真選組血風帖-鎌鼬記-

□禽夜警護篇
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朝の会議で近藤が口火を切った。
「えー、みんなもう知ってると思うが……先日、宇宙海賊『春雨』の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴等を壊滅させたのはたった2人の侍らしい…………」
しかし隊士たちは各々の話に夢中だ。
「……驚くどころか誰も聞いてねえな」
「トシ」
近藤の声に土方は無言でバズーカを構える。
ドガン!
会議室に黒煙が立ち込める。近藤は仕切り直した。
「えー、みんなもう知ってると思うが……先日、宇宙海賊『春雨』の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴等を壊滅させたのはたった2人の侍らしい…………」
「え゛え゛え゛え゛え゛!! マジっすか!?」
隊士が一斉に言う。沖田と風谷は言葉の代わりに、けふッと肺に溜まった黒い煙を同時に吐き出した。土方が立ち上がる。
「白々しい。もっとナチュラルにできねえのか」
「トシ、もういい。話が進まん」
再びバズーカを担ぐ土方を近藤が牽制する。そして続けた。
「この2人のうち1人は攘夷党の桂だという情報が入っている。まあ、こんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい。春雨の連中は大量の麻薬を江戸に持ち込み売り捌いていた。攘夷党じゃなくても連中を許せんのは分かる。問題はここからだ」
近藤は声を低くして言った「その麻薬の密売に、幕府の官僚が一枚かんでいたとの噂がある」
隊士たちの目が変わった。
「麻薬の売買を円滑に行えるよう協力する代わりに利益の一部を海賊から受け取っていたというものだ。真偽のほどは定かじゃないが、江戸に散らばる攘夷派浪士は噂を聞きつけ、『奸族(かんぞく)討つべし』と暗殺を画策している」
近藤はニッと笑った。刀を手に取る。
「真選組(おれたち)の出番だ!!」


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「こンの野郎共は…………」
土方がいるのは警護対象の屋敷の庭。そこで縁側に寄り掛かって寝ているのは沖田と風谷であった。沖田は目玉の描かれた赤いアイマスクをつけている。
「寝てるときまで人をおちょくった顔しやがって。こっちはこっちで幸せそうな寝顔しやがって。おい起きろコラ。警備中に惰眠貪るたァどういう了見だ」
刀を向けられた2人。沖田はだるそうにアイマスクを外し、風谷は不機嫌そうに目をこすった。
「なんだよ母ちゃん、今日は日曜だぜィ?」
「ったく、おっちょこちょいですねィ……」
「誰が母ちゃんだ! そして今日は火曜だ!」
土方は両手で2人のスカーフを掴み、立たせる「テメェら、こうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどうすんだ? 仕事なめんなよコラ」
しかし2人は臆するどころか平然と言う。
「土方さん」
「俺らがいつ仕事なめたってんです?」
そして声を揃えた。
「俺らがなめてんのは土方さんだけでさァ!!」
「よーし! 勝負だ剣を抜けェェェェェ!!」
だが直後、
「い゛ッ!!」
3人の脳天を近藤の拳骨が襲った。
「仕事中になに遊んでんだァァァ!! お前らはなにか!? 修学旅行気分か!? 枕投げかコノヤロー!!」
怒鳴る近藤の前で3人はうずくまる。が、
「い゛ッ!!」
今度は近藤の脳天を拳骨が襲った。拳の主は、蛙の天人だった。
「お前が一番うるさいわァァァ!! ただでさえ気が立っているというのに!」
彼こそが真選組の警護対象の官僚。名を禽夜(きんや)という。
「あ、すんません」
「全く、役立たずの猿めが!」
近藤の謝罪に何も返さず踵を返す。その後ろ姿を沖田と風谷は睨みつけた。
「なんですかィありゃ」
と、風谷。
「こっちは命がけで身辺警護してやってるってのに」
と、沖田。
「お前らは寝てただろ」
と、土方。しかし2人に反省の色は見られない。
「幕府の高官だか何だか知りやせんがね」
「なんであんなガマ護らにゃいかんのですかィ?」
反省どころか不満を露わにする2人に近藤は言った。
「総悟、風谷。俺たちは幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今のおれたちはない」
「んあ? 幕府に拾われた? どーゆーことですかィ?」
風谷は不思議そうに首を傾げる。
「入ったばっかの瑛莉は知らなくて当たり前か。話すと長くなるから、また今度な」
「え!? なんか気になりまさァ!」
風谷はうずうずとした表情を沖田に向けた。
「とにかく、恩に報い忠義を尽くすは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護る為にある」
拳を固めて近藤は言う。しかしやはり沖田と風谷は変わらない。
「だって海賊とつるんでたかもしんねえ奴ですぜ?」
「どうものれねえや。ねぇ、土方さん?」
「あ゛!! ちょっと! 勝手に出歩かんでください!! ちょっとォォ!!」
叫びながら禽夜を追い掛ける近藤を見送って沖田は呟いた。
「はぁ…………底なしのお人好しだ、あの人ァ」
「だけど、そのお人好しさんのお陰で俺はこうして真選組になれたワケですぜ。それに…………」
風谷は沖田の肩に手を回した「そーごだって、相当なお人好しだと思いますがね」
ニヒヒと笑う風谷を見て、沖田は苦笑した。



