀想な星河に優しい俺からプレゼントでさァ」
そう言って風谷は手で缶に蓋をして炭酸飲料を思い切り上下に振る。
「いや、待とう? ちょっと待とう? 確かに俺たちは可哀想だけど、お前優しくなんかないよね? 俺たち吊るし上げたのお前らだよね? ねぇ待って!? なんでそんなシャカシャカしてんの?!」
「心配しなさんな。ほとんど飲んでやせんから」
「それつまり量多いってことじゃ――ぬァァァァァァァァ!!!」
振られた炭酸飲料を鼻から飲まされ星河は絶叫した。
「だれ゛がだずげでェェェ!!!」
銀時と星河の声が響く。その様子を縁側で見ながら近藤が言う。
「おいトシ、そろそろ降ろしてやれよ。いい加減にしないとあの2人がSに目覚めるぞ」
「何言ってんだ。アイツらはサディスティック星からやってきた王子とその妹君だぞ? もう手遅れだ」
「まあ、嘘ついてたんだから自業自得ですよね。それにしてもお姉ちゃん、悪戯好きなところは変わらないけど、拍車が掛かってるような…………」
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