真選組血風帖-鎌鼬記-

□風峰利薙邂逅篇
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かぶき町の一角で赤い飛沫が舞っていた。
真選組による攘夷浪士の大捕物が繰り広げられている。戦局は真選組の優勢だった。
「悪ィな、抵抗する奴ァ斬っていいっつわれてんだよッ!!」
次々と斬られていく浪士たち。
「ち……ちくしょう!!」
1人の浪士がそう叫んで、すぐ近くの家から飛び出してきた少女の襟を掴んで首に刀を突きつけた。
「いやッ! やめて、離して!!」
少女は悲鳴を上げて抵抗する。
「黙れ!! おい真選組! 動くなよ、動いたらコイツの命はねえと思え!!」
震える脅しに真選組は動けなくなる。
浪士は少女を人質に取ったまま逃げ始めた。
しかし、背を向けた瞬間だった。
「背中見せるたァ、覚悟決めたっつーことだよな!!」
風谷が弾丸のように跳躍移動をし、浪士の背中を斬り裂いた。その傷は心臓まで深く痕を残した。
「あ…………」
呆然とする少女を風谷は叱る。
「バーロー!! あンな、いいか、自宅近くで戦闘が始まったらな、押し入れでも戸棚でも何処でもいいから隠れんだよ!! 戦の最中に飛び出してくるとか命知らずにも程があんぜ! 人質にしてくれっつってるようなモンだかんな!! 二度とやんじゃねえぞ!! わーったか!?」
「まあまあ風谷、きっと気が動転しちゃったんだよ。あんまり責め立ててやるなって。な?」
「けどよ局長さん、下手したらコイツ、死んでたんだぜ?」
風谷が紅い目を閉じて肩を竦めたときだった。呆然としていた少女が声を出した。
「……――えちゃん」
「んあ?」
泣きそうな声で少女は、ハッキリと言った。
「…………お姉ちゃん……!」
「誰がお姉ちゃんだッ! 俺は男だ!!」
相手が年下だろうと関係なく、いつもの調子で言う風谷に、少女はいきなり抱きついた。
「うおッ!? ど、どうした!?」
「大方、死を目の当たりにしたショックで泣いてるんだろうぜ」
土方がやれやれと刀を鞘に収める。
しかし少女は首を横に振る。
「……違うみてえだぜ、副長さんよ」
風谷は困ったように嘆息し、少女を落ち着かせる為 背中をさすった。
「……そ、その…………悪かったよ、怒鳴っちまって。けど、もうあんな危険極まりねえことしてほしかねえんだ……分かってくれや」
「気にしてない……そんなこと、全然気にしてない……!」
少女は顔を上げて風谷の顔を見た「やっと……やっと会えた……!!」
「んあ? やっと?」
「おいおい瑛莉ィ、オメェいつのまにファンなんかできたんでィ」
沖田が驚きを顔に浮かべる。
「ファ、ファン!? よせやい、恥ずかしい。サインならただでやんぜ?」
束ねた黒髪を揺らす満更でもない様子の風谷を、少女はポカンと見返した。
「もしかして……覚えて、ないの?」
「んあ?」
「私のこと、覚えてないの?!」
「あー……もしかして血色の風ンときに助けたことあったか? ッかしいな、俺、人の顔は覚えてる方だと思うんだが」
「違うよ!! 血色の風? 何それ! お姉ちゃん、そんな危険な名前で呼ばれてたの!?」
「だから誰がお姉ちゃんだッ! 俺は男だっつの!! つか何なんだ! さっきっから全ッ然話が読めねえ!!」
「そんな…………やっと会えたのに……」
少女は俯いた。声が震えている。

「……利英お姉ちゃん…………」

その言葉に風谷は弾かれたように目を見開いた。その顔に浮かんでいたのは、ただただ、驚愕。
「テメッ……どうして…………どうしてその名で、俺を呼ぶ…………?!」
「利英? 君、何を言っているんだ。この人は風谷瑛莉だぞ? ファンなのに名前も知らないのか?」
「違います……私、ファンなんかじゃない…………」
風谷から離れて、真っ直ぐその目を見つめた。
「私は、風峰利薙(かざみねりな)…………