「ちょっと禽夜(きんや)様! 駄目だっつーの!!」
近藤は禽夜に追いついていた。
「うるさい! もう引き籠り生活はウンザリだ」
「命狙われてんですよ? 分かってんですか!?」
「貴様らのような猿に護ってもらっても何も変わらんわ!!」
前を向いたまま禽夜は吐き捨てる。その言葉に近藤はこめかみに青筋を浮かせた。
「猿は猿でも俺たちゃ武士道っつー鋼の魂を持った猿だ! なめてもらっちゃ困る!!」
「なにを!! 成り上がりの猿の分際で!!」
禽夜はフイとそっぽを向いた「おのれ陀絡……奴さえしくじらなければ、こんなことには…………」
「あ? らくだ?」
近藤が訊き返したとき、その視界をチカッと光るものが掠めた。
「!」
遠くで光ったもの。それは狙撃銃のスコープだった。
「いかん!!」
近藤が咄嗟に禽夜の前に立ったのと弾が放たれたのが同時だった。
「局長ォォォ」
隊士たちが叫ぶ。近藤は左肩を撃ち抜かれた。
「山崎! あっちだ!!」
土方は弾が飛んできた方向に山崎を向かわせる。
「近藤さん!」
「しっかりしてくだせェ!!」
沖田と風谷が倒れた近藤に駆け寄る。それを見下ろして、禽夜は悪意さえ感じられる声で言い放った。
「ふん。猿でも盾代わりにはなったようだな」
それを聞いた瞬間、2人の顔が一変した。
目にも止まらぬ速さで刀に手を掛け、真っ直ぐ禽夜の首をめがけ――
しかしその腕を土方が掴んだ。
「!!」
「やめとけ」
努めて冷静に言う「瞳孔開いてんぞ」
「…………ッ」
2人は悔しそうに刀から手を離す。そして開いた瞳孔を隠すように俯いた。


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近藤は屋敷の一室に寝かされていた。そこには山崎をはじめとする隊士たちと土方がいる。
「ホシは『廻天党』と呼ばれる攘夷派浪士集団。桂たちとは別の組織ですが、負けず劣らず過激な連中です」
山崎の報告に土方はたばこの煙を吐き出す。
「そうか。今回のことは俺の責任だ。指揮系統から配置までの全ての面で甘かった。もっかい仕切り直しだ」
「副長」
原田が言った「あのガマが言ったこと聞いたかよ! あんなこと言われて、まだ奴を護るってのか!? 野郎は俺たちのことをゴミみてえにしか思っちゃいねえ。自分を庇った局長にも、何も感じちゃいねえんだ」
原田に山崎も続く。隊服のポケットから白い粉が入った袋を取り出した。
「副長、勝手ですがこの屋敷色々調べてみました。倉庫からどっさり麻薬(こいつ)が……もう奴は間違いなくクロです。こんな奴を護れなんざ、俺たちのいる幕府ってのは一体どうなって——」
「ふん。何を今更」
「!」
土方は立ち上がった。襖へと歩いていき、開ける。
「今の幕府は人間(おれたち)の為になんて機能してねえ。分かりきってただろ、んなこたァ。テメェらの剣は何の為にある? 幕府護る為か? 将軍護る為か? 俺は違う」
土方は遠くを見た「覚えてるか? あの頃、学も居場所もねえ、剣しか脳のないゴロツキの俺たちを、きったねえ芋道場に迎え入れてくれたのは誰か。廃刀令で剣を失い道場さえも失いながら、それでも俺たちを見捨てなかったのは誰か。失くした剣をもう1度取り戻してくれたのは、誰か」
土方はたばこを口元から離した。静かに口角を上げる。
「……幕府でも将軍でもねえ。