アナタの――風峰利英の妹だよ!! お姉ちゃん!!」

しばしの沈黙。真選組の4人が同時にそれを破った。

「はァァァァァァァァァァァァァァァァァ!??」

「風谷、お前家族がいたのか!?」
「大体、なんで風谷姓じゃねえんだよ!?」
「え、え、え、瑛莉に妹!??」
「な、なな何言ってんだ!! いいい一旦、おおおお落ち着こうぜ!! ほいッ!!」
「『ほいッ』じゃねえよ! お前が落ち着けッ!! 取り敢えず刀をしまえ!!」
土方が風谷の頭をはたく。風谷は大人しく納刀した。
「……お姉ちゃん……そんな喋り方だったっけ……?」
「だだだだから、おおおお俺は、あああああアンタのこと、しししししし知らねえんでさァ! かかかかかかか勘弁してくだせェ!!」
「さっきより うろたえてんじゃねえか!!」
「アレ? 喋り方が変わった……」
「あ、ああ、風谷は四重人格なんだ。話し方も人格によって変わっちまうんだよ」
「そんな……お姉ちゃん、まるで別人みたい……」
莉薙と名乗った少女はポカンとして風谷を見つめた。
「そそそそうでさァべべべべ別人でさァ!! 俺は風谷瑛莉ですぜ!! 世界にゃあ似てる人間が3人いるって言いやすし、人違いですよ、絶対!!」
「……でも、おかしくないか? 瑛莉」
沖田が、ふーむと腕を組んだ「なんでソイツは、瑛莉を風峰利英なんて呼ぶんでィ。その名を知ってるのは――ゲフンゲフン……あ、あまりにも似すぎちゃいねえか? 谷と峰に、瑛莉と利英なんてきた。偶然にもほどがあるぜ」
「確かに総悟の言うとおりだ。君、1度屯所まで来て話を聞かせてくれるかな。大丈夫だ、手荒なことはしない」


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全員が事情を飲み込めないまま、一行は屯所へ帰った。
「あーそのーえっとつまり、まとめると」
近藤が混乱した顔で場を取り仕切った。近藤だけではない。風谷も沖田も、土方すらも混乱していた。

「君の名前は風峰利薙で、風谷の本名は風峰利英で、風谷は3年前に行方不明になってて、以来ずっと探してたと。で、その行方不明になってる間に、風峰利英は風谷瑛莉に変わっていて、しかも自分のことを忘れていると。こんな感じでいいのかな?」

「はい…………」
涙を流しながら利薙が答えた「私たち、物心ついたときから親なしで、ずっと2人で協力して生きてきました。でも、ある朝起きたら、お姉ちゃんいなくって、お金ないから警察にも探してもらえなくて……やっと見つけたと思ったら、記憶喪失になってるなんて…………もう、どうしたらいいか……!」
茶色の大きな目が潤む。フリルの付いた丈の短い花柄の着物が濡れる。その隣で、風谷は目に見えて動揺していた。
「……なあ、風谷」
「…………」
「おーい、風谷?」
「ヘ、ヘイ!?」
「どうなんだ? 心当たりはあるのか?」
「…………」
近藤は黙り込む風谷の顔を覗き込んだ。
「風谷……少し休むか? 顔色悪いぞ」
「…………いえ、大丈夫ですぜ」
コホン、と小さく咳払いをして風谷は無理矢理笑顔を作った「……心当たり、ですか……」
その笑顔が、消える。
「瑛莉…………」
沖田も明らかに様子がおかしかった。目がずっと泳いでいる。
「……瑛莉……その…………お前の判断に、任せる」
風谷は沖田をチラリと見たあと、小さく頷いた。
「…………ね……ねえワケじゃ…………ありやせん…………」
震える声で言った。手も、細かく揺れ動いている。
「ねえ、ワケじゃ…………ねえんです…………その……俺…………

13歳よりあとの記憶しか、ねえんでさァ…………2年以上前の記憶が、ねえんでさァ…………」

「なに!? そうなのか!??」
「2年前っつったら、ちょうど行方不明になってるときだな」
「まあ、1年のブランクがあるとはいえ、どうやら本当のことのようだな……利薙ちゃんの言ったことは」
近藤が納得したように言う。
「…………――は、あるんですかィ」
沖田が口を開いた「コイツが、風峰利英だっていう、証拠は、あるんですかィ?」
「証拠…………」
利薙は少し考え、ポンと手を打った「お姉ちゃんの右手には、大きな穴がありました! 何でできたのかは分からないけど」
「!!?」
その言葉に土方を除く全員がハッとした。
「その穴って……まさか……!」
「まさか……こんなんじゃ…………ねえですよね…………?」
風谷は右手の包帯をほどいた。

露わになったのは、中指の付け根から手首まで伸びるほどのひし形の穴。

「うお!? それが前に言ってた……」
「…………そういや、土方さんは見るの初めてですよね……この通り、穴でさ――」
「やっぱりお姉ちゃんだ!!」
利薙は風谷の手を取った。涙はそのままに、顔を綻ばせる。
「その傷、間違いないよ! ねえ、思い出してお姉ちゃん!! アナタは風峰利英で、私はアナタの妹の風峰利薙!! 私たち、唯一無二の家族だったじゃない!!」
「ッ…………」
風谷は痛みに耐えるかのように顔を歪ませた。事実、右手の穴がズキズキと疼き始めた。
「……俺の、家族は…………真選組だけでさァ…………俺ァ…………風谷瑛莉……でさァ…………」
振り絞るような声で言った。
「……お姉ちゃん…………」
「……思い、出せないんだな? 風谷」
風谷は力なく首を縦に振る。利薙の手を振りほどいた。
「利薙……でしたよね。悪ィけど、俺は風谷瑛莉なんでさァ……他の誰でもねえ、真選組一番隊副隊長・風谷瑛莉、なんでさァ……。今の俺に、アンタとの記憶は必要ねえ……アンタがどんなに望もうが、俺は風峰利英じゃねえんです。俺にとっちゃ、風谷瑛莉より前の記憶は、邪魔なだ――」
「風谷」
土方が風谷の言葉を遮った「ソイツ見ろ」
言われて利薙の方を見れば、大粒の涙を流していた。
「あ、わッ、悪ィ! 泣かせる気はなかったんでさァ!」
「うッ……ぐす…………」
「はわわわわわ、そ、その、ごめんなせェ! ごめんなせェェェ!!」
「……いいの……そうだよね、忘れちゃった過去より、仲間のいる今の方が大切だよね…………」
と、そのとき
「……あ、そうだ!」
近藤が何かを閃いた。利薙の方を向く。
「だったら利薙ちゃん、

風谷の記憶が戻るまで、ここで女中として住み込みで働かないか?」

「え!?」
「はァ!?」
「一緒にいたら、いずれ思い出すかもしれん。それにもし利薙ちゃんの話が本当なら、また離れ離れするのは可哀想だ。大丈夫、ゆっくり思い出せばいいさ。風谷」
「や……だから、その――」
「お姉ちゃん、私、ずっと待ってるから!! 2人で暮らせなくてもいい!! ずっと……ずっと、お姉ちゃんが戻ってくるまで、待ってるから!!」
言ったあと、利薙は近藤に頭を下げた「ありがとうございます! 私、精一杯頑張ります」
「おい待て近藤さん。女中ったって何させるつもりなんだよ」
土方が納得がいかないというように問う。
「んーそうだな、食事の配膳とか、掃除とかになっちゃうと思うが、大丈夫か?」
「はい!」
「うん! いい返事だ!! ああ、俺は近藤勲。こっちが土方十四郎で、風谷の隣にいるのが沖田総悟だ。総悟は、風谷の兄貴みたいなもんなんだ。君からしたら、お兄さんになるのかな」
「はい! 宜しくお願いします、勲さん、十四郎さん、総悟さん!!」
「勲さんか! ガハハ、久々に呼ばれたなァ!! こちらこそ宜しく!!」
大らかに笑う近藤の隣で土方は厳しい表情を浮かべた。
「副長と呼べ」
「まあまあいいじゃないか、トシ。気さくってことだろ?」
「……アンタがそういうなら…………」
土方は利薙の名前呼びを渋々承諾する。
「そうそう。女中には、隊服は用意できないんだ。ごめんね」
「大丈夫です。ありがとうございます!」
「よゥし! じゃあ、今夜は利薙ちゃんの歓迎会だ!!」
「あ、じゃあ早速お手伝いを……」
「大丈夫大丈夫! 仕事は明日からでいいよ!! 今日は何にもしなくていいから、ここで待ってて。それじゃ、みんな準備!!」
近藤のその言葉を機に、一同は解散した。
1人部屋に残された利薙は、風谷の後ろ姿に向かって笑い掛けた。

「……これから宜しくね…………お姉ちゃん」


Fin.

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