俺の大将はあの頃から、近藤(こいつ)だけだよ。

大将が護るって言ったんなら仕方ねえ。俺ァ、ソイツがどんな奴だろうと護るだけよ。気に食わねえってんなら帰れ。俺ァ止めねえよ」
そう言い残し土方は庭に出た。ふと顔を上げると、そこには
「火ィ消えてきたな。瑛莉、もう1本マッチ擦れ」
「ヘイ!」
木の枝で作った十字架に磔にされた禽夜とその下で薪をくべる沖田と風谷の姿があった。
「何してんのお前らァァァァァ!!」
絶叫し駆け寄る土方に沖田と風谷は笑顔を向ける。
「大丈夫大丈夫」
「死んでませんぜ」
そう言うと薪を手に立ち上がった。
「要は護ればいいんですよね? 裏を返せば、死ななきゃいいっつーことでさァ」
と、沖田。
「これで敵をおびき出してパパッと一掃って寸法ですよ」
と、風谷。
「攻めの護り、でさァ!」
と、2人。しかし禽夜がそれを許すはずもない。
「貴様らこんなことしてただで済むと――モペ!!」
喚く禽夜の口に2人は同時に薪を突っ込んだ。その後も残った薪を次々と入れていく。
「土方さん、俺もアンタと同じでさァ」
沖田が言った「早い話、真選組(ここ)にいるのは近藤さんが好きだからでしてねェ。でも何分(なにぶん)あの人は人が良すぎらァ。他人のいいところ見つけるのは得意だが、悪いところを見ようとしねえ。俺や土方さんや瑛莉みたいな性悪がいて、それで丁度いいんですよ、真選組は」
「総悟…………」
「土方さん、俺さっき、そーごから真選組立ち上げの話を聞きやした」
風谷が薪で禽夜の頭を叩き始めた。視線は禽夜に向けたまま、土方に言う。
「俺ァついこないだ真選組になったばっかですが、近藤さんのこと大好きでさァ。真選組が大好きなんでさァ。俺を『血色の風』から『真選組の鎌鼬』にしてくれた。だから、正義の名の下(もと)に刀を振れる。皆さんと出逢えた。だから、毎日が楽しくて充実してる。真選組は、俺にとっても掛け替えのねえ存在なんでさァ」
「…………ふん」
土方は火の近くまで歩いていった「あー、なんだか今日は冷え込むな。薪をもっと焚け、総悟、風谷」
「はいよッ!」
2人は同時に薪を手に取った。火が勢いを増す。
「むごォォォォォォォォ!!」
禽夜が喉の奥から叫ぶ。
そのとき、禽夜の頬を銃弾が掠めた。
「天誅ゥゥゥ!! 奸族(かんぞく)めェェ! 成敗に参った‼︎」
現れたのは廻天党だった。
「どけェ幕府の犬。貴様ら如きにわか侍が真の侍に勝てると思うてか」
リーダーと思しき男が言う。3人は刀を抜いた。
「やっとおいでなすった」
と、沖田。
「彩姫の錆にしてやるよ!」
と、風谷。
「派手にいくとしようや」
と、土方。
攻撃の構えを取った、そのとき。
「全く、喧嘩っ早い奴等よ」
聞こえた声に振り向く。そこには、意識を取り戻し刀を持った近藤がいた。
「トシと総悟と風谷に遅れを取るな!! 馬鹿蛙を護れェェェェェ!!」
3人はニッと笑った。前を見て駆け出す。
「いくぞォォォ!!」



次の日の新聞に、真選組の活躍は大きく取り上げられていた。
それを読んで利薙は笑顔になる。
「すごいです皆さん! お手柄じゃないですか!」
「ま、俺らの手に掛かりゃあ、あの程度の攘夷浪士なんてただのアリンコでさァ」
風谷は得意気に言う。
「でも、私心配だよ、お姉ちゃん…………」
「んあ?」
「お姉ちゃん、沢山の人斬ってきたんでしょ? いつか復讐されたりとか、しないかな…………?」
利薙は不安そうに風谷を見つめた。
「俺が斬ってきたのは悪人だけでさァ。勿論、その仲間に復讐されかけたこともありますぜ。けど、悪人共を斬らなかったら大変なことになりまさァ。誰かが手を汚さなきゃなんねえんです。俺が人を斬ることで救える命があんなら、俺ァこの手を血に染めますよ。俺はそうして生きてきたんでさァ。少なくとも、俺が風谷瑛莉(おれ)になってからはね」
「お姉ちゃん…………」
「利薙が心配しなくても、俺ァそう簡単にはやられやせんから、安心しなせェ」
そう言って笑い掛ければ、小さく頷いた。
「無茶は、しないでね」
「えぇ」
利薙の言葉に応えて、その目を見つめ返す。しかし、かつて共に過ごしたはずの時間が蘇ることはなかった。
だが申し訳なく思うと同時に、それに安心している自分がいることに風谷は気づいていた。
――ごめんなせェ、利薙…………
――アンタと過ごした時間がどんなんなのかは分からねえけど……
――俺は、『今』を生きてえんでさァ…………

Fin.

